38、イマヘ族を虐げた鳥人族の末路

「ウチは駱駝鳥らくだちょうに荷物を運ばせている商人なのさ」


 昼食後、羽飾りの女性は俺たちを厩舎まで連れて行った。


「駱駝鳥?」


 オウム返しに尋ねる俺に、


「水の大陸にはいないんだっけ? 背中のこぶに魔力を貯めて、長距離を飛び続けられる鳥型魔獣さ」


 厩舎の中で雑穀入りの干し草をんでいる、二羽の巨大な鳥を示した。背中には大きなこぶがついていて、乗り心地が良さそうには見えない。


 メレウトさんは厩舎の横に並んだ、干し草が山ほど積まれた木箱を見上げていた。


「この干し草を持ち帰るんですか?」


「そうだよ。ウチらは岩場で採れる芋を運んで来て、イマヘ族の作った干し草と交換してもらうのさ」


「ああ、あなたは火の山から流れ出た溶岩が冷え固まってできた土地に住んでいるという『洞窟の民』なんですね」


 メレウトさんは特産品を聞いただけで彼女の出身地が分かったようだ。


「当たりだよ、鳥人族の若様。ウチらの土地は川からも遠いし、草木があまり育たないから、駱駝鳥らくだちょうの餌になる干し草をイマヘ族から手に入れてるんだ」


「しかし洞窟の民の集落というと、かなり火の山に近づきますよね」


 メレウトさんの頭の上で、青緑色の冠羽がゆらゆらと不安げに揺れる。


「火の山を目指すんだからいいじゃねえか」


 俺の言葉に彼は思案顔で、


「空から行くのは危険ではないかと思ったんです。火の神殿にある塔の上から双眼鏡で眺めたら、我々が近づくのは丸見えかと」


「ウチはしょっちゅう行き来してるんだから怪しまれることなんかないさ。でも若様の外見は目立つからな、心配なら干し草と一緒に木箱の中に隠れたらいいよ」


 出発の算段を整えていると、イマヘ族の若者たちが縄につながれた鳥人族を引き立ててやって来た。鳥人族の男は二人とも全身にあざや傷を作り、まさに満身創痍となっている。


「俺たち、ゲレグ様に騙されたのか? 不死の力が消えちまったじゃねえか!」

「不死の力を与えたなんて、ゲレグ様は嘘ばっかりだ!」


 不満だらけの男たちに石を投げるのは、漁船の上に乗っていた子供たちだ。


「こいつらのケガ、治らないじゃん!」

「これなら僕たちだってつかまえられたのに」


「お前たちの手をわずらわせるでもないね」


 子供たちを追いかけてきたおかみさんが威勢良く言い放った。


「あたしが鍋の底でぶったたいてやったよ!」


 二人の鳥人族は、女性と子供ばかりとなったイマヘ族を見張っていたのだろう。


 イマヘ族の男たちは俺たちの前に鳥人族を差し出し、神妙な顔つきで頼んできた。


「水の大陸から来たお方々、どうかこの鳥人族たちを倒してくださいませんか」


 すでに弱っている者をあの世へ送るという残酷な願いに俺たちがひるむ中、レモが口をひらいた。


「不死の力も弱まっているみたいだし、今ならあなたたちにもれそうだけど」


「それが―― 我々の中にはとどめを差す勇気ある者がいないのです」


 イマヘ族の若者たちが互いに顔を見合わせると、駱駝鳥らくだちょうを撫でていた「洞窟の民」の女性が理由を教えてくれた。


「ウチら火大陸民にとって鳥人族は火の山を守り、精霊王に仕える神聖な種族だから、バチが当たりそうで命を奪うなんてできないんだよ」


 一族全員聖職者みたいなもんだとしたら、分かる気がしないでもない。だがそんな説明、メレウトさんから聞いてないぞ。思わず確かめるように、駱駝鳥らくだちょうの陰に隠れた彼を振り返ると、


「迷信ですよ。鳥人族だって善人もいれば悪人もいます」


 冷静な回答が返ってきた。


「その声はメレウト坊ちゃま!」


 顔を輝かせたのは縄につながれた鳥人族だ。


「どうか我々を助けてください!」


「よく僕に助けを請えますね」


 絶対零度の冷気をまとって、メレウトさんが駱駝鳥らくだちょうのうしろから姿を現した。人の感情に敏感な駱駝鳥が、落ち着きを失って足踏みする。


「あなたたちが神殿警護兵を務めていたとき、過ちを犯した父を捕らえ、共にベヌウを助け出して欲しいと、僕はあなたたちに懇願しました。でも耳を貸しませんでしたよね?」


「ひぃぃっ」


 メレウトさんの指先に炎が灯ったのを見て、鳥人族二人は青くなった。


「何も反省せず、イマヘ族の皆さんに迷惑をかけているようですので、僕がここで制裁を――」


「待ちなされ」


 メレウトさんを止めたのは長老だった。若い女性二人に脇を支えられながら、おぼつかない足取りで厩舎の方へ近づいてくる。


「みだりに命を奪ってはいかん」


 年寄りの言葉には重みがある。


「今でも少なからず傷が治りやすい能力は残っているのだろう。せっかくの力を無駄にするのは忍びない」


 長老の静かな声に怒気をそがれたのか、メレウトさんも指の先の炎を消して一歩うしろへ下がった。


「わしからひとつ提案しよう。鳥人族のお二方には、吸血フライの巣の調査と駆除を担当してもらってはどうかね?」


 じいさん、容赦ねえな。


「おお、それはいい! 誰もが嫌がる仕事だからな!」

「簡単に死なないなら適材適所だ!」


 イマヘ族の誰もが賛同の意を示し、話は一気にまとまった。ただし当の本人たちは必死で反対していたが――


「い、嫌だ! 吸血フライと戦うくらいなら坊ちゃまの炎で一思いに殺されたほうがマシだ!」

「メレウト坊ちゃま、どうか憐れな我々の魂を火の山へ送り返してくだされ!」


 愛する恋人を見殺しにした男たちに、メレウトさんが情けをかけるわけもなく、


「イマヘ族の皆さんの役に立ってください」


 冷たく言い放つと同時にローブで隠していた翼を広げ、さっさと大きな木箱の中に飛んで入ってしまった。出発の時が近づいてきたようだ。中天で輝いていた太陽はいつの間にか少し西に傾いている。午後になっても相変わらず強い陽射しに長老が目を細める。


「お前さんがたが乗ってきたちんけな小舟はウム族に借りたものじゃな? わしの孫が返しておくから安心なされ」


「じいちゃんったら孫使いが荒い!」


 長老を支えていた二人の若い女性がふくれっ面をする。女の子をはべらせてるくそじじいだと思っていたら、孫だったとは。


「ありがとうございます! じゃあ行ってきます!」


 俺の声を合図に洞窟の民のお姉さんが、木箱の両端から伸びる太い縄を駱駝鳥らくだちょうのこぶに引っかける。俺とレモはその縄の前後に座った。洞窟の民のお姉さんは頭の羽飾りを揺らして飛び上がると、駱駝鳥の首元に座って手綱を握る。


 もう一匹の駱駝鳥にも同じように木箱の縄がかけられ、こちらはユリアとアンジェ姉ちゃんが乗った。騎手を務めるのは乗馬のできる師匠だ。


「馬に乗れるからといって駱駝鳥らくだちょうに指示を出せるでしょうか?」


 慎重派の師匠に、羽飾りの女性はぱたぱたと手を振った。


「だいじょぶじょぶ。いつもはウチ一人で二匹を操ってるんだから。特に指示を出さなくてもその子は前を飛ぶ子についてくるから安心して」


 駱駝鳥らくだちょうの首元に乗った女性がヒョオッと聞き慣れない口笛を吹くと、巨大な鳥は空高く舞い上がった。俺たちを見送るイマヘ族が、厩舎の周りで手を振っている。


「精霊王様を頼むぞー!」

「ゲレグを倒して、火の精霊たちの力を取り戻してくれ!」


 人々の願いを受けて、俺たちは次なる目的地へ向けて出発した。




─ * ─




次回は空の旅♪

そして洞窟の民の住居にもお邪魔します!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る