45、火の塔に現れた三人の側近

「では火の塔の地下へ」


 メレウトさんは塔に駆け寄り、分厚い石の扉の前で立ち止まった。見たことのない文字が彫られた扉は重そうで、か弱い俺には開けられそうにない。


「ベヌウちゃんを頼みましたよ、若様」


 うしろから神殿兵の寝ぼけた声が聞こえる。火の精霊王をベヌウちゃん呼ばわりかよ、と一瞬あきれたが、神殿を守ってきた彼らは、人化し少女の姿をした不死鳥フェニックスを見慣れているのだろう。


 メレウトさんは、部外者である俺たちの手前、腑抜けた神殿兵が恥ずかしいのか彼らを無視して扉に手をかざした。呪文を唱えたわけでもないのに、分厚い石板のような扉はズズズと音を立てて後退した。引き戸のように横にスライドするものとばかり思っていた俺たちが、意外な気持ちで扉を見つめていると、


「さあ、中へ」


 メレウトさんがずれた扉と外壁の隙間から、薄暗い神殿内へすべり込んだ。俺も彼を追って足を踏み入れる。


 埃っぽいような土臭いような、太古の空気が沈殿したままかと思わせるにおいが鼻をついた。続けてテアさんたちの洞窟住居にも似た、ひんやりとした湿気が肌にまとわりつく。窓が小さいのに照明はなく、外の強い太陽光線にさらされていた目が順応するのに、少し時間を要した。


 目が慣れてくると、壁一面に赤い塗料で壁画や文様、文字のようなものが描かれていることが分かった。俺たちのいる場所は広間のようになっていて、中央には上階へ向かって石の階段が伸びているようだ。


「地下へ降りる階段はこちらです!」


 メレウトさんが俺たちを連れて再び駆けだそうとしたとき、階段の上に人影が現われた。


「そうは行かないよ、メレウト坊ちゃん」


 見上げると、全身を緋色の衣に包んだ男が不敵な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。法衣のような形状はメレウトさんが着ているものと似ているが、炎を意匠化したような柄が金糸で刺繍されていて、一目で身分の高そうな人物だと分かる。


「叔父さん!」


 足を止めたメレウトさんが彼を見上げて叫んだ。


「ほんとだ。オッサンだ」


 隣でユリアもぽつりと漏らす。多分、年齢的なオジサンではなく血縁的なやつだと思うぞ。


「王弟陛下と呼んでもらおうか、犬のお嬢さん」


 オッサンは神経質そうに片頬をぴくぴくと痙攣けいれんさせながら、ユリアをにらんだ。


「狼だもん!」


 ぷくーっと頬をふくらませるユリアを無視して、男はわざとらしく嘆いた。


「不浄な獣ごときが、なぜ我々鳥人族の神聖な場所に紛れ込んできたのやら」


「火の精霊王を解放しにきたのさ」 


 俺は、はっきりと答えてやった。石壁に俺の声が凛と反響する。


「おやおや」


 階段の手すりから俺を見下ろす男の顔が、嫌味たらしくゆがんだ。


「こっちのお嬢さんは爬虫類かな?」


「俺、男の子だもん!」


 すかさず反論したとき、上階から靴音が聞こえ、二人目の人物が階段を降りてきた。手に槍を持ち、筋骨隆々とした体躯から察するに、武人かも知れない。口の周りに黒々とした髭を生やしているのが、いかめしさを強調している。


「王弟陛下、侵入者ですか? 私が追い払いましょう」


 武人らしき男はメレウトさんの叔父を王弟と呼んだ。ゲレグはただの部族長だったはずだが、火大陸を統一して王になる気なんだっけ。そんな野望は今日、俺たちがここでつぶしてやるけどな。


「警護兵長、頼んだよ。外にいるはずの君の部下はどうしたのかな?」


 ゲレグの弟は味方にまで嫌味たっぷりに尋ねる。警護兵長が返事をする前に、答えは階段の上から現れた三人目の人物によってもたらされた。


「みなさん居眠り中のようですねえ」


 声の響きはやわらかいが、優しさは欠片も感じられない。


 叔父の服から金糸を取ったような緋色の法衣を身にまとい、手に持っているのは杖――というより錫杖か。上階の暗闇からぬらりと現われた男に警護兵長が、


「神殿長殿、これは我が部下どもが情けない。あとで火あぶりの刑としておこう」


 と答えると、神殿長は目を細めた。


「どんな罰を与えても怪我ひとつ残らないと言うのは便利ですな」


 感情の読み取れない静かな口調にぞっとする。


 この三人――ゲレグの弟、警護兵長、神殿長がメレウトさんの言っていた三人の側近だろうか。階段から降りてきた彼らは、俺たちを取り囲むように立った。


 俺は一番偉そうなゲレグの弟を真正面から見据えた。彼のうしろには、メレウトさんが案内しようとしていた地下室へ続く扉が見える。


「俺たちは火の精霊王を救うため、水の大陸から旅してきた者だ。そこをどいてもらおうか?」


「部外者はこの火の塔に足を踏み入れることすら許されていない。野蛮な者たちよ、ここから立ち去りなさい」


 ゲレグの弟が入り口の石扉を指さすと、レモが即座に楯突いた。


「野蛮なのはどっちよ!? 精霊王とはいえ若い女性でしょ? それを地下の檻に閉じ込めて、傷付けて血をしぼり取ってるなんて鬼畜の所業よ!」


「無礼だぞ、小娘!」


 唾を飛ばして叫ぶゲレグの弟を制して、神殿長が歩み出た。


「お嬢さん、精霊王というのは聖鳥や聖獣と呼ばれますが、結局は鳥や動物なのですよ。お嬢さんだって鶏肉や四つ足の獣の肉を食べるでしょう?」


 聖職者らしく、人の心に訴えかける話し方を身に着けているようだ。


「可哀想ではありますが、彼らの命を利用しているのが我々人間なのです。畜産業は鬼畜の所業でしょうか?」


 とんでもねえ理論のすり替えをしてきやがった。


「でも」


 と、うしろの方にいたアンジェ姉ちゃんが声をあげる。


「火の精霊王がいなくなったら、この世界から火の精が消えて、火を使えなくなってしまうんじゃない? 結局困るのは私たち人間じゃないかしら?」


「ククク」


 神殿長の陰でゲレグの弟が忍び笑いを漏らした。


「私と兄、それからここにいる神殿長で研究を重ね、精霊に頼らず火を生み出す方法を発見したのさ!」


「嘘でしょう?」


 師匠が思わず研究者の顔になって尋ねる。


「嘘じゃないさ。お前たちに詳しく教えてやる義理はないが、火の山には火の魔鉱石が山ほど眠っている。魔鉱石と強い魔力を掛け合わせて、我々は火を生み出せる」


「火の魔鉱石という資源を独占することで、世界中の富を集めるつもりか」


 師匠が吐き捨てて、俺はなるほどと納得する。


「だが無限の資源など存在しませんぞ!?」


 珍しく師匠の声が怒りに染まっている。


「何百年も使える魔鉱石があるのだ!」


 ゲレグの弟は火の山を背負うように両手を広げたが、師匠は小声でつぶやいた。


「だが無限ではない」


 師匠が考える未来のスケールは数百年よりもっと大きいのだ。だが愚かな者と議論をしても無駄だと悟ったのだろう。それ以上、ゲレグの弟を説得することはなかった。


「分かったら立ち去ってもらいましょうか」


 変わらぬおだやかな口調で、神殿長がまた一歩、踏み出した。有無を言わさぬ圧力をかけてくる。


 だがユリアには通じないようだ。こてんと首をかしげ、


「でもベヌウちゃん、かわいそうだよ?」


「議論を蒸し返すつもりですか? それとも獣の知能では理解できなかったのかな?」


 神殿長が幼児をさとすように語りかける。ユリアは挑発にも乗らない。


「だっておじさんも痛いことされたら嫌でしょ? こんなふうに」


 突然ユリアが足元の石ころを蹴った! 目にも止まらぬ速さで飛び跳ねたそれは、神殿長の眉間に激突した。


「ぐおっ!」




─ * ─




交渉決裂――と理解したとは思えないけど、ユリアが攻撃を開始した!

次回はいよいよラスボス・ゲレグも登場します!

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