第1話 

 寝て、起きて。

 そのたびに、外に出なくてもいいんじゃないかってベッドの中で迷ってしまう。でもお腹が減っているので外に出なくちゃいけないんだって思い出す。

 この部屋の主はわたしより少し年上の女の子だったみたいで、どの服も10歳のわたしには少し大きいけどわたしの好きな感じだった。可愛い系で、こういうのが欲しかったと羨ましくなる。わたしは今の服を全部脱いで、その少し大きい服を着た。ぶかぶかなのはたぶんすぐに慣れると思う。

 歩いてみて、失敗したとすぐに気づいた。スカートが長くて地面を引きずっちゃうんだ。これ履いてた子にもおっきかったんじゃないかな。

 頑張って何回も折るとようやく膝より少し下ぐらいでおさまった。折りすぎて腰のところがもこっとして邪魔だけど、着替えるのもなんか嫌なのでこのままでいることにした。

 家を出て振り返ると、その家だけは奇跡みたいに元の姿のままだった。ほかの家は、大なり小なり壊れている。

 ある日、わたしが目を覚ますともう世界はこうなっていた。誰もいないし、街はもう全部壊れちゃっている。わたしがもともと住んでいた家は粉々で、家族もいなかった。

 しかたなく外を歩くようになって、三日か四日ぐらい? 経った。どこかを目指しているわけではなくて、食べ物を探しているだけ。食べ物もなかなか見つからない。

 スーパーとかコンビニの食べ物はどうしてだか全然残ってなかった。まだ2件ぐらいしか確認できてないけれど。人のお家に入るのは最初は抵抗があったけど空腹には勝てなかった。でも食べ物は残ってなかったり残ってても悪くなってて、我慢して食べたらお腹を壊した。あれなら魚を食べたほうがマシだった。

 シャワーも出なくて、体も少し、本当に少しだけ嫌なにおいがする。服だけは人のを借りてなんとかしている。今借りてるって言ったけど、ごめんたぶん返せない。

 今は夏で、外はすごく暑い。エアコンとか扇風機も動かないから、家の中に入っても少しマシなだけでどんどんお腹は減っていく。だから一日中食べ物を探して、眠れそうなところで寝る毎日を送っている。

 まずちゃんと残っている家を見つけることも難しい。全然ないし、あっても食べ物が見つかるかも難しい。不思議とまったくみつからないということはないので、なんとかやっていけてる。

 でも早い時間に見つかることはほとんどない。まずちゃんと残った家を見つけなきゃいけないからだけど。今日もそうなる気がしてもうちょっと嫌になってきている。

「暑いよ……」

 ぼやいても、応える人はどこにもいない。応えてほしかったわけでもないけど、ただの愚痴ってやつだ。

 しばらく歩いて、遠目に高い建物が見えた。崩壊はしているみたいだけど、それなりに原型は残っている。

 中はだめかもしれないけど、登ったら何か見えるかもしれない。

 目的ができたと思うと、不思議と足取りが軽くなった。

 駆け足気味にその建物に近づいていく。元は大きいマンションだったみたいだけど、崩壊した今はかなり小さくなってしまっている。運よく少し形が残ったんだろう。同じぐらいの大きさの建物でも大体もっと壊れて跡形もなくなってしまっている。

 近づいてみると隙間とかもあって中には入れそうだった。ひょっとしたらこの中で食べ物が見つかるかもしれないけど、今は登ってみようって決めた。

 階段を見つけて登っていく。崩れてたり、瓦礫があったりしたけど苦労して何とか登って行った。すぐに階段からはこれ以上登れるようにはなってなかった。階段の上はそもそもなくなっていて、登るも何もない。

 建物側の足場に移って、少しずつ上を目指していく。大変だし、暑くて汗もかくけど、なんだか楽しい。

 時々足を踏み外しそうになったり、足場が崩れたりもした。ひやっとしながらもなんだか笑えてきちゃった。くすくすって笑いながらわたしは上を目指す。

 一番上は、たぶん5階ぐらいの高さっていっていいのかな? まあとにかくそれぐらいだと思う。足場がちゃんとあるわけじゃないけど、一番大きい瓦礫の上に座り込む。疲れちゃったからちょっとだけ休憩。

 余計にお腹がすいてきちゃった。ぐーってなるんじゃないかって思って、慌ててお腹に手を当てる。大丈夫みたい。

 そうだ、登った理由を思い出した。わたしは瓦礫の上で立ち上がって、うんと背伸びをしてあたりを見回した。

 わかってはいたけど、壊れた建物ばかりが並んでいる。終わった世界だけがわたしの前に広がっていて、家を出てから一歩も進んでないんじゃないかって気もしてくる。

 うんざりしてもうやめようかと思ったところで、何かが見えた。

 最初は建物が崩れたのかと思った。視界の中で何かが動くっていうとそれぐらいしか思い浮かばなかったから。

 わたしはさらに背伸びをしてそれを見ようとする。掌を目の上に置いて、遠くに覗き込むようにする。

 建物が崩れたんじゃない。崩れた建物に混ざるようにして、それは身じろぎをしていた。

 とっても大きい生き物が、わたしの視界の果てで寝転がっていた。

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