三河山線
口羽龍
三河山線
愛知県豊田市は愛知県の北部に位置する都市だ。ここは中京工業地帯の中核的な都市で、世界有数の自動車メーカーであるトヨタ自動車の企業城下町である。豊田市は元々、挙母市 という名前だったが、1959年に豊田市に変更になった。
足助町は豊田市の中央部に位置する。豊田市の中心には鉄道が走っているが、ここには鉄道が走っていない。バスが重要な交通手段だ。バスの本数が比較的多く、豊田市は東岡崎駅、浄水駅まで走っている。
足助町には愛知県を代表する紅葉の名所、香嵐渓がある。香嵐渓は毎年、紅葉のシーズンになると多くの観光客がやって来る。だが、それが原因で渋滞も起きる。そのため、なかなか香嵐渓に行く事ができない。
香嵐渓の近くの土産物屋の息子、純一郎はその様子をじっと見ている。毎年の事だ。この時期になると多くの人がやって来る。毎年おなじみの事だ。これは避ける事ができない。だが、この時期の需要が、うちの土産物屋にとって重要になってくる。
「今日もすごい渋滞だね」
母の一声に、純一郎はため息をついた。毎年の事だが、何とかならないだろうか? 猿投駅まで延びている名鉄三河線がここまで延びていたらと考えた。
「この頃はいつもそうだよ。そんなの慣れてるよ」
そこに、父がやって来た。父はこの時期の紅葉を見るのが好きで、多くの人がやって来るのを嬉しそうにしている。
「香嵐渓は紅葉の名所だもんね」
と、父は何かを考えているようだ。純一郎はその様子が気になった。
「どうしたの、お父さん」
「いや、ここまで三河線が延びてたらなと思ってね」
名鉄三河線は、碧南から知立、豊田市を通って猿投まで延びている路線だ。豊田市から梅坪までは豊田線の大きな電車が乗り入れてくる。だがかつて、碧南から先の吉良吉田、猿投から先の西中金まで延びていて、それらは2004年の3月31日に廃線になった。末期は電車ではなくレールバスが走るほど利用客が伸び悩んでいたという。
「えっ!? 三河線って、猿投まで延びている路線だよね」
純一郎は名鉄三河線に乗った事がある。梅坪駅から豊田線に乗り換えて名古屋に行った。まさか三河線を足助まで伸ばす計画があったとは。もし開通していたら、香嵐渓の渋滞があまり起こらなかったかもしれないのに。もったいないな。
「ああ。でも、昔は西中金まで延びてたんだ。で、この先、香嵐渓を経て足助まで延ばす計画があったんだ。だけど、西中金から先は延びなかったんだ」
「えっ、三河線って西中金って所まで延びてたの?」
純一郎は驚いた。猿投駅から先、西中金駅は開通していたんだ。だけど、そこから先には延びなかったんだな。
「うん。でも、2004年の3月31日でなくなっちゃったんだ」
「ふーん」
父は猿投から西中金の営業最終日に行った事がある。多くの人が別れを惜しみ、各地から多くの鉄道ファンがやって来たという。
「開通していたら、もっと便利だったのに。香嵐渓は渋滞知らずで行けたのに。この辺りはもっと人がいたかもしれないのに」
「仕方ないんだよ。今は電車より車なんだよ」
父は寂しそうな表情だ。父も鉄道がここまで延びていたらと思っているようだ。
「でも・・・」
「仕方ないんだよ。もう過ぎ去った事なんだ」
もうずっと昔のその計画は頓挫してしまった。結局、足助町に電車は来なかった。そして猿投から先、西中金までのレールもない。
「そうなのかな?」
純一郎は渋滞の様子を見た。車が全く進まず、イライラしている人が多い。もし鉄道なら、イライラする事がないのに。
「どうしたの?」
「この時期の渋滞を見て、本当によかったんだろうかと思って」
もし鉄道が走っていたら、名古屋から直通電車があっただろうな。もしあったら、乗ってみたかったな。
「言われてみればそうだけど、紅葉のシーズン以外はそうじゃないだろ?」
「言われてみればそうだね」
純一郎は紅葉シーズン以外の足助町を思い浮かべた。ごく普通の農村で、走っている車もそんなに多くない。確かにこんな所では鉄道は成り立たないだろうな。
「難しい話だね」
父は少し考えた。そう思うと、鉄道があればと思ってしまう。やはり鉄道はあった方がいいんだろうか?
「この近くに、電車が走る予定だった場所があるんだって。行ってみる?」
「うん」
純一郎は、父と共に未成線を再利用した道路に行く事にした。建設されたものの、走らなかった区間は道路になっているという。純一郎はそこに行った事がない。どんな所だろう。楽しみだ。
純一郎は父の運転する車の助手席に座っている。今は知っている道路は、名鉄三河線の走る予定だった場所で、西中金までまっすぐ続いている。もしここを鉄道が走っていたら、こんな景色が見られたのに。残念だな。
「ここに走る予定だったの?」
「うん。だからここだけ高くなってるんだ」
よく見ると、渋滞が発生している飯田街道よりも少し高くなっている。鉄道の築堤のようだ。
「ふーん」
「結局、電車は足助に来なかったんだね」
純一郎は、名鉄三河線を走っている赤い電車の事を思い浮かべた。紅葉の時期は超満員の乗客を乗せていただろうな。香嵐渓の近くに駅があったらそこにも土産物屋があっただろうな。
「ああ。猿投から先が廃止になった時、その様子を見に行ったんだ」
「本当?」
まさか、父が廃止の時に来ていたとは。その時の様子を教えてほしいな。
「うん。みんな残念がってたよ」
父は一旦車を停め、1枚の写真を見せた。そこにはディーゼルカーがある。西中金駅に停まっている写真だ。もうこの頃には電車は来なくなり、レールバスに変わっていた。経費削減のためらしい。
「こんなのが走ってたの?」
「うん。最後の20年ぐらいは電車じゃなくてディーゼルカーが走ってたんだ」
父は電車が走っていた頃にも乗った事がある。だが、猿投駅までの区間は乗客が少ない。レールバスに変わるのは妥当なようだ。
「そうなんだ」
「お客さんが減ってね」
父は寂しそうな表情だ。足助は賑わっているが、この街自体の子供は少なくなっている。このまま子供は誰もいなくなるんだろうかと思ってしまう。
「へぇ」
「みんな、浄水や豊田、それに岡崎からバスで行く人が多いんだよ」
今では足助へ行くにはバスだ。名鉄豊田線の浄水駅や三河線の豊田市駅、それから名古屋本線の東岡崎駅からバスが出ている。
「寂しいね」
「でも、それが時代の流れなんだよ」
2人は西中金駅があった所にやって来た。ここには駅が残っている。その駅は重要文化財で、今でも大切に保存されている。この近くを走る飯田街道は渋滞している。渋滞の車は西中金駅など目もくれずに通り過ぎていく。徐々に鉄道はあった面影は薄れていく。だが、駅舎はここに鉄道があった事を伝えている。
と、純一郎は電車の汽笛が聞こえた。一体何だろう。猿投駅から遠く離れているのに。錯覚だろうか?
「あっ・・・」
「どうしたの?」
父は純一郎の方を振り向いた。父には汽笛が聞こえていないようだ。
「何でもないよ」
純一郎は笑みを浮かべた。もしも足助まで鉄道が延びていたら、足助はもっと発展していただろう。渋滞なんて知らずに、香嵐渓まで行けただろう。だけど、今は車の時代なんだ。しょうがないんだ。
三河山線 口羽龍 @ryo_kuchiba
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