39、駱駝鳥に乗って空の旅
すぐうしろに座ったレモが、俺の腰に両手を回してしがみついてくる。もしかして空の旅が怖いのかな? 俺は彼女の手の甲をそっと撫でた。
「そんな密着してたら暑くない?」
「ジュキったら暑苦しくて迷惑?」
耳元で不安げな声が揺れて、俺は慌てて否定した。
「迷惑なわけないじゃん。俺には氷魔法があるんだから。あんたから離れるくらいなら魔法を使うよ」
「うふふ、ジュキってやっぱり優しい」
レモが俺のうなじに頬をすり寄せてきた。
「うしろでイチャイチャしてる奴らがうっとうしいなあ」
俺の前で手綱を握った洞窟の民のお姉さんが、大きな声で独り言を言うと、足元の木箱からも干し草のベッドに寝転んだメレウトさんの声が聞こえた。
「僕の恋人は囚われの身で瀕死なのに、うらやましい限りだなあ」
クソッ、どいつもこいつも俺とレモのラブラブ青空デートを邪魔しやがって!
無言で見下ろせば、
「そういえば――」
手綱を握って前を向いたまま、洞窟の民のお姉さんが口をひらいた。
「銀髪の子って性別どっちなんだ? イマヘ族は歌姫って呼んでたけど、髪型もしゃべり方も男の子みたいだよな?」
遠慮なく尋ねてくる。勝手に判断されるより訊いてくれた方が助かるけどな。
「俺、男の子です!」
胸を張って答えると、
「ふぅん。普通、男って自分で『男の子』って言わない気がするけど、まあどっちでもいいや」
関心の薄そうな声が返ってきた。どっちでもよくないし!
「ええっ、やっぱり男の子だったんですか!? うわっぷ!」
一方、木箱の中では大げさに驚いたメレウトさんがバランスを崩し、干し草に埋もれている。
「草食べちゃった、ぺっぺっ。ってことはキャプテン・レモネッラはどっち?」
「私が女の子以外の何に見えるってのよ?」
下を向いて木箱の中をにらむレモ。
「…………」
視線に
「オーガの女性か、人族の少年?」
「なんですってー!?」
レモが振り返って怒鳴ったので、
「ギャギャッ」
「この子は繊細なんだから驚かせちゃだめだよ!」
洞窟の民のお姉さんが慌てて鳥の首筋をたたいて高度を戻した。
「うふふ、ユリアさんったら」
うしろの駱駝鳥からアンジェ姉ちゃんの優しい声が聞こえる。
「レモネッラさんはどう見ても女の子でしょう?」
「そうなの?」
「そうよ。私が働いているヴァーリエっていう大きな街には、男性たちが女装して踊ったりショーを見せたりするお店があるんだけど、女装した男性はわざと濃いお化粧をしたり、胸を盛ったりしているのよ」
商売のオネエさんたちはまた別なんじゃなかろうか?
「へえ。じゃあレモせんぱいのささやかなお胸は女の子の証なんだね!」
「ユーリーアー!」
レモが俺のうしろで、地の底から湧き上がるような声を出したとき、行く手に白っぽい奇岩の連なりが見えてきた。
「もしかして、あの岩場が目的地?」
話を変えようと進行方向を指差す俺に、手綱を握ったお姉さんは振り返ることなくうなずいた。
「その通り。ウチらの先祖はあの岩をくりぬいて洞窟の住み
洞窟の民はその名の通り、洞窟住居に暮らす部族だったのか。
「銀髪の歌姫ちゃん」
お姉さんが話しかけてきたので、
「ジュキエーレです、俺の名前」
俺はすかさず訂正した。たった今、男だって答えたのに歌姫ちゃん呼びはないだろ。
「ジュ――なんだって?」
「ジュキでいいです」
「うん、ジュキちゃんな。ウチの名はテアだ。ジュキちゃんたち、今夜はウチらの集落に泊まって行くよな?」
俺が礼を言おうとしたら、
「助かります!」
レモが真っ先に返事をした。野宿しなくて済んでホッとしてるんだろうな。
「じゃあさ、頼みがあるんだけど」
テアさんが手綱を握ったまま、初めて振り返った。
「ジュキちゃんの歌、うちの集落の者にも聴かせられないかな? イマヘ族たちが盛んに褒めてたから……」
「もちろん! 泊めてもらうお礼に歌わせてください!」
俺は喜んで引き受けた。火の山の裾野に暮らす火大陸北部の民に、水の大陸から来た銀髪の歌姫に関する噂が広まっていくことが、のちのち彼らの命を救うことになるなんて、このときの俺はこれっぽっちも予想していなかった。
「ここがウチらの集落だよ」
駱駝鳥から飛び降りて、木箱のロープを外すテアさんの横顔を夕日がオレンジ色に染める。奇妙な音を立てて岩の間をすり抜けて吹く風が、彼女の羽飾りを揺らした。
俺たちは見慣れぬ洞窟住居群についキョロキョロと視線を走らせた。集落というより、無数に穴の開いた崖といったほうがしっくりくる。
「この子たちをおうちに入れて来るから待っててくんな」
テアさんが駱駝鳥を厩舎に連れて行ったので、俺たちは住居群の前で待ちぼうけとなった。
「焚き火の跡がたくさんあるのー。焼き芋食べたのかな?」
ユリアが座り込んで、砂地に残った跡を見下ろす。レモも等間隔に並んだかがり火の跡を見つめながら、
「煮炊きは外でするのかしら?」
「そういや煙突が見えねえもんな」
俺は岩山のような集落を見上げた。
早足で戻ってきたテアさんが、
「遠慮なく入ってくれ」
と洞窟の入り口にさげられた、藁を編んだような
屋内からあふれる黄色い灯りに迎えられて、俺たちは足を踏み入れた。外の暑く乾燥した気候とは違う、ひんやりと湿った空気が心地よい。むき出しの石壁を飾る色とりどりのタペストリーが目に鮮やかで、岩を削っただけの無骨な外観からは想像できない、ぬくもりを感じる空間が広がっていた。
テアさんの案内に従って進むと、ドーム状にくり抜かれた天井が見えてきた。円形の天井に、ゆらめく照明が不思議な形の影を投げかける下、簡素な木のテーブルセットが置かれている。
「客人かの?」
椅子に座っていたのは、粗末な麻の服をまとった老人だった。
「じいちゃん、鳥人族の若様が水の大陸から救世主を連れてきたんだよ!」
テーブルへ走り寄るテアさんを追いかけて、俺たちも洞窟の部屋を進んだ。足元には動物の毛皮が敷いてあり、歩くたびにふかふかとしたやわらかい感触が伝わってくる。
「鳥人族の若様が
古いテーブルに両手をついて、テアさんは興奮した口調でまくし立てた。
─ * ─
秘密の通路とは? 次回、明らかに!
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