第6話
わたしは今、怪獣――じゃなかったカミの手の中に入っている。
カミはわたしの指示に従って真っすぐに進んでいる。少しずつ慣れてきたようで、揺れもだいぶマシになってきていた。
揺らさないようにというとものすごくゆっくりになってしまったので、少し急がせた。揺れはするけど、ゆっくり過ぎても困るし。
急いでいるのには、理由がある。
名前をつけると、カミはものすごく喜んだ。喜んで何をしたのかというと――踊りだした。
本当に踊りだったのかはよくわからない。手足をばたつかせて、そのような動きをしていたというだけなのだけど。
また砂埃がまきおこったので、「あっちでやって!」と公園の外を指した。すると踊りながら公園の外に移動していった。
しまった、踊りを止めてっていえばよかった。
カミが公園の外でどたばたやっている間、わたしはさっき見た花を見ていた。カミが暴れたにもかかわらず無事だったのでほっとした。
踊りを終えたカミは戻ってくると、あっけらかんと言ってきた。
「オナカスイタ」
「…………」
今からでもマヌケハラペコとかに名前変えようかなと本気で思った。
とにかく、そういうことがあって急いで移動することにした。カミが本気でお腹空いたらどうなるのかよくわからないし(わたしを食べることはしないだろうと信じたい)、わたしだってお腹が空いている。
カミの手の中で移動していくことにわたしも慣れてきていた。振動に合わせて自分もある程度動くのがコツだ。
あっという間に進んでいく。とっくに知らないところを移動しているはずなんだけど、全ての建物が壊されているので景色はあまり変わっていないように感じる。
やがて、大きい建物が見えてきた。
「カミ、止まって! ゆっくり!」
声を張り上げると、カミは指示通りにゆっくりと止まってくれた。それでも勢いはついて、カミの指に頭をぶつけた。じんじんと痛む額をさすりながら、このあたりのことは今後改良しなきゃと決意する。
カミの手から降りる。大きい建物を見上げて、わたしは目を見開いていた。
「お、おっきい……!」
カミよりも大きい。縦にはそこまで大きいわけじゃないんだけど、横が広い。がっしりしたイメージだ。
わかった、これはショッピングモール? ってやつだ。来たことはないけれど、漫画で読んだことはある。
半分ぐらいは壊れていたけど、建物としてはほとんど無事だ。
ショッピングモールには、色んなものがあるって漫画には描いてあった。食べ物だけじゃなくても、色々見つかるのかもしれない。
気のせいかもしれないけど、カミもわくわくしているように見えた。入りたそうにすら見える。
いくら大きくても、さすがにカミが入るのは普通に無理だ。
「ここで待っててね。何か食べ物があったら教えるから」
「ワカッタ」
カミは素直に返事をした。こういうところは少し可愛いかもと思い始めてる。
入口の部分は無事だったので、そこから入っていくことにした。自動ドアは開かないので、脇のドアを押してショッピングモールに足を踏み入れた。
「わぁ……!」
入るとありえないぐらい開けた通路が広がっていた。初めてのショッピングモールに、これだけで楽しくなってきている。
食べ物屋さんがいくつも並んでいる。もちろんお店が開いているわけではないから、そこに行ってもご飯を食べることはできない。
もしお店が開いていたら、すぐにパフェとか食べるんだけどな。カミの分を用意しもらうのはかなり大変だろうけど。
ていうか、カミはどれぐらい食べるんだろう。もしここに食べ物がたくさんあっても、カミがすぐに全部食べてしまったらまた別のところを探さないといけない。
面倒くさいことは後で考えることにして、先に進む。食べ物屋さんを抜けると、服屋さんが並んでいた。
かわいい、と駆け足で入っていく。けれど、大人が着るような服しか置いていないのでわたしが着れるようなものはない。せいぜい、帽子ぐらいだ。
今は食べ物を探す時だ、とお店を出る。周りには服屋さんや雑貨屋さんばっかりだ。ショッピングモールで食べ物を買っているのを漫画で読んだけど、ないところもあるんだろうか。
まだ全部回ってわけじゃない。吹き抜けがやたらあって3階まではあるみたいだった。これ全部回るのは大変そう。
とりあえず1階から回っていくことにする。服屋さんはもう見ないようにして、歩いていく。
わたしが歩いている奥の方から、何かの音が聞こえてきた。あれ、なんだろう。
カミが入ってきた、のかな。いや、待っててって言ったし、入ってきていたらもっととんでもない音がしてるはず。
「…………」
急に背中に汗をかいてきた。今までは通路の真ん中を歩いていたけど、端っこを通ってゆっくりと進んでいく。
近づいていくにつれて、音ははっきりと聞こえてきた。
これは、人の声だ。
わたし以外の人が、ここにいる。
「どうしよう……」
わたしは困り果ててつぶやく。
まだ姿までは見えていないけど、人がいるのは間違いない。テレビがついているとかではなく、人が会話しているのが聞こえる。
しかも、食べ物があるところが同じ方向にあるのが見えてきていた。こっそり取ってくるとしても、見つかってしまうかもしれない。
どうしよう、一回カミのところまで戻ろうかな。そのあとで他のところに……
「キミ、どこからきたんだ?」
「きゃあああっ!!」
急に後ろから声をかけられてわたしは思い切り悲鳴を上げた。
とっさに逃げ出そうとするけど、腕をつかまれてしまった。それ以上どこにも行けなくて、わたしは振り返った。
男の人だった。20歳ぐらい? ですごく顔をしかめている。
「何もしないよ。どこにいたんだ?」
「どこ、って……外」
「外から……? キミ、一人?」
こくこくと頷く。カミは怪獣だし、話して良いことがあるかわからないし黙っておいた方がいいよね。
「そうか、大変だったでしょ。俺たちはここで暮らしてるんだ。食べ物はたくさんあるし、キミも一緒にいれば安心できると思うよ」
「俺、たち……?」
「うん。今5人でいるんだ。みんな良い人だから大丈夫だよ」
男の人は笑顔でそう言ってきた。
5人の人、つまりこの男の人以外にあと4人がいるってことかな。
一緒にいるようになれば、安心できる?
でも、わたしにはカミがいる。あの子を放っておくなんて絶対にできない。
「今からみんなに紹介するよ。キミ、名前はなんていうの?」
「……離してください」
男の人はえ? っていう顔をして、慌ててわたしの腕を離した。
「ごめんごめん、乱暴なことはしないからさ」
「…………」
「さ、ついておいで」
男の人が歩いていく。わたしは少し遅れて、あとをついていった。
どうしようどうしようと汗がすごくて心臓もどきどきしてくる。このままついていって、食べ物だけもらって逃げた方がいいのだろうか。
この人たちは、カミとか怪獣のことを知っているんだろうか。
どきどきしながら歩いているとすぐに着いた。男の人がおーいと声をかけると、集まっていた4人がこっちを見た。
そのうちの2人を見て、わたしは足を止めた。
なんで、ここにいるの。
「どうして、ここに……無事だったのか!」
わたしの父と母だった。
父と母はわたしは見て、歩み寄ってきた。
わたしは。
全力で後ろを向いて走り出した。
「カミ、カミ!」
ここからじゃ届かないだろうけど、私はその名前を呼んだ。今のわたしに、必要な名前を。
「この2人を、潰して!!」
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