44、見張りの神殿警護兵も一網打尽
俺は竪琴を撫で、昨夜の宴でメレウトさんから教わった歌を口ずさむ。
「西の果て消えし太陽が
新しき朝にはまた蘇るべく
火を噴く山と共に再び生まるる
鮮やかなる
汝、
火大陸の音楽は情熱的で、リズムが中心になっている。旋律はシンプルで、同じテーマを繰り返しているだけだ。だがうまい人は細かい装飾音を加えるらしい。昨夜メレウトさんが少しだけ歌ってくれたが、トリルやターンのようなものとはいえ、聴いたことのないテクニックだったので、一晩で習得するのはあきらめた。
この歌は鳥人族に伝わるものだから、洞窟の民たちは知らなかったが、リズムは共通らしい。メレウトさんが手拍子を始めると、みんな代わる代わる燃えさかるかがり火の前へ出て、飛び跳ねるような踊りを見せてくれた。
大地の響きと躍動感を体現したようなリズムに乗って、俺はクセになる単調な旋律を繰り返す。帝国の音楽のように音域も広くないので高い声を出す必要はなく、胸に響く中低音域で歌い続けた。天へと昇っていく歌声ではなく、地に足のついた力強い声が求められるのだ。
「火の海が山を焼いても
また草木の芽が息吹くが如く
我らはこの地に降り立ち
いつの日かまた去りて
魂の輪をつなぎゆかん」
歌い終わると不思議な高揚感が俺を包んでいた。精霊教会の聖歌を歌ったときの神聖な気持ちとはまた違う、全身に熱い血潮がみなぎるような感覚だ。両足で大地を踏み鳴らしたくなる。
「素晴らしいです、ジュキエーレさん」
手拍子をしていたメレウトさんも満ち足りた笑顔を浮かべていた。この男がこんなふうに笑うの、出会ってから初めて見たな、などと思っていたら、師匠が火の塔を囲む神殿警護兵たちを指差した。
「彼らを見てください。先ほどまでと様子が違うと思いませんか?」
警護兵たちは両手を広げ、開放感にあふれた様子だ。
印を結んだままだったレモが、風の精へ向けて小さくつぶやいた。
「我が方へ来たまえ――」
途端に風向きが変わり、塔の下から乾いた風が吹き上げると、男たちの話し声が聞こえてきた。
「お前もか。俺も頭がすっきりしているんだ」
「俺もずっと続いていた弱い頭痛が消えている」
「もしかして――」
一人が槍を大地へ投げ捨てた。
「頭痛が襲ってこない!」
両手のひらを上へ向け、ブンブンと振りながら、興奮した口調でつぶやいた。ほかの者たちも次々と武器を捨て、
「解放された!」
と、喜びを
魔法陣の描かれた布で竪琴を包んでいた俺の腕に、レモが抱きついた。
「大成功よ!」
「すごいな……」
洞窟の入り口からのぞいていたテアさんが呆然としている。
「シャーマンのかけた術は普通、術者が生きている限り続くってのに」
想像もつかないと言わんばかりに大きく首を振る彼女に、俺は声をかけた。
「それじゃ、行ってくるよ」
「きみたちなら精霊王様を救ってくれるって、ウチ信じられるよ!」
走り寄ってきたテアさんが俺の右手を両手で包み込み、上下に力強くゆすった。
その間にレモと姉ちゃん、それから師匠は空中遊泳の呪文を唱え終わっている。
「「「
三人が浮かび上がると同時にユリアが俺にしがみついた。メレウトさんと俺は翼を広げ、舞い上がる。
洞窟から手を振るテアさんを残して、俺たち六人は神殿警護兵の上に移動した。彼らは頭をつき合わせて、
「なぜ急にゲレグ王の
「さっき聞こえた不思議な歌声と何か関係があるのか?」
などと首をひねっていたが、メレウトさんの羽音に気が付いて振り返った。
「若様!」
「坊ちゃま!」
「メレウト様、戻られたのですか!」
目を見開いて固まったり、後ずさったりしている神殿兵の前に、俺たちは降り立った。
「私が帰ったからには父の好きにはさせぬ。ベヌウの様子は分かるか?」
などとメレウトさんが若様らしく振舞っている間に、レモが聖なる言葉を唱えている。
「聖なる光よ、自然の
顔を見合わせ、気まずそうにしている男たちに白い光が降り注いだ。光はメレウトさんをも包み込むが、状態異常ではない者には一切影響を及ぼさない。メレウトさんはまぶしそうに目を細めつつも、気分が良いのか深呼吸をしている。
光が薄らいでゆくと神殿兵たちは、地面に膝をついたり座り込んだりし始めた。慌てて塔から離れ、草地で嘔吐している者もいる。
ウム族の入り江で船に乗っていた鳥人族たちとは違う症状だ。
「痛ぇ、頭が割れるように痛ぇよ。なんで今、二日酔いが戻ってきやがんだ」
「くそっ、不死身になって以来いくらでも飲めたのに!」
「お前昨日もしこたま飲んでたもんなあ」
幾分かマシな状態の神殿兵が呆れた声を出し、吐いたヤツが千鳥足で戻って来た。
「今度は何が起こったんだ? 変な光に包まれたらいきなり酔いが回って来たぞ?」
どうやら
「お酒で失敗しなくなるなら便利だね、不死身って」
ボソッと本音を漏らすと、
「あら。全く酔わないのもつまらないじゃない」
姉ちゃんが反論した。どうやらうちの姉は親父ゆずりの酒豪らしい。
「俺も大人になったらお酒に強くなれるかな?」
「ジュキちゃんはほっぺが赤くなってるくらいがかわいいわよ」
緊張感のない姉が俺を抱きしめている間に、レモはさらに緊縛の呪文を唱えている。
「
酔っ払いたちは全員、風魔法で拘束された。
「ええっ、なんで!?」
驚きの声を上げ、体にまとわりつく目には見えない縄を見下ろす男たちに、メレウトさんが静かに答えた。
「父に操られて我々を攻撃しないよう、念のため動きを封じました。父を倒したあとで自由にしますよ」
「坊ちゃんがそう言うなら仕方ねえ」
「俺たちここで一眠りしてますよ」
男たちは素直に従った。というより二日酔いで具合が悪いのだろう。縛られたまま地面に横たわり、いびきをかき始めた。
「情けない」
メレウトさんは天を仰ぎ、気持ちを切り替えるように俺たちを振り返った。
「では火の塔の地下へ」
─ * ─
塔の護衛はあっさり無力化! しかし次回は族長ゲレグの側近三人が現れるようです。
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