第5話
怪獣はわたしの質問に首をかしげて、きょろきょろとあたりを見回した。
「コレラハ、フンダ」
「遊具じゃなくて、他の全部。家とかそういうの」
両腕を広げたまま、くるりと回る。
ある日突然、わたしの世界はすべてが壊れていた。見える範囲の家という家は壊れていて、人の姿は全く見なかった。
どうして、とは思った。こんなことは実際にはどうやったって起こるとは思えない。
誰が、いや何が? 全部ぶっ壊してくれたんだろう。
ちょっと間抜けっぽいけれど、できそうなのはこの怪獣しか思い浮かばない。
怪獣は首をぐるりと回した。そうしてから、ぽかんと口を開けて黙ってしまった。
わたしは腕をおろして、怪獣の答えを待った。
しばらくして、怪獣は答えた。
「チガウ」
「……違う、の?」
「ゼンブジャナイ」
全部じゃない?
っていうことは、ちょっとぐらいならやっているのかも。
「わたしの家壊したのは、キミ?」
「ドレ?」
そっか、わたしの家っていってもどれのことかはわからないか。
それなら、どう訊けばいいんだろうか……
「わたしと会ったとき、寝てたよね?」
「ウン、ネテタ」
「そこにもともと家があったでしょ? それはキミが壊したの?」
わたしの質問に、怪獣はほとんど倒れそうなぐらいに首を傾けた。
あぶないしまどろっこしいしでだんだんとイライラとしてきたけど、待ってあげることにする。
怪獣はきっと、時間がかかるだけで話はできると思うから。
「フンダノモアルシ、ソウジャナイノモアル」
「全部じゃないってこと?」
「ウン」
そうなんだ……うん? っていうことは。
「キミ以外にも怪獣がいるの?」
「カイジュウ?」
「んっと、キミみたいなおっきい生き物!」
怪獣はまた首を傾げた。わたしの説明が悪いのだろうか。いや、他に言いようもなさそうだし。
でも、こうなった原因はこの怪獣だけではないってことはわかった。
うーん、正直に言えばこうなった原因なんてどうだっていいんだけど。この怪獣のことがちょっと気になってきていた。
怪獣が身を低くして顔を寄せてきた。少し慣れてきたけど、つい後ずさってしまう。
「カイジュウジャナイ」
「え?」
「カイジュウ、ジャナイ」
怪獣は自分のことを手で示しながらそう主張している。
怪獣じゃないってどういうことだろう。
そっか、怪獣ってわたしが勝手に言っているだけだった。この子にも、名前があるってことなのかもしれない。
「じゃあ何? キミの名前は?」
「…………」
「名前は?」
「……ナイ」
「ない」
ない。そっか。
名前がないのなら怪獣でも良さそうなものだけど、怪獣的にはよろしくないのかな。あ、怪獣じゃないのか。
「名前がないなら、キミのことどう呼べばいい?」
「……ワカラナイ」
困ったように答える怪獣。うん、そう答えるような気がしていたよ。
だったら。
「キミの名前、わたしがつけてもいい?」
訊いた瞬間、すごい音とともにわたしの体が後ろに飛んで行った。
体がごろごろと転がっていきながら、わたしの頭は混乱に「?」で埋め尽くされていた。え、何が起こったの?
砂埃が舞い上がっていて、何も見えない。目をつむって体を丸めて、おさまるのを待つ。
しばらくしてこっそり顔を上げると、全てが元に戻っていた。顔を地面に伏せている怪獣がいて、他は何も変わっていない。
わたしは立ち上がって全身の砂を払った。えっと、ほんとに、何?
「ゴメンナサイ」
怪獣がいきなり謝ってきた。
「なに、が?」
「イマノコト。ダイジョウブ?」
大丈夫は大丈夫だ。怪我はない。髪の毛とかに砂が入りまくってて気持ち悪いけれど。
わたしはまだ全然何も理解できてないんだけど。怪獣が何かしたってことだけはわかる。
「なにしたの?」
「ウンッテヤッタラナッタ」
怪獣が頭を持ち上げて、ゆっくりと地面におろした。加減したみたいだけど、あごが地面に触れて砂埃がわずかに舞って地面が揺れた。
これのせいなのか……怪獣が怪獣あるってこと、うっかり忘れちゃうことがあるけど危ないところは危ないよね。
何をうんってやったんだろうかと思い返す。なんの話をしていたのか忘れてしまっている。
そうだ、怪獣の名前をつけるって話をしていたんだった。
それで、うんってやったってことは。
「名前つけてもいいの?」
「ウン」
怪獣は心持ち嬉しそうに答えた。勢いよく頷いたみたいだったから、本当に嬉しいのかもしれない。
名前、かぁ。どうやってつけたらいいんだろうな。なんとなくで言ってみたけど、アイデアがあるというわけでもない。
怪獣はわくわくしているように待っている。怪獣の感情が少しわかるようになったかもしれない。とってもわかりやすいというのもあるけれど。
わかりやすい名前が良いのかもしれない。聞いたら、この怪獣が真っ先に浮かぶような。
わたしにとって、この怪獣は。
「――カミ」
違うのかもしれない。この怪獣はただの怪獣で、わたしと話ができて言うことを聞いてくれるのもたまたまなだけなのかもしれない。
こんな名前は、似合わないとも思う。
でもわたしは、怪獣をこの名前で呼ぶことにした。
「キミの名前、カミだよ」
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