43、作戦開始

 通路はゆるやかな上り坂となっていた。おそらく外の地形に沿って、火の山のふもとまで道が作られているからだろう。道幅は二人並んで歩けるくらい。テアさんを先頭に俺とレモが続き、すぐうしろに姉ちゃんとユリア、最後尾を師匠とメレウトさんが固めて奥へと進む。


 全く陽の差さない地下通路では、時間の経過が分からない。こんなとき役立つのはユリアの腹時計だ。


「そろそろお昼ごはんの時間だよ」


 ユリアが俺のマントをうしろから引っ張った。


 俺が背負った亜空間収納マジコサケットの中には、洞窟の民が持たせてくれたパンや木の実、果物が入っているのだ。


 テアさんは手提げのランタンを持ち上げて、地下通路の奥に目を凝らした。


「もう少し行くと広場が作ってあるから、そこで食べよう」


 テアさんの言葉通り、しばらく歩くと七人が円になって座れるくらいの広場が現われた。その先はでこぼことした階段になっている。


 小型のナイフで果物の皮をむきながら、メレウトさんが岩の天井を見上げた。


「地上で言うと今、僕たちはどの辺りにいるんでしょう?」


「出口前の深いところだから、神殿の真下じゃないかな」


 テアさんの答えに、メレウトさんの表情が苦しげにゆがんだ。


「この上にベヌウが閉じ込められているのか」


 それを見たユリアが戦斧バトルアックスに手をかけた。


「天井ぶちぬいたらベヌウちゃん救える?」


「神殿の建物が上から落ちてきたら、私たちは全員生き埋めになっちゃいますよ」


 師匠はユリアに釘を刺してから、テアさんに向き直った。


「どこまで我々に付き添ってくれるのですか?」


「じいちゃんには危険だからとっとと折り返して戻ってこいって言われてる。でもウチ、昨日あんたたちが話してた計画を実行に移すの、見届けたいんだ」


「おじい様のおっしゃる通り、危険だと思いますよ。洞窟の出口から外に出るべきではありません」


 常識派の師匠は当然のようにテアさんを止めた。彼女は使い終わったナイフを布で拭きながら、


「火の精霊王が闇の檻に閉じ込められたのはウチらの問題なんだ。水の大陸から来たお客さんに丸投げして、あとはよろしくって帰るのは無責任だよ」


「しかし――」


「分かってる」


 師匠の言葉を制してテアさんは、寂しそうにほほ笑んだ。


「ウチにはゲレグをどうにかする力なんてない。洞窟の出口であんたたちを見送って、ウチは帰るよ」


 昼食を終えた俺たちは、いよいよ外へと続く階段を登り始めた。先頭を歩くテアさんが手持ちのランタンで足元を照らしてくれる。


「掘り方雑だから気をつけてな」


 彼女の言う通り石段はゆがんでいるし、段の高さもふぞろいだ。もちろん手すりなどなく、地層の浮き出た石壁に手を添えて体を支えるしかない。


 二、三階ほど登ったところで階段は右に折れ、ぼんやりと外の明かりが差し込んできた。


「新鮮な空気の匂いがするの」 


 嬉しそうな声に振り向けば、ユリアがスカートから出た尻尾をパタパタと左右に振っている。


「鳥の声も聞こえるわ」


 レモは頭上に浮かべていた光魔法を消した。顔を上げた俺は、真昼のまぶしさに思わず目を細めた。


 ただひたすら白く輝いて見えた出口は近づくにつれて、シダっぽい植物のカーテンで隠されているのが分かってきた。


 出口に立つテアさんの表情は逆光になってよく見えない。


「着いたよ。ご覧、火の神殿全体が見渡せるから」


 最後の一段を登り終え、俺は草の匂いがする外気に顔をさらした。周囲を見渡すと、火山地帯のせいか細い木がまばらに生えているだけで、ほとんどが草地だ。火の山の中腹――というより下の方に出たらしい。


 そして山裾からは見たことのない建築様式の、赤っぽい建物がそびえていた。ちょうど目の前が建物の最上部あたりなので、帝国の建築物で言えば五階くらいの高さだろう。四角いレンガを少しずつ内側にずらして積み上げることで、角錐と呼べる形状の立体を作り上げている。


「これが火の神殿?」


 俺が指差すと、テアさんは首を振った。


「赤い土を混ぜて作られた敷地内の建物全体を神殿って言うみたいだよ」


「僕も神殿内で生まれ育ちましたからね」


 階段の方からメレウトさんが補足してくれる。


 テアさんは片手で植物のつるをよけながら、目の前の高い建物に視線を向けた。


「これは火の塔だね。空高くそびえ立つのは、火の山から下りてきた不死鳥フェニックスが塔のてっぺんで羽を休めるためだって言われてる」


「今はその地下に閉じ込められているんですが」


 怒りのこもった声でメレウトさんが付け加えた。


 地上を見下ろすと、昨日メレウトさんが話していた通り、火の塔の周りにだけ複数の神殿警護兵が立っていた。右手に槍を持ち、油断なく辺りを見回している。


「ずいぶん警戒しているみてぇだな」


 俺の素直な感想にメレウトさんが、理由を教えてくれた。


「おそらく父が僕たちが来ることを予言して、侵入者を許すなと命じたせいで、しゅに縛られた彼らはずっと気を張っているのでしょう」


「兵士さんかわいそう」


 ユリアが甘ったれた声を出す。


「ゲレグくん、悪い子なの」


「ああ、悪い奴だ。俺が倒してやらぁ」


 拳を握りしめた俺の肩にアンジェ姉ちゃんが片手を置いて、もう一方の手のひらを額にかざして火の塔を見つめた。


「いにしえの騎士物語なんかだと、悪い奴の親玉は塔の一番上にいるものなのよね」


「へえ」


 レモが楽しそうにいんを結んだ。


「じゃあとりあえず塔に攻撃魔法、放ってみる?」


「なんのために昨日、綿密な作戦を練ったんですか!?」


 師匠が慌てて止めに入る。


「冗談よ」


 レモはつまらなそうに肩をすくめたが、本当に冗談だったのかは怪しいところだ。


「じゃ、計画通り始めますか」


 俺が亜空間収納マジコサケットから竪琴を出して調律に取り掛かると、隣にメレウトさんが並んだ。


 レモは自信たっぷりにうなずいて、


「昨夜、師匠と開発した新しい風魔法を試すわよ」


 風の精霊を示すいんを結び、静かに呪文を唱えだした。


聞け、風の精センティ・シルフィード――」


 レモは今回の作戦に必要な新魔法をまた、師匠と創作したのだ。


「麗しきうた、汝がたなごころにて我願いたる地まで運びたまえ。向響遠流風ポルタソンディレット


 ふわりと風が動き、周囲の草が一定方向にしなる。火の塔を守っていた兵士たちもふと空を見上げたが、すぐに視線を戻した。


 新たに創作された風魔法「向響遠流風ポルタソンディレット」は、レモがよく使っていた音響魔法「拡響遠流風ポルタソンロンターノ」を改善したものだという。拡響遠流風ポルタソンロンターノは町全体に音を届けられる便利な魔法だが、ただ四方に風を広げるだけ。今回生み出された「向響遠流風ポルタソンディレット」は強い指向性を持ち、術者が届けたいと念じる方向へ音を響かせることができるらしい。


 魔法の風に乗って俺の歌声は、火の塔を見張る兵士たちにのみ届くのだ。ゲレグが予言という厄介な力を使うため、最大限警戒して計画を実行せねばならない。


 調弦を終えた俺が隣に立つメレウトさんにうなずいて見せると、彼は手拍子で複雑なリズムを奏で始めた。俺は竪琴を撫で、昨夜の宴でメレウトさんから教わった歌を口ずさむ。




─ * ─




次回はジュキが火大陸の音楽に挑戦します!

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