第4話

 わたしのこれまでの無駄な空腹は怪獣のせいだということをしばらく説いていると、怪獣は申し訳なさそうにうなだれていった。


「ゴメンナサイ」

「わかればいいの」


 わたしたちはコンビニから動いていなかった。移動するにもあてがあるわけではないし、怪獣が寝ていたところだって本来の寝床というわけじゃない。

 ここらへんのスーパーとかの食糧は怪獣が食べきっている可能性がある。それなら、少し離れた所へ行けば食べ物が残っているかもしれない。

 でも、わたしが歩くとなるとどれぐらいかかるのかわからない。コンビニに食べ物はいくらかあるけれど、ずっと保つってわけでもないし。


「キミはどこかに行くわけじゃないんでしょ?」

「ウン」

「じゃあ、わたしと別のスーパー行こうよ」

「ワカッタ」


 怪獣はあっさりうなずいてくれた。

 わたしはよしと怪獣の後ろに回り込もうとした。すると怪獣もくるりと回ってわたしの正面に向き直った。


「もう、動かないで!」

「ア、アア」


 困ったような怪獣はそれでもいうことを聞いてくれて、わたしは怪獣の後ろに回ってしっぽからよじのぼっていった。

 何度か落ちそうにはなったけど、なんとか怪獣の頭の上にたどり着くことができた。ざらざらしていて、乗り心地が良いわけではない。


「よし、向こうにおっきいスーパーあるから出発!」

「…………」

「どうしたの?」


 怪獣の頭をぺしぺし叩いてみると、怪獣は首を傾けた。そのせいで落ちそうになったので慌ててこらえた。つかむところがないので本当に落ちるところだった。

 今度は抗議の意味を込めてぺしぺし叩く。


「ドウスレバイイ?」

「だから、あっちに行けばいいの」


 わたしはそういって指さすのだが、怪獣は軽く首を振るだけだった。

 なんでだろうとわたしも首をかしげる。少しして、そうかと気づく。


「わたしの手、見えてない?」


 怪獣がこくりとうなずく。そうするとまた落ちそうになったからやめてほしいんだけど。

 でもそっか。頭の上なんて見えなくて当たり前だよね。これはわたしが悪いかもしれないけど、この怪獣には謝らなくても大丈夫な気がする。


 謝らなくていいなら、そうしたい。

「えっとね、ちょっとだけ左を向いて。そうそう。あ、ちょっと行き過ぎ」


 怪獣に指示をしながら調整し、向くべき方向を向かせることに成功した。

 わたしは意気揚々と前方を指さした。怪獣には見えてなくても、気にすることはな

い。

「さあ出発!」


 わたしの指示とともに怪獣は一息に走りだし。

 わたしは一瞬で怪獣の頭から振り落とされた。


☆☆☆


「し、死ぬかと思った……」

「ダイジョウブ?」


 声をかけてくる怪獣を無視して荒れた息を整える。

 怪獣から振り落とされたわたしは、怪獣のしっぽにバウンドして地面を転がった。特に左腕がずきずきするけど、しっぽにぶつかってなかったらこんなもんじゃ済まなかったかもしれない。。

 一方の怪獣は3歩ほどでわたしが落ちたことに気づいたみたいだった。すぐに地面に転がっているわたしを見つけて、顔を近づけてきた。一瞬食べられるんじゃないかとかなり怖くなった。

 一息ついて、地面に座りなおす。怪獣と目を合わせて、とりあえず笑いかけておく。

 捕まるものが何もないのだから危ないのは当たり前だった。怪獣も遠慮なく走り出すものだからとんでもなく揺れたし。

 たぶん、揺れないように走ってと言っても無理だ。そういうことはできそうにないし。

 だったら別の方法を考えないと…………


「?」


 怪獣の顔がさっきより近づいてきてる。どうしたんだろう? と思ってるとくんくんと鼻を動かしている。

 まさか、わたしのにおいを嗅いでる? 確かにお風呂入ってないけど、臭いのかな。

 怪獣は鼻を動かすのをやめて、わたしのことをじーっと見ている。え、なに。なん

か嫌な目。


「ダイジョウブ?」

「え?」


 聞き返してから、さっきの質問を繰り返しているんだって気が付いた。わたしが応えてなかっただけだった。

 じゃあ怪獣は、わたしのこと心配してくれてたんだ。

 急に悪い気がして、立ち上がって怪獣の目を見つめて答える。


「大丈夫だよ、ちょっと痛いけど、平気だから」

「ヨカッタ」

「……ありがとう」


 照れくさくて小さい声になってしまったけど、多分聞こえただろうと信じることにする。

 かといって、問題は解決していない。怪獣に運んでもらうのは無理っぽい。かといって歩くとどれぐらいかかるかわかったものじゃない。

 怪獣は膝立ちの体勢になって、右手をゆっくりと伸ばしてきた。


「? もうお菓子はないよ?」

「チガウ。ノッテ」

「ノッテ?」


 何を言われたのかわからずに言葉を繰り返す。のって。のって……

 あ、と気づく。


「手に乗ってってこと?」

「ソレナラ、オチナイ」


 手で包んでくれるってことだろうか。確かにそれなら落ちないのかもしれない。

 怪獣は、わたしをちゃんと運んでくれる気でいるみたいだ。優しいところがあるんだな。

 意を決して、怪獣の手に登ってみる。よじ登るようにして、掌の真ん中に到着する。ここもここでつかまるところは何もない。本当に大丈夫だろうかと、不安から怪獣を見上げる。

 怪獣はわたしを乗せた手をそっと包むように丸めた。つぶされないかと少し不安になったけど、いい具合のところで止まった。

 指の隙間から、前が見える。曲げられた指によりかかるようにして、隙間から前を覗いた。結構ちゃんと景色が見えた。


「よし、今度は気を付けてね。じゃあ、出発!」


 わたしの合図で怪獣は心持ちそっと動き出した。と思ったけど気のせいだったかもしれない。激しく揺れて、指に強くしがみついた。

 怪獣はもう片方の手をわたしの頭上に包むようにしている。両手でボールをつくっているかたちだ。これなら落ちはしないと思う。思ったより賢いかも。

 でも、すっごく揺れるのには変わりがなかった。なんとかしがみついているけど、今にも振り落とされてしまいそうだ。

 ストップって言いたかったけど、今しゃべると舌を噛んでしまいそうだし、聞こえるような気もしなかった。

 しばらくすると、揺れも少し収まってきた。怪獣が歩き方に慣れてきたのかもしれない。

 隙間から見えた景色に、わたしは大声を上げた。


「止まって!」


 止まった。

 怪獣は止まったけど、あまりにも急ブレーキだったので勢いで前方に体を投げ出された。

 指にも捕まっていられなくて、怪獣の手の中でボールみたいにはねた。視界がめちゃくちゃになって、止まった後も自分がどうなっているのかまるで分らなかった。

 どこが上かもわからないまま、なんとか立ち上がる。怪獣は片方の手を外していて、見上げると目が合った。


「ドウカシタ?」

「え、あ、うん……」


 正直それどころでもなく、ふらふらになりながら曖昧に答える。

 怪獣なりに気を遣ってくれたのはわかるし、実際振り落とされはしなかったけど、無事というわけでもない。

 怪獣の掌でしばらく座り込んで回復を待つ。怪獣はその間じっとわたしのことを見ていた。


「もういいよ、おろして?」


 怪獣は小さくうなずくと、手を広げて地面にくっつけた。わたしはおずおずとそこから降りて、久しぶりな気がする地面を踏みしめた。

 怪獣をとめた理由は目の前にあった。

 わたしはまだちょっとふらつきながらそこへ入っていった。

 そこは公園だった。結構広めの、遊具もあるけどピクニックとかできそうな公園だ。たぶん、来たことはないんだけど。


「ココガドウカシタノ?」

「公園、特に何かってわけじゃないんだけど」


 実際、なんで止めたのかはわたしだってわからない。

 来たことはないんだけど、こういうところに昔来たことがあるような気がして。

 わたしが入っていくにつれて、怪獣も一緒についてきているのが足音でわかる。というか、わからないわけがない。


「遊具とか、壊したらダメだよ?」

「ワカッタ」


 二つ返事で返ってきたけど、本当にわかっているんだろうか。いや別に遊具が壊れたところでどうでもいいんだけど。

 ブランコに乗ってみる。乗ったまま後ろに歩き、勢いをつけて漕ぎ出す。足を振って振り子を大きくしていくけど、すぐに飽きて止めた。

 今度はすべり台をすべってみる。すーっと滑っていくのを想像していたけど、すぐに止まってしまい、うんしょとおしりを動かしてなんとか一番下まで降りた。

 これ、全然面白くないな。

 次はどうしようかなと思って先に進んでいると、怪獣は公園の入り口で立ったままなことに気づいた。別に待っててともついてきてとも言ってないけれど。

 怪獣は少し困っているように見えた。公園に入ろうとして、戸惑っているようにもじもじしている。


「入っておいでよ」

「――デモ、コワシチャウ」

「え? ああ」


 遊具を壊しちゃうことを気にしてるのかな。私が言ったことだけど。

 怪獣は、思ったよりわたしの言うことを聞いてくれるみたいだ。正直遊具を壊すななんて適当なんだけど。こんなにすべてが壊れた世界で、今更そんなこと気にしたって意味ないし。


「いいよ、別に。踏んじゃっても」

「イイノ?」

「うん」


 遊んでは見たけど、何も面白くないし。こんなものはなくたって困らない。

 怪獣はごく普通の足取りでわたしの方に歩いてきた。一歩目でブランコがぐしゃりと潰れた。二歩目で滑り台が。

 ちょっと愉快な気持ちでそれを見る。いっそのこと全部壊してもらおうかなと思ったわたしは、怪獣が次に踏もうとしているものを見て声を張りあげた。


「それはダメ!」


 わたしの制止に、怪獣は空中で足をぴたりと止めた。ほっとしたのも束の間で、怪獣はバランスを崩しかけていた。


「後ろに下がる!」


 怪獣は倒れそうになりながらもなんとかこらえて後ずさった。良かった、もし怪獣が倒れたらわたしまで潰されちゃったかもしれない。

 怪獣が潰しかけたものへ目を向ける。


「ナニコレ」


 怪獣が伏せるようにして同じものを見ていた。いきなり顔が近づくとびっくりするからやめてほしいけど、まあいいや。

 わたしと怪獣の前には、花が咲いていた。花の名前はわからない。オレンジの花で、花びらが下向きに開いている。

 なんで怪獣を止めたのかは自分でもわからない。この花だってたぶん初めて見た。キレイだとは思うけど。


「コレスキナノ?」

「え?」

「フマレタクナカッタミタイ」


 怪獣の質問には答えずに花に手を触れる。

 好き、なのかな。よくはわからない。花はいくつか並んでいる。一本ぐらいちぎってしまってもいいだろう。怒る人もいない。

 でも、それはできなかった。花から手を離して、怪獣に向き直る。


「言うこと聞いてくれたね。どうして?」

「ドウシテ? ワカラナイ、ソウイワレタカラ」

「そっか。ねえ」


 わたしは周囲を示すように両腕を広げて、怪獣に質問をぶつけた。


「全部ぶっ壊したのってキミなの?」

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