14-11 思い込みが激しくて、話を最後まで聞かないことがある

 鏡が空っぽだと言われ、ビオラはゆっくりとかぶりを振った。

 

「妾の魔力が残されておる」

「ここにお前の魔力はないんだ」

「……意味が分からぬ。それでは、妾の魔力はどこにあるのじゃ!?」

 

 そもそも、魔力を失ったから幼女になったという考えが間違えだったんだ。


は、ないんだ」

「ない?……分かるようにものを申せ!」


 声を荒げたビオラの顔は蒼白だ。

 マージョリーに魔術を学び、俺よりその鬼才ぶりを目の当たりにしてきたんだ。これから告げることを、予測しているのかもしれない。

 酷な一言を告げるため、俺はゆっくりと息を吐いた。


「お前は、時を巻き戻されて幼女になった。それと同時に、魔力も小さくなった。それだけのことだ」


 姿形に比例しない魔力を持てば、肉体への負担が大きくなる。

 ビオラは、無理に大人へと肉体を成長させようとしたことで、大変な目になったことがある。身をもって知ったことを思い出したのか、小さく「そうか」と呟いた。


「では……妾は、皆と等しく時を刻み、成長する外ない、ということか……」

「それは──」

「妾が、大人になるには、後何年必要かの? その時、ラスは……何歳じゃ?」

「……ビオラ」


 正直、ビオラの言いたいことが分からなかった。

 涙に再び濡れる頬へと手を添えると、さらに厚い雫が俺の指を濡らした。


 今のままで良いと言い出したかと思えば、大人になるのが遠い未来だと思い泣き出す。どうしたらそう、ころころと感情が変われるんだか。

 何がそうさせているのか、俺には見当もつかない。


「マージョリーの手記に、お前の悪いところは、思い込みが激しくて、話を最後まで聞かないことがあるって書いてあったぞ」

「……急に、何じゃ?」

「その悪いところが、今、出ているって話だ。封印に関する話はまだ終わってない。勝手に完結して悲観するな」

 

 柔らかな頬を引っ張ると、ビオラは目をしばたたいた。その度に、溜まっていた涙がぽろぽろと落ちる。


「森に魔力を戻すため、鏡に一度魔力を封じただろ?」

「……それは、鏡が役目を終え、空っぽになったから出来たのじゃな」

「少し違うな」

「違う? しかし、ここに妾の魔力はないと言ったではないか!」

「あぁ、お前の魔力はそこにない。そんなことより、お前が姿と思った。そう言ったのは、覚えてないのか?」

「鏡に、余裕?」


 違和感に気づいたのか。鼻をずずっと啜ったビオラは、ポケットから出したハンカチで濡れた頬を拭うと大きく息を吸った。


「落ち着いて、話を聞けるか?」

「……うむ。続けてたもれ」

「結論から言うと、お前は元の姿に戻れる。森へと魔力を戻した時と同じように、時の魔法で成長を促進するんだ」

「じゃが、それは術者ラスに負担がかかるであろう? そもそも、妾の成長に必要な魔力……約二十年分じゃ。そう簡単には集められぬ」

「何度も言うが、今回俺が魔力枯渇になったのは、色々と見誤ったからだ。それに、魔力の増幅くらい、俺にも出来るぞ」


 ビオラの首にかかるネックレスを摘まみ上げた。

 そう、あの日にやった魔力による強制的な成長という選択肢は、あながち間違っていなかった。ただ、マージョリーが用意していたやり方と異なったが故に、失敗に終わったわけだ。

 俺たちが思い付く前に、マージョリーは用意をしていたんだ、

 

「マージョリーは、お前が二十年も待てるかと騒ぎそうだから、記憶も封じるか悩んだそうだ」

「……記憶?」

「結局、それが出来ないことを許して欲しいと書いてあったけどな。お前に、忘れられたくなかったんだと」


 記憶をなくせば、ただの幼女からの再スタートだ。

 魔力の使い方も知らず、魔術師との契約も結べない。もしも、そうなっていたら、亡国ネヴィルネーダに向かうことも、マージョリーの手記を手にすることもなかったかもしれない。


 マージョリーはその賭けに出るのは怖いと手記に綴っていた。だが、ビオラが大人しく時を待って成長するのを選ぶとも思えないとも書いてあった。

 何度も読み返した手記を思い出しながら、目の前で表情を硬くするビオラに、俺はつい苦笑を浮かべた。

 もしかしたら、マージョリーもビオラのころころと変わる表情を思い浮かべながら、あれを書いたのかもしれないな。

 

「妾も、師匠を忘れとうない!」

「だから、お前の性格をよく知るマージョリーは、成長を速めるための魔術を、鏡に組んでいたんだ」

「鏡に……」

「綺麗な花を咲かせよ。それが、マージョリーの願いの一言だ。そして、お前が花の種の撒き方と育て方だと言った魔法陣は、お前ビオラの育て方でもある」


 俺の言っていることが理解できないらしいビオラは、眉間に深くしわを寄せて首を傾げた。

 ややあって、ポシェットから鏡を取り出す。

 鏡には、五つの魔法石がしっかりとはまっている。それに小さな指がそっと触れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る