エピローグ

エピローグ

 「セビルあおい名画損壊事件」が起こり、れいはただちに捜査結果をはままつ刑事に伝えた。

 警察が裏をとってひと月後、セビル葵ことてるは正式によこやまゆうの作品を「窃盗」した罪で逮捕・起訴された。

 怪盗コキアは被疑者不詳のまま「器物損壊」容疑で指名手配されることとなった。


 そして今日、因縁のひろやま美術館で横山佑子の絵画展が開幕する。

 晴れの舞台に集まった俺と地井玲香、あきやまは、開幕直前の控室で横山佑子と会話を楽しんでいる。


「それにしても、まさかセビル葵が所有していた作品ががんさくだったなんてね」

 画壇を代表する重鎮たちが神父の力添えで集まり、損壊したはずの“傑作”を品評した。他の絵のタッチや筆遣い、色のバランス感覚などを元に「この“傑作”は間違いなく横山佑子の作である」とお墨付きを出した。

 これにより、ひと月前衆人の中で燃やされシュレッダーで細切れとなった作品は、誰かが極限まで似せた贋作であろうことも証明されたのだ。


「私は怪盗コキア自身が贋作を描いたと思っているわ。木屋輝美の供述では、間違いなく本物を盗んだと言っているから。そして贋作を描いたのはよしむねくん、あなただってこともね」

「それだと義統さんが怪盗コキアってことになってしまいますけど?」

 横山佑子は苦笑いをしている。本当のことではあるが、公にできない以上笑ってごまかすしか方法はない。

「違うのかしら、義統くん?」


「僕の今の腕前は、横山先生がいちばんよく知っていますからね。あんな精巧な贋作を描けるほどの実力はまだ備わっていませんよ」


「そういえば義統くんって高校時代に“模写の天才”って言われてたよね」

 秋山理恵が懐かしい言葉を引っ張り出してきたな。

「そう。あの模写の緻密さは、今回の贋作につながっているのではないか、と私はにらんでいるのですけど」

「横山先生、僕の評価をこの方たちに教えていただけますか?」

 横山佑子は明るく笑いながら様子を見ていたが、突然話を振られてちょっと困惑している。


「そうですね。義統さんはとても筋がいいと思います。ですが、今はまだまだですね。もし体育教師を辞められて絵に専念できたら、あの作品を描けるくらいの技量が手に入るかもしれません」

「手に入るというより“取り戻す”なんですけどね」

 地井玲香がちくりと釘を刺す。


「地井さん、しつこいですよ。それに僕はキャンバスの前でじっと座って絵の具を塗り続ける作業よりも、身体を動かしているほうが好きなんですよ。だから体育教師は辞められませんね」

「絵の才能があり、身のこなしが素早い。そして機転も利く。まるで怪盗コキアそのものね」

「秋山さんも調子に乗らないでください! なんで皆僕が怪盗だと疑うんですか? 根は善良な体育教師ですよ」


「そうね。一回教えただけでたつみくんにバク宙とバク転を仕込んだ手並みは見事なものだったわ。全日本選抜のコーチに迎えたいくらい。あなたなら選手に新技を教えるのさえもあっと言う間な気がするんだけど」

「体育教師だからさまざまなスポーツを経験しているんですよ。だからある競技のコツを別の競技で活かす、という発想ができますからね。体操一本で育ってきた人にはなかなか理解されないでしょうけど」


「なら、昼は体育教師、夜は画家。なんて生活も悪くないんじゃなくて?」

 やはり地井玲香は疑っているようだな。今は俺以上にふさわしい人物がいないから、かもしれないが。あまり地井玲香に探られるとボロが出そうだから、適当にはぐらかすしかない。

「似たような生活をしていますよ。昼は体育教師、夜は横山先生の練習生ってところですね」

 横山佑子が助け舟を出してきた。

「でも、絵の才能は間違いなくあると思います。もっと努力したら、きっと私以上になるはずです」

「褒められると伸びるタイプなので、それを励みに修行に邁進したいと存じます」

 ずいぶんと低姿勢な口調だが、オーバーすぎるくらいのほうがかえって怪しまれないものだ。


「それより、休学しちゃってだいじょうぶ? 美大出身の肩書きもたいせつだと思うんだけど」

 わずかな迷いもない笑顔が咲いている。

「はい。プロデューサーから『一年は画業に努めて名を挙げろ』と言われています。プロとして稼げるようになったら復学すればいいと」

「どうやらとんでもないプロデューサーのようね。まあ個展を開けるだけの実力があれば、学費を稼ぐ意味でも休学したほうがいいのかもね」


 秋山理恵は体操日本代表選手だった高校時代にも感じていたが、やはりかなりさばけた人だ。彼女ほどの包容力があれば駿河するも安心して付き合えるだろう。

 木屋輝美を逮捕したことで秋山理恵の父親であるはままつ刑事公認の仲になったのだから、あとはふたりの気持ち次第だ。

 まあ今はまだ全日本選抜の女子コーチだから仕事が楽しくて仕方がないんだろうけど。


 すると美術館のスタッフが控室に入ってきた。

「横山先生、開場の時間が近づいてきました。そろそろ入り口でお出迎えをお願い致します」


 今日から始まる絵画展には“傑作”に劣らない名画が立ち並んでいる。

 横山佑子はいつか“傑作”のくびきを解き放ち、世界へと大きく羽ばたいていくだろう。

 入場待ちの列を確認すると、絵画展は大好評で開催されると決まったようなものである。

 陰で怪盗コキアが暗躍していたことが、かえって横山佑子の名望を高めた。怪盗すらも惚れ込む腕前と話題を集めたのだ。


 あの事件のあと、マスコミは怪盗コキアの話題で盛り上がり、作品のしんがんや本当の作者探しで賑わっていた。

 そうして特定されたのが横山佑子だったのである。おかげでよい宣伝効果が見込めた。

 神父が「画業に専念しろ」と言ったのも話題性のあるうちにプロデビューさせたかったからだ。



 そして今日から、横山佑子はプロの画家としての第一歩を踏み出す。

 初日のオープン前から大盛況のうちに、プロのステージが幕を開けた。




(完)

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怪盗コキア〜額の中の名画 カイ.智水 @sstmix

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