五、族長ゲレグと三人の側近

42、地下通路を通って火の神殿へ

 翌朝、朝食を終えて旅支度を整えた俺たちは、秘密通路へ案内してもらうこととなった。テアさんの家を出ると、まばらに草が生えた砂地に村のみんなが、燦々と降りそそぐ朝日を浴びて勢ぞろいしている。


「白竜の天使様と鳥人族の若様、それからお付きの方々、行ってらっしゃいませ!」


 年配の女性が一人、進み出て代表で俺たちに声をかけてくれるが、


「白竜の天使様って誰!?」


 俺は混乱していた。


「ジュキしかいないでしょ」


 俺の手を握ったレモがクスクスと笑い声を上げる。


「いやいや、俺よりあんたのほうが比べ物にならないくらい身分が上なんだから、お付きの方々ってまとめられたら怒っていいと思うぞ!?」


「ジュキ、ここは火大陸よ? 私たちは帝国の身分制度なんかに縛られる必要ないんだから」


 レモが俺の頬に軽いキスを落とす。


「「「おぉぉー」」」


 当然ながらどよめきが起こって、俺は耳まで熱くなるのを感じた。


 村人たちの中からは男泣きする声も聞こえてくる。


「うぅっ、あんな儚げな美少年を卑劣なゲレグのもとに送るたぁ、俺は情けねえ!」

「まったくだ。できることなら俺が代わってやりてぇのに!」

「あたしだっておんなじ気持ちさ! これほど自分の無力さを悔やんだことはないよ!」


 みんな優しいなあ。


「では出発しましょうか」


 師匠に声をかけられて、俺は朝露に濡れた草の上、一歩を踏み出した。


 だがすぐに不思議そうな顔をした村人に止められてしまった。


「どこへ行くんだい?」


「えっと、秘密の通路へ――」


 俺が答えかけたとき、うしろでシャランと涼やかな音色が響き、とばりを持ち上げたテアさんが顔をのぞかせた。


「こっちこっち。ウチん中に入り口があるんだよ」


 手招きする彼女に俺たちは驚いて顔を見合わせる。その様子に見送りの村人たちは声を合わせて笑い出した。


「テアちゃんったら最後の最後まで秘密にしていたのか!」

「さすが秘密通路だね!」


 俺たち全員、ちょっと赤面しながら家の中に戻ることとなった。村人たちがうしろから、口々に俺たちの健闘を祈って声をかけてくれる。みんなに手を振って、薄暗い洞窟住居の中に入ると、テアさんが部屋の奥へと案内してくれた。


「さあどうぞ」


 テアさんが明るい色の布をめくった先は、こじんまりとした寝室だった。壁のくぼみに置かれた燭台の上では火魔法が燃え、室内をやわらかく照らし出す。


 窓がない代わりに、壁には海辺の街を描いたタペストリーが掛かっていた。テラスに並ぶ鉢植えには赤や黄色の花が咲き乱れ、海には帆船が浮かび、青空には白い雲が輝いている美しい絵だ。


 タペストリーの反対側には一人用のベッドが据えられ、薄桃色や橙など可愛らしい色合いの布で覆われていた。枕元の壁に刺した釘から、色とりどりの石を使った飾りが下がっているのに気が付いて、俺はハッとした。


 横を見ると思った通り、テアさんが同じタイプの首飾りをかけている。


「もしかしてここ、テアさんの寝室!?」


「よく分かったね」


 テアさんはにっこりと笑ったが、俺は慌てて後ずさった。


「お、女の子の部屋に入るわけには――」


「女の子みたいにかわいい顔して何言ってんだか」


 えっ、ひどい!


 絶句する俺に構わず、テアさんはすたすたと自室に入ると、海辺の街を描いたタペストリーをめくって見せた。


「ほら、ここから秘密通路に入るんだよ」


 白い壁にぽっかりと、暗い入り口が開いていた。湿った土のにおいがする空気が這い上がってくる。


「テアちゃん、自分の部屋に秘密通路、掘ってたの?」


 尋ねるユリアに俺も口をそろえて、


「オバケが出そうで怖いじゃん」


 うっかり本音を漏らしたとき、


「はっ、もしかして!」


 アンジェ姉ちゃんが口を押さえた。


「かわいいジュキちゃんを連れ込むため、寝室に仕掛けを!?」


「アンジェお姉様の言う通りかも知れないわ! 秘密通路を理由にジュキをベッドに――」


「二人とも冷静に」


 師匠の大きな手のひらが、レモと姉ちゃんの頭の上に置かれた。


「テアさんがジュキくんを知ったのは昨日。通路を完成させた時期は?」


「き、きっとずいぶん前ですわね。ホホホ」


「レモさんのおっしゃる通りですわ。オホホ」


 レモと姉ちゃんが怪しい作り笑いをすると、師匠はテアさんとメレウトさんを交互に見た。


「申し訳ありません、つまらないことでお待たせして。行きましょうか」


 一人ずつ洞窟の入り口をくぐっていると、タペストリーを押さえているテアさんをユリアが見上げた。


「レモせんぱいもアンジェリカちゃんも、ジュキくんのことになると頭が悪くなるのー」


「みたいだな」


 テアさんが笑いながらタペストリーを下ろすと、洞窟に暗闇が訪れた。


「わぁ、真っ暗」


 ユリアが歓声を上げる。


「ハゲのお兄ちゃん、連れて来ればよかったね」


「その必要はないわ」


 レモが冷たい声で答え、呪文を唱えた。


「聖なる光よ、きらめきたまえ。光明ルーチェ


 レモの手のひらからふわりと、球体をした光が浮かび上がる。


「イーヴォの頭と違ってちょうどいい明るさだな」


 俺は褒めたつもりだったのだが、


「禿げた頭皮なんかと一緒にしないで!」


 レモにふくれっ面されてしまった。


 その間に呪文を唱えていたテアさんが、小さな携帯用ランタンに火を灯す。


「光魔法のほうが便利だね。火魔法は明るくしたいからって炎を大きくすると暑いんだよ」


 頭上に浮かぶ光明ルーチェをまぶしそうに見上げながら、先頭まで歩いてきた。洞窟は一本道だが、念のため彼女に案内してもらうことになったのだ。


「この道はさ、最初はウチと、土魔法が得意な友達二人との秘密だったんだ。三人でウチの部屋に集まって、こっそり作ってたんだよ」


 だからテアさんの部屋に入り口があったのか。テアさんはゆるやかな上り坂を進みながら話を続けた。


「でも土魔法でドカンとか音立てながら掘ってたから、集落のみんなが何だろうって言い出しちゃって」


 文字通り一枚岩でつながった住居なんだから、そりゃよその家にも響くよなあ。


「仕方ないから秘密を共有する仲間を少しずつ増やして行ったら、いつの間にか大所帯で工事してて、じいちゃんにもバレたんだけどな」


 テアさんの手にしたランプが、足元の土をオレンジ色に照らし出す。俺たちの頭上では月明かりを思わせる色合いの光魔法が、両側の壁を白く浮かび上がらせていた。洞窟の民が暮らす住居と同じ白壁は、歩くうちに茶色い岩盤へと変化した。




─ * ─




秘密通路を抜けた先は? 昨日レモたちが立てた作戦も明らかに!

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