37、イマヘ族が聖域を定めた理由

「ええっ、父さんたち!?」


 船の上から驚きの声が聞こえてきた。


「親父たち、帰って来られたのか!?」

「鳥人族から解放されたってこと?」


 子供たちが口々に騒ぎ出す。


「あの侵入者が鳥人族を殺したって言ってたのと関係ある?」


 とぼけた質問をする小さい子に、少し大きな少年が説明する。


「ちげーよ。あの侵入者が倒した鳥人族は今朝、火の山からやってきた偉そうなヤツだろ? 父ちゃんたちはウム族の入り江に連行されてたんだぞ」


 川岸へやってきた男たちは子供たちの声に気付くと漁船を見上げ、次々に顔をほころばせた。


「あそこにいるのは僕の弟だ!」

「俺の娘もいるぞ。子供たちみんなで俺たちの留守中、村を守ってくれていたんだなあ。だがもうその必要はないぞ!」

「俺たちが帰ってきたからな!」


 事態の変化に戸惑う俺に、レモが解説を始めた。


「あの男性たちはみんな、昨日入り江にいた兵士なのよ。ウム族とレム族は宴に参加してたけど、それ以外の人たちは村に帰ってたんだわ」


「その通りです、歌姫様御一行」


 日焼けした三十代くらいの男が近づいてきた。勇者様御一行みたいに言わないで欲しい。


「我々はできるだけ早く故郷に帰りたかったから昨夜は野宿をして、今ようやくたどり着いたところなんですよ」


 俺たちは今朝旅立ったが、水魔法で川を進んだり風魔法で空を飛んだりして来たから、彼らを追い越してしまったのだろう。


「我々の救世主に大変失礼なことをしてしまった。お詫びにうちの村で昼食を食べて行ってください」


「わーい!」


 ユリアが飛び跳ねて喜んでいる。


「新鮮なお野菜が食べられるかも」


 姉ちゃんも嬉しそうだ。保存食を持たせてもらったとはいえ木の実、硬い雑穀ビスケット、ドライフルーツなどだから、ちゃんとした食事はありがたい。


「お手洗いも借りられるかも」


 レモも嬉しそうだが、こちらは聞こえなかった振りをしておこう。


「レモネッラさん、宮殿のお手洗いとは違って自然と一体だとは思うけれど、私も一緒に行くから大丈夫よ」


「ありがとう、アンジェお姉様。舟でするのとは比べ物にならないから助かるわ」


「そうよ。うちの村のお便所だって川の上に小屋建ててるだけだけど、ちゃんと囲いがあるもの」


 うしろで女二人がこそこそと便所トークを繰り広げるのを気にしないように耐えながら、俺たちは村人に案内されて木々の間を抜け、集落へと向かった。


 村で一番大きな建物に案内され、中庭に通されると、長老と呼びたくなるような白いひげをたくわえた老人が俺たちを迎えた。


「水の大陸からいらした客人よ、よくぞ無事にここまでたどり着いてくれた。族長をしていたわしの息子が鳥人族にあやめられてしまっての、今はわしが臨時でイマヘ族をまとめておる」


 長老の周りでは村を守っていたと思われる女性たちが、食べ物の用意をしてくれている。長老は長い眉毛の下の目を細めて、心配そうに俺たち一人一人を眺めた。


「誰も吸血フライの被害は受けておらんようじゃな?」


「さっき黒いのいっぱいいたよー」


 ユリアが気楽な調子で答えると、長老はしわの中の目を大きく見開いた。


「襲われなかったかの?」


「魔法で何とか逃げ切ったんです」


 俺が答えるとレモが、


「もしかして」


 と口をはさんだ。


「イマヘ族の皆さんが部外者に川への立ち入りを禁止しているのって――」


「吸血フライが発生しており危険だからじゃよ」


 長老は重々しくうなずいた。


「我々はどこに奴らの巣があり、どこの木までが縄張りかを把握して、川で釣りや水汲みをおこなっておる。じゃが何も知らぬ外の者が被害に遭い、川に死体が浮かぶと、川と共に生きる我々は困るのじゃ」


 吸血フライが全身に群がって血を吸ったら、被害者は死んでしまうのか―― 虫とはいえなかなか恐ろしいモンスターだ。イマヘ族としては生活用水が死体でけがされるのはたまったもんじゃないから、立ち入りを禁止しているんだな。


 昼食のメニューは昨夜も食べた、石窯で焼いた平たいパンが主食。おかずは川魚の香草蒸しや豆のスープなど、昨夜の食事とかぶるところはあったが、魚介が少ない分やや質素に感じた。ま、昨夜は宴だから豪華だったんだよな。


 飲み物は大麦酒が主流らしいが、


「日の高いうちからお酒はちょっと」


 と遠慮した師匠と、俺やレモ、ユリアにはザクロのジュースを蜂蜜と水で割った飲み物が供された。陽射しにほてった体が酸味に癒されて、疲れが取れる。


「かんぱーい」


 相変わらず姉ちゃんは、メレウトさん一人を巻き込んで宴会気分だ。


 食事が終わるころになると長老が口をひらいた。


「可愛らしい歌姫様方、このまま川を上っていくと、火の神殿とは少し離れたところに出るのでは?」


「あ、俺、男なんで歌姫じゃないんです」


「はぁ、なんじゃて? 銀髪の美しい姫さん」


 長老は爺臭い動きで手のひらを耳にあてた。


「俺、男だから姫というより騎士なんです」


「姫騎士かの?」


「姫はいらないんですってば。騎士とか英雄とか勇者って呼んで欲しいんです」


 さっきまで矍鑠かくしゃくとしていたのに、なんでいきなりボケるんだよ、このじいさんは。


「はぁ? 姫騎士とか歌姫とか女勇者じゃと?」


「全然違いますってば!」


「すまんのう。年を取ると耳が遠くなって」


 レモと吸血フライの話をしてたときは普通に聞こえてたじゃん!


 イライラする俺に構わず、メレウトさんが長老に答えた。


「おっしゃる通り、火の山へは行けますが神殿からは少し離れた場所になるので、途中で川をそれて徒歩で向かうつもりです」


 マジかよ。結局歩くのか。


「どこかに馬車ないの?」


 場違いな貴族令嬢発言をぶっ込んできたのはユリアだ。


「贅沢言わないの」


 たしなめるレモに、


「お馬さんくらいいるよ、きっと。筏に乗ってるとき見たもん。動物が草食べてた」


 ユリアが言い返すと、長老は優しい笑みを浮かべた。


「空から行くとよい」


「いえ、僕以外は飛べないので……」


 メレウトさんが慌てて口をはさむと、すかさずレモが重ねてくる。


「ジュキは飛べるわよ。私も風魔法で――」


「魔力を温存してくださいと言ってるじゃないですか」


 速攻師匠にさえぎられた。


 その間に長老はかたわらの女性に何か指示を出した。彼女は中庭から出て行くと、ほどなくして元気そうな若い女性を連れて戻ってきた。カラフルな布を巻きつけた服装はイマヘ族と似ているが、髪に羽飾りをつけていたり、色鮮やかな石のペンダントを下げていたりと、ちょっとファッションが異なるような気がする。


「イマヘの長老さん、ウチのこと呼んだかな?」


 女性は気安く爺さんに尋ねる。


「うむ、この者らを神殿の近くまで連れて行ってもらえないかの?」


「お安い御用で」


 女性はニッと笑って親指を立てて見せた。




─ * ─




この女性の素性は?

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