40、秘密の通路とは?

「テア、落ち着きなさい。通路の使用はわしの一存では決められん。それより旅の方々に休んでもらうほうが先じゃろう?」


 俺たちを見上げるじいさんを壁の明かりが照らし出す。粗い石壁は容易に削れるらしく、くぼみを作ってランプが置かれていた。中では火魔法が燃えている。


 日に焼けたじいさんの顔には皺が深く刻まれていたが、目には柔和な光が宿っていた。じいさんは、七色の羽を持つメレウトさんと俺をを交互に見た。


「なんと美しい。先祖返りされた方が二人もおいでになるとは、奇跡が起こる日も近いかも知れん」


「先祖返りされた方が二人って――」


 驚いた顔で俺を見るテアさんに、じいさんが物々しくうなずいた。


「そう、この少年は水の精霊王である白竜の先祖返りじゃろう」


 うおお、ちゃんと少年扱いされたぞ!


「袖からのぞく手の甲に、真珠のように美しいうろこが整然と並んでおる」


 指摘された俺は恥ずかしくなって、両手を背中に隠した。


「へえ、気付かなかったよ! かわいい顔してるなとは思ってたけど」


 テアさんにまじまじと見つめられて、俺はうつむいた。じいさんはまぶしいものでも見るように目を細めている。


「先祖返りした者は皆、美しい姿を持ち、聡明で気高い魂を備えておるのじゃ」


 俺って聡明かなあ?


「わしの曽祖父が古文書で読んだと言っておった」


 このじいさんの曽祖父っていつの時代だよ。


「そうかあ!」


 テアさんは純粋に瞳を輝かせている。


「ジュキちゃんが顔も声もかわいいのは先祖返りのせいだったのか!」


 何度もかわいいって言わないで欲しいし。困って姉ちゃんのうしろに隠れかけた俺に助け舟を出すように、話を変えてくれたのはじいさんだった。


「テア、客人たちに茶と軽食をお出しなさい。わしは通路の使用について皆に意見を訊いてくるわい」


 年のわりに身軽な動作で立ち上がると、じいさんは洞窟住居から出て行った。だがすぐに、


「おいテア! 干し草がそのままじゃないか!」


 外から非難がましい声が聞こえてきた。


「あーっ、忘れてた!」


 壁際に並ぶ素焼きの壺を持ちあげたテアさんが大声を出すと、隣の洞窟から幼さの残る女性の声が聞こえた。


「テア姉さん、帰って来てたの? 干し草なんか私が厩舎に運ぶわ!」


「助かるー! おねがーい!」


 表へ向かって叫びながらテアさんは玄関――というより戸外につながる大穴の並びに設けられた厨房らしき場所で、水をあたため始めた。かまども天然の岩を削って作られたようだ。壁の上部には外へつながる小さな穴が開いているので、煙突がなくても空気が薄くなることはなさそうだ。


 テアさんはテーブルに木の器を並べ、手早くパンやチーズを盛り付けた。


「座って座って」


 促されて席につきながら、


「なあ、秘密の通路ってなんだ?」


 俺はテアさんに尋ねた。使用許可が出るまで教えてくれないかと思いきや、


「いつ訊いてくれるのかと思ってたよ!」


 テアさんは話したくてうずうずしていたらしい。


「火の神殿の裏手に出る道を掘ったんだ」


 あっさり打ち明けた。


「ええっ!?」


 大声を出したのはメレウトさんだ。


「どこから? どうやって?」


「ウチらの住居から地下に掘り進んで、火の神殿の地下室のさらに下を通って、そこから階段で上がって火の山の洞窟に出るんだ。ちょうど神殿の塔の真後ろだな」


 恐れを知らない行動に面食らったのか、メレウトさんは乾燥したパンを手に持ったまま固まってしまった。代わりにレモが、ちぎるたびに粉が落ちるパンにチーズを乗せながら尋ねた。


「こっそり火の神殿に近づいて、不死鳥フェニックスを救い出すつもりだったの?」


「そうそう。火の神殿の地下に囚われてるって話だったから」


 軽い調子で答えるテアさんに、メレウトさんは頭を抱えた。


「闇の檻に囚われてるのにどうやって救うつもりだったんだ。神殿に忍び込めば済む話なら、僕がとっくにベヌウを解放している!」


 憤りをあらわにするメレウトさんに、テアさんは変わらぬ口調で続けた。


不死鳥フェニックスは火の山が噴火すると、その火に焼かれて復活するって言うじゃん? とりあえず神殿に放火してみたら、不死鳥フェニックスも一緒に燃えて蘇るんじゃないかと思ったんだ」


 なんて雑な案だ!


「思ったって――」


 アンジェ姉ちゃんが首をかしげる。


「抜け道は、まさかテアさん一人で掘ったわけじゃないんでしょう?」


「ウチの案に賛成してくれた若い女性たちと子供たちで掘ったよ。このへんの岩はやわらかいから、土魔法を使えるヤツが数人いれば、難しいことじゃない。でも――」


 テアさんは不服そうな表情で告げた。


「実行に移すのはじいちゃんたちが許してくれなかった。神殿を燃やしても不死鳥フェニックスが復活しなかったら、ウチらはただの重罪人になっちゃうからって」


 そりゃ止める方が普通だろ、と思っていたら姉ちゃんがあごの下で手を組んでいる。


「テアさんたちって、とっても勇気があるのね!」 


 いや、豪胆にも程があるだろ。


 師匠が溜め息ひとつ、


「『洞窟の民』も若い男たちが捕虜の兵士となって、鳥人族の監視下にあるのでしょう? あなたたちが反乱分子だと思われたら彼らの命も危なかったでしょうから、思いとどまって正解だったかも知れませんね」


 妥当な話をするとレモが、


「放火といっても火魔法が弱っている今、神殿がしっかり燃えるか分からないものね。地下まで火が行かないかも」


 物騒な話をしやがった。


「ピンク髪のあんたの言う通りだよ」


 テアさんが、土器のようなカップに熱い茶をそそぎながら、珍しく沈んだ声を出す。


「火魔法が弱っていくのはウチらにとって死活問題なんだ」


 世界中のすべての人にとって死活問題だろ、と思いながらも、俺はだまって彼女の話に耳を傾けた。


「ウチらの集落は野生動物や魔獣が闊歩する草地の真ん中にあるから、夜の間は火を焚いて、捕食者が近寄らないようにしているんだけど」


 入る前に見た、住居群の前に等間隔に並んだ火の跡は、獣除けだったのか!


「最近は火力が弱くなってきて、魔獣が集落に近づくようになった。このまま精霊王様の力が弱っていったらウチらはどうせ魔獣のエサになっちまうんだから、その前に一矢いっし報いようと思ったんだ」


 それで無謀とも思える計画を練っていたのか。海へ逃げ出したウム族やレム族とは違う選択をせざるを得なかったんだな。


「テアさん、俺たちに任せてくれ! 必ず火の精霊王不死鳥フェニックスを救い出してみせる!」


 とんっと胸を叩いて俺は宣言した。


「ありがとう、白竜の貴公子様」


 テアさんが涙ぐんでいる。男の子扱いしてもらった俺は歓声をあげたいのをこらえて、ポーカーフェイスを貫く。男ってなぁ安易に飛び上がったりしないものなのさっ


「まあ男の子だと念じながら見れば」


 なぜかメレウトさんが目を細めたり、首を横に傾けたりしつつ俺を観察している。


「男の子に見えないこともありませんね。今は髪型も服装も少年風だし」


 少年風なんじゃなくて少年なんだよ! いや、あと数ヵ月で十七歳だから青年って呼んで欲しいな!


 横から師匠の手が伸びてきて、ふくれっ面していた俺の頭を撫でながら、


「メレウトさん」


 と、トリ人間に呼びかけた。俺の代わりに抗議してくれるのかと思いきや、


「明日には地下通路を通って神殿敷地内に忍び込むわけですが、何か策はありますか?」


 静かな声で尋ねた。




─ * ─




次回は洞窟の民に夕食をごちそうになります! というわけで飯テロ回というほどではないはず!(こいつらしょっちゅう食べてるな……)

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