46、戦いの火蓋は切られた

 目にも止まらぬ速さで飛び跳ねた石ころが、神殿長の眉間に激突した。


「ぐおっ!」


 神殿長がたまらずのけぞると、警護兵長が槍をひるがえしてユリアに迫った。


「犬っころめ! 神殿長殿に何を――」


 長い槍で仕留めようとするも、動きが遅すぎる。ユリアはひらりと飛び上がり、余裕でかわした。


 すでに呪文を唱え終わっていたレモが、


烈風斬ウインズブレイド!」


 警護兵長に風魔法を放つが、


「結界!」


 ほぼ同時に、ユリアの攻撃から復活した神殿長の声が響いた。彼の持つ錫杖に嵌められた赤い石がにぶく光ると同時に魔力障壁が展開し、レモの攻撃魔法は警護兵長に届く前に霧散した。


「お嬢さんの相手はわたくしがにないましょう」


 神殿長がレモの前に出るより先に、メレウトさんが懇願した。


「神殿長、警護兵長、やめてください!」


 だがゲレグの弟が冷たく言い放つ。


「メレウト坊ちゃん、勝手に神殿を抜け出したあなたには、もう何の権限もありません。侵入者の一人として、あなたもここで捕らえます」


「せめて父に会わせてくれ!」


「その必要はない」


 ゲレグの弟がメレウトさんを取り押さえようと手を伸ばす。だがその手がメレウトさんに届くことはなかった。


「凍てつけ」


 俺の言葉と同時に男の首から下が凍りついたからだ。


「なっ」


 信じられないといった顔で自分の体を見下ろす男に、俺は忠告してやった。


「神殿長と警護兵長に戦いをやめるよう命令しろ。じゃないと命を散らすのはあんたのお仲間のほうだぜ?」


「彼の言う通りです」


 メレウトさんも加勢する。


「僕がなんの勝算もなく戻って来たと思いますか? あのピンクブロンドの女性と、狼獣人ワーウルフの血を引く少女は、不死の肉体など物ともしないのです」


「確かに慎重派の坊ちゃんが――」


 ゲレグの弟が甥の言葉を信じようとしたとき、


「グフフフ、面白いことになっているようだな」


 不気味な笑い声が広間に響いた。


「父上!」


 杖をついて階段から降りてきたのは、全身に闇をまとった男。よく見ればその衣は弟たちと同じ緋色のようだが、闇が濃すぎて黒く染まっている。頭に猛禽類の頭蓋骨を乗せ、長く伸びた白髪交じりの顎髭はよだれで濡れていた。瘦せこけて土気色になった顔の中で、異様に見開いた目ばかりギラギラと光る不健康極まる姿は、普通に歩いているのが不思議なくらいだ。


「叔父さん、父上に際限なく予言させていますね!?」


 メレウトさんがゲレグの弟を激しく非難すると、氷におおわれて首しか動かせない叔父も応戦した。


「兄上の様子がおかしくなったのは何年も前――義姉上あねうえを亡くしたときからだろう? 私のせいにしてもらっては困る!」


「僕が神殿を出たころはここまで悪化していなかった!」


 叔父と甥がゲレグ本人の前で異常かどうかを議論する姿こそ、俺の目には普通ではない光景に映った。メレウトさんは、お母さんを亡くしたことで同時に父親も失ったわけか――


 ゲレグの耳には二人の会話が聞こえているはずだが、何も感じないようだ。ゲレグはこらえきれないといった様子で、場違いな笑い声を漏らした。


「ククッ、裏切者メレウトが今日、帝国の人間を連れてやってくることは分かっていた。侵入者全員、ここで消えてもらおう」


「何が裏切り者だ!」


 メレウトさんは不気味な父親に慣れているのか、正面きって歯向かってゆく。


「鳥人族を信じて太古の昔から共に歩み、僕たちを守ってきたベヌウを裏切ったのは父さんじゃないか!」


「精霊王など神の使いでしかない。余は精霊王より上の存在に愛されているのだよ。ぐふっ」


 いちいち笑い出す姿がおぞましい。


「メレウトよ、レジェンダリア帝国の人間を聖なる火の塔に招き入れたお前こそ裏切り者だ! お前に余の野望は理解できん。鳥人族が世界をべる時代がやってくるのだ!」


 口の端に泡をため、血走った眼でゲレグは宣言した。帝国に攻めてくるのはほんの足掛かりで、世界征服が目的か。


「永遠の命を得た余に世継ぎなど必要ない! ヒャハハハ!」


 狂った笑い声と共にゲレグが息子に杖を向けると、一気に闇が放出される。


 父親の言葉に衝撃を受けたのか、メレウトさんは動けない。


「はっ」


 俺は咄嗟に精霊力を放った。まばゆい銀色の光が闇と相殺そうさいし、ゲレグの杖から生まれた禍々しい霧は消失した。


「実の息子になんてことを! 家族を思う気持ちってのがないのかよ!?」


「息子など成長すれば親とは全く別の人格となるのよ。ケケッ」


 奇妙な笑い声と共にゲレグは意味の分からないことを口走った。子供なんて生まれた瞬間から親とは別人格だろうが。何言ってんだ、こいつ。


「ククク、せめても我が弟のように協力するなら不死身の肉体を与え、未来の世界帝国で活用してやったものを」


 ゲレグの言葉に当の弟が薄ら笑いを浮かべる。


「帝国を征服した暁には、水の大陸を統べる新たなる支配者の地位を、陛下は私に約束してくださいました。坊ちゃんが素直に従っていれば、この座はあなたのものだったかも知れませんねえ」


「僕は外国の土地の支配者などやりたくもない! ベヌウと共に火の山を守り、鳥人族の代表として生きていくのが望みなんだ!」


 断言するメレウトさんをゲレグは嘲笑した。


「クヒヒッ、野望も描けない小さい男よ。お前の愚かさは死ななければ治らないな」


 弟に向き直ったゲレグが杖を振ると、彼の体を覆っていた氷は一瞬にして解け消えた。


「やれ」


 感情のない声で命じられ、   


「はい、陛下」


 メレウトさんの叔父は普通の魔術師と同じように印を結び、火大陸の発音で呪文を唱えだした。


「させるかよ! 水よ、この者を包みたまえ!」


 大きな雫が虚空に現れ、男の首から上をすっぽりと包み込んだ。しかし――


「邪魔をするな」


 ゲレグが杖を一振りしただけで、巨大な水滴は消滅した。


「お前の相手はだ。ゲヘヘ」


 黄色い歯をのぞかせ、場違いな笑い声を上げたゲレグが俺の前に立ちはだかる。


「くそっ」


 一番気持ち悪い奴の相手をすることになるのか!


 視界の隅で叔父の野郎がまたメレウトさんを攻撃するべく呪文を唱えだすと、アンジェ姉ちゃんが前へ出た。


「メレウトさんに攻撃をするのはやめなさい! あなたの甥っ子でしょう!?」


 クソ叔父が身動きできなくなったすきに師匠が魔力結界でメレウトさんと姉ちゃんを守る。叔父の野郎は姉ちゃんたち三人に任せるしかないか、と唇をかんだとき、


「よそ見をしている場合かな? ウププッ」


 うんざりする笑い声と共に、また無詠唱で闇の力が生み出され、俺に襲い掛かってきた。


「はっ」


 先ほどと同様、精霊力を放出して相殺すると、


「無駄打ちばかりしていて、いつまでもつのかねぇ? 精霊王の力は決して無限ではない。フハハハハ!」


 賭け事で大金を得た船乗りのごとく、ゲレグは大笑いしやがった。その脳裏には確実に、衰えていく不死鳥フェニックスベヌウの姿が映っていることだろう。


 俺は静かな怒りが湧いてくるのを感じながら、腰の聖剣を抜いた。


「我が魂のうたと響きあえ、聖剣アリルミナス!」

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精霊王の末裔~ギフト【歌声魅了】と先祖の水竜から受け継いだ力で世界を自由に駆け巡る!魔力無しから最強へ至る冒険譚~ 綾森れん@精霊王の末裔👑第7章連載中 @Velvettino

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