41、作戦会議と、洞窟の民の宴
「メレウトさん、明日には地下通路を通って神殿敷地内に忍び込むわけですが、何か策はありますか?」
師匠が静かな声で尋ねた。
軽食を終えたメレウトさんは神妙な顔つきで語り出す。
「火の神殿を守る不死の兵士や、不死身となった父の側近と戦うことになるでしょう。父が未来を見ていないとは思えませんから、神殿内に入ったあとは父自身が立ちはだかるかも――」
「それってつまり、メレウトさんに作戦はないってことだよな?」
俺がつい本音をもらすと、レモも口をそろえて、
「私たち頼みってことよね?」
と、たたみかける。
図星なのかメレウトさんが沈黙すると、師匠がその場を取りなした。
「だからこそ彼は、帝国に助力を求めたのでしょう」
「おっしゃる通りです。恥ずかしながら僕には、父の
目を閉じたメレウトさんの眉根に苦悩の影が差した。テーブルの上で固く握りしめられた拳に、師匠が優しく手のひらを乗せた。
「あなたの持っている知識や記憶が、我々を大いに助けてくれるでしょう。神殿警護兵の布陣や、各兵士の忠誠心はあなたにしか分かりませんからね」
メレウトさんが机の上に皿やカップを並べて、
「これが火の山、これが神殿中央の塔だとすると――」
と説明を始めると、テアさんが白っぽい平たい石と炭のようなものを持ってきて、石版に秘密通路の出口と神殿の位置関係が分かる絵をさっと描いた。そこにメレウトさんが新たに敵の位置を書き込んで説明する。
レモと師匠が神殿潜入作戦について活発な議論を交わし始めてしばらく経ったとき、洞窟住居の入り口の方から華やかな鈴の音が聞こえてきた。テアさんが立ち上がり、
「じいちゃんが帰ってきた!」
洞窟の入り口へと走りながら、大きな声で尋ねる。
「通路の使用許可、下りた!?」
俺もじいさんの答えが気になって、テーブルを離れて廊下に顔を出した。玄関でじいさんと対面するテアさんが、外を指さすのが見えた。
「じいちゃん、あ、あれ――」
こちらを向いていたじいさんが肩越しに振り返り、俺も目をこらして暗くなった戸外を見つめる。
「村の男たちが帰ってきたんだ!」
テアさんが、じいさんを突き飛ばす勢いで外へ走り出した。
「ウム族の入り江から、村の人たちが戻って来たのね!」
レモも椅子から立ち上がり、俺たちは喧騒に誘われて外へ出た。すっかり日は暮れて、満天の星空に迎えられる。
「すげえ星の数だな。帝国と全然違うぞ」
「お国によって空って違うの?」
洞窟住居から顔を出したユリアを、レモが適当にあしらう。
「全部つながってるんだから同じでしょ」
ゆったりとした足取りでやってきた師匠が、
「空気が乾燥した火大陸では、空中に漂う水の粒が我々の視界を遮りにくく、星がよく見えるのでしょう」
小難しい講義を始めた途端、ユリアがあくびをした。
集落へ戻ってきたのは予想通り、ウム族の入り江に集められていた若い男たちだった。歩いて帰ってきた彼らは疲れているようだが、久しぶりに見る故郷に晴れ晴れとした顔つきをしている。
洞窟住居から次々に家族が走り出て来て、夫や息子や兄弟を見つけて抱き合った。
「こんな大勢の人が住んでたんだな」
思わず洞窟住居群を振り仰いだ俺の隣へ、テアさんのじいさんがやって来た。
「美しき白竜の少年と、鳥人族の若様。わしらジジイどもの話し合いにより、秘密通路の使用が許可されました」
「よっしゃ、ありがとな、じっちゃん!」
俺が早々に礼を言うと、
「じゃが間違いなく今夜は
じいさんの言葉にアンジェ姉ちゃんが身を乗り出した。
「もちろんです! お誘いありがとうございます!」
この人は間違いなく酒のことを考えている!
星空の下、テアさんが筋骨隆々とした浅黒い男の背中をたたきながら、尋ねている。
「兄ちゃんたち、なんで戻って来られたんだ?」
「海の向こうから救世主の一団がやってきて、あっという間に鳥人族たちをやっつけてくれたんだ!」
「それって水の大陸から――」
「ああ、おそらくな。白銀の髪を持つ歌姫と、彼女に仕える三人の乙女たちだ」
男の言葉に、俺たちのうしろで師匠がうなだれた。
「私は数に入っていないのか」
「おししょさまも女の子になればいいのに」
ユリアがとんでもないことを言うと、メレウトさんが賛同した。
「生物の雄というのは基本的に女性をより強く認識するように創られているのです」
俺たちがウム族の入り江に平和をもたらした功労者だと明らかになるのに、時間はかからなかった。人々は救世主たる俺たちの周囲に集まって、
「髪を切っていらっしゃるが、間違いない! あの方は船の舳先で竪琴片手に歌っていた歌姫様!」
「こんな間近で愛らしいお顔を拝めるとは眼福だ!」
「また歌ってくれないかなあ?」
称え方が期待と違う!
愕然とする俺には構わず、テアさんは腕まくりをしている。
「さあ、宴の準備だ! 今夜は久しぶりに肉を並べよう!」
「肉っ!?」
目を輝かせたのは当然ユリア。旅に出てから干し肉と海の幸、豆とチーズくらいしか食べてないから仕方ないか。
「これから狩りに行くの!?」
背中にかついだ
「違う違う。生肉の塊に塩と香辛料とハーブをすり込んで、風通しがよくて涼しい洞窟で乾燥させて熟成させてあるんだ。みんなの口に合うといいけれど――」
「合います!」
「うまそう!」
「楽しみ!」
俺たちは口々に叫んでいた。
「お酒にぴったりね、きっと」
姉ちゃんはすでにうっとりとしている。
準備の段階で待ちきれなくなった俺たちは、大きな肉の塊をナイフで薄く切るテアさんから、一切れ味見させてもらった。赤身に程よく脂身が入った薄い肉を指先でつまみ、口の中に放り込む。
「うまっ」
舌に乗せた瞬間に感じるのは塩味と、鼻に抜ける香辛料の香り。だがすぐにガツンと肉の旨味が味覚に訴えかける。同時に脂身が舌の上で溶け出し、ミルクのような甘みと、バターを思わせる芳醇なコクが広がった。
「これはおいしいわね!」
貴族令嬢のレモも目を輝かせ、師匠はまぶたを閉じて味わい、感心している。
「熟成させているためか、香辛料の香りのおかげか、獣臭さというのが一切ありませんね」
「気に入ってもらえてよかったよ」
満足そうなテアさんを、ユリアがキラキラとした瞳で見上げる。
「塊、全部食べたい」
「だめだめ。塩分を摂りすぎちゃうよ」
テアさんはしっしと虫を追い払うように手を振った。
集落前の草地では至る所にかがり火が焚かれ、各住民が洞窟住居の中からテーブルや椅子を持ち寄って、宴の準備が整えられていった。
「なんだか冷えるわね。昼間とは別世界みたい」
両手で二の腕を抱くレモを、俺は白いマントの中に入れて抱きしめた。
「海辺の村とは気候が違うみてぇだな。
「いい」
レモはふるふると首を振った。
「このままジュキにくっついてたい」
かわいい! 俺は体の芯から燃え上がる情熱に
俺たちが愛を確かめあっている間に宴の準備はすっかり整い、ささやかだがあたたかいディナーが始まった。
良い具合に酒が回って、みんなが盛り上がってきたところで俺は、テアさんとの約束通り歌を披露した。
大地の乾いた匂いに竪琴の響きがうるおいを与え、ひんやりと肌を撫でる風が俺の歌を遥か遠くへ運んでゆく。
間奏を弾いていると、どこかで野生動物の鳴き声が聞こえた。だがすぐ近くでパチパチとはぜる火花が、俺たちを守ってくれる。かがり火に照らし出された子供たちの笑顔や、目を閉じて聞き入る老人、戻ってきた若い夫と寄り添う女性の幸せそうな表情を見つめながら、俺は大切に歌を紡いだ。
─ * ─
次回は秘密通路へ!
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