第8話 この村に根をおろす

「ユウさん、新居完成おめでとう!」


 ながらくお世話になった宿屋のご主人が、新築祝いを持ってきてくれる。消火器を配ったお店の人たちや、もちろんマッチョ店長も。

「ありがとうございます! 防火管理者のレベルがあがってようやく自動火災報知設備を手に入れたので、無理をしてでも土地と家を買って設置したんです。これで村の防火対策はバッチリですよ! あがって見ていってください」


 自動火災報知設備とは、感知器が熱や煙を感知すると、受信機に信号を送る設備だ。僕は感知器を村のすべての建物に取り付け、受信機を新居に設置した。これなら村のどの地区が火事か瞬時にわかるし、その地区の警報ベルを鳴動させて近くの住民に注意喚起することもできる。


 みんながぞろぞろと自動火災報知設備を見に行く中、マッチョ店長が玄関先で立ち止まり小声で言った。

「感知器や消火器の利用料、もっと取ればいいのに。まだ防火管理者だけじゃ食べていけないんだろ?」

「いえ、あんまり高いと『要らない』って人が出てきちゃうし、それじゃ意味が無いので。それに、学校や病院の避難訓練や、建物の避難用具設置なんかで収入は増えてきているんですよ」

 僕の言葉に、店長がニヤリと笑った。

「んじゃ、所帯持つのもあと一息ってとこかな」

 引っ越しの荷物を運んでくれていたターシャさんがちょうど戻ってきて、僕は真っ赤になってうろたえてしまった。


「いや、その、ほら、こういうのは自分たちの気持ちだけでできることでもないですし。親御さんにも認めてもらわないと」

 ターシャさんが僕の腕に抱きついてくる。

「大丈夫です。親方はユウ様のことを『みどころのある青年だ』って言ってましたから」

 そう、ターシャさんの父親は、食堂のシェフだったのだ。シェフでもコック長でもなく「親方」って変わった呼び方をするな、と思っていたけれど、「親」だから「親方」だと知ったときには膝から崩れ落ちそうになった。

 僕、親方に失礼なこと言ってなかったかしら。あの人「ん」しか言わないけど、ちゃんとコミュニケーション取れるようになるのかな、僕。

 その親方は、都へ仕入れに行っている。ナナミさんを送るのを兼ねて。

 

 ナナミさんはあれから、放火してしまったお店に真摯に謝罪して回った。マッチョ店長とターシャさん、僕に付き添われて自首し、自警団と裁判人の取り調べも受けた。ターシャさんが集めた減刑を求める嘆願書や、テオの非道な言動との因果関係が認められ、最終的に贖罪金の三割はテオが支払うことになった。


 ナナミさんは「一生働いてでもお支払いします」と言っていたが、彼女のスキル「イラストレーター」は想像以上に有用だったため、あっという間に贖罪金の額を稼ぎ、色をつけて被害者へ支払うことができた。ついでに、食堂と僕にも迷惑料を包んでくれ、おかげで僕は新居を建てるに至ったのだ。

 なにせナナミさんは、画材を出現させるだけでなく、描いたポスター類を印刷――複写して出力できるのだ。しかもレベルアップしたナナミさんは能力「オフセット印刷」をも手に入れ、コミックエッセイを発刊、都でも大人気となった。


 そんな折、都から来た商人が「ナナミさんのマンガに出てくるショウボウシを見た」と言ってきた。なんでも、背中にボンベを背負いヘルメットをかぶった若い男性が、燃えさかる家から幼い子どもを助け出したそうだ。

 ナナミさんはすぐさま荷物をまとめ、都に行き慣れている親方に道案内を頼んだのだ。


「ナナミさん、タケルさんを見つけられるでしょうか」

「見つけられるよ、きっと」

 僕とターシャさんが、ナナミさんの前途に幸あれと祈っていると、嫌な奴が玄関に入ってきた。


「あれれ、なんで家なんか建てちゃってるんですかぁ? そもそもあのマレビトは自首したのであって、君が捕まえたんじゃないから、約束通り村から出て行ってくださぁーい!」


 テオだ。せっかくの新築祝いの日なのに、嬉しい気分が台無しだ。

「テオ。そもそも君がナナミさんに変なことを言わなければ、放火は起こらなかったんだ! 立派な犯罪だぞ?」

「因果関係がありませーん!」

 人を馬鹿にするような変顔で言い放ち、テオはポケットから煙草を取り出した。

「待てよ、ここは禁煙だ!」


 無視して煙草に火をつけるテオに腹が立った僕は、ターシャさんと店長に中へ入るよう目で合図した上で、能力を発動させた。

「スキル『防火管理者』、能力『スプリンクラー設備』」


 小声で唱えて玄関の天井にスプリンクラーを取り付ける。そうとは知らないテオが、わざと煙を溜め込んでから吐き出す。

 煙を感知して、火災報知器が鳴った。大きな音にテオがびっくりしたところへ、スプリンクラーが作動して大量の水が降りかかる。


「な! なんなんだよこれ!」

 びしょ濡れのテオを見ながら、僕は馬鹿みたいに笑った。

「だから、ここは禁煙だって言っただろ?」


 退散するテオを見送り、スプリンクラーの弁を閉める。ああ、これは掃除が大変だな。でも玄関にはまだ物を入れていなかったし、まあいいか。


「ユウ様、みんな待っていますよ」

 ターシャさんが呼びに来てくれる。ちょっとしたパーティーをしようと、食べものもいろいろ準備してくれていたのだ。

「今いくよ」


 防火管理者なんてショボいスキルしかないのにどうしよう、って思ったこともあったけど、僕はなんとかここで生きていけそうだ。

 みんなに祝われて、僕は改めてこの村で火の用心ライフをスタートさせた。


fin.

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防火管理者、異世界でほのぼの火の用心ライフを送る 芦原瑞祥 @zuishou

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