第78話 五年後

「こういう歩き方ですか?」


 フェデック本社一階。

 新しく作られた大きな広間で、ひとりの女の子が大きい箱を背負いながら真っ直ぐ歩く。

 途中、重さで背中側に倒れそうになるのをなんとか耐え、ふらふらとしつつも木箱を運んでいた。


「うん。いい感じだよ」


 その横で僕は優しく笑う。


「けれどもっと膝を使って荷物への衝撃を和らげるといいね」


「そ……んなこと言われて……も……!」


 バランスが危うく姿勢を保つので精一杯なようだ。

 もはや荷物に背負われている状態。

 ちょっと重過ぎたかもしれない。


「ちょっとおいで」


 僕は手招きをして女の子を呼ぶと、荷物を下ろすように指示する。

 やっと解放されると女の子はふぅと肩を揉んで力を緩める。

 その横で僕は木箱の蓋を開ける。


 箱の中は予想通り乱雑に練習用の荷物のレプリカが入っていた。

 僕はそれらを全て箱の外に一度出し、今度は整理するように箱の中に戻していく。

 重い物は背中側のやや上寄りにして、周りを囲むように外側に軽い物を積んでいく。

 そうやって全ての荷物を箱に入れたあと、


「これでもう一回持ってみて」


「えぇ〜! またですか……?」


 げんなりしている少女に「いいからいいから」と箱を背負わせるように促した。


「!?」


 背負った瞬間、気がついたらしい。


「軽い! 軽いです!」


 今度はバランスを崩さずよろめいてもいない。

 歓喜に満ち溢れた笑顔で歩き回っている姿を見て、僕もつられて笑みを浮かべた。


「荷物の積み方も勉強だね」


「はい!」


 僕がそう言うと女の子は直立姿勢で敬礼する。

 相変わらず元気で素直な娘だ。

 教えがいがあるってもんだ。


「お? やってるねぇ〜」


 そんな時、背後から茶化すような声が聞こえた。

 こんなことを言ってくるのはひとりしかいない。


「あ、ヒナタさん!」


 僕が振り向く前に目の前の女の子が嬉しそうに手を振った。


「やぁ。順調かい?」


「はい! ばっちしです!」


 ばっちしって……。

 教えられている立場の君が言うことじゃないんだけどな。


「これもレオさんの研修のおかげです!」


 …………。


「イヒヒ。相変わらず世渡り上手だねぇ。

 今の台詞でもうこっちは許してるよ」


「……何も言ってないですよ」


 そう笑うヒナタさんに僕は抗議するが、意味ないだろうな。

 恥ずかしくてそっぽ向いちゃったし。

 ここは話題を変えることにしよう。


「そういえばここに来るの珍しいですね。何か用でも?」


「ん〜? いや。教育係になったレオくんの勇姿を拝みにきたんだよ」


 フェデックに再雇用されて五年。

 僕は新たに新設された運び屋教育課に配属された。

 新しく入社してきたこの少女みたいな子や他の運び屋業者に僕の技術を教えている。


 配属されたときは自分のノウハウを言語化するのが難しかったり色々と悩みは尽きなかったけど、今じゃその人に合わせた教え方で割と好評を得ているらしい。

 とはいえ教え子が僕よりもすごいポテンシャルを持っていたり、もう運び屋ウン十年の大ベテランに教えるのはまだ気がひける。


 その人たちがあからさまに尊敬の眼差しでこっちを見てくるもんだから、逆に困ってしまう程だ。


 でもヒナタさんがそんな運び屋教育に興味を持つわけがない。

 僕はジト目でヒナタさんの方を見る。


「……ほんとのところは?」


「君に用があってきたんだ」


 やっぱり。

 僕はため息を吐くと、研修中の女の子に自主練を指示してヒナタさんと広間を出た。




「ようやく完成した」


「!?」


 出た瞬間、告げられたのは僕が待ち望んでいた言葉だった。


「それってまさか」


「そのまさかだよ」


 ヒナタさんが真剣な顔で言う時は本当のことだ。


「ここからは歩きながら話そうか」


 ヒナタさんはそう言うとフェデックの廊下を歩き出した。

 僕もついていく。


「だいぶ時間がかかってしまってごめんよ」


 ヒナタさんは申し訳なさそうに眉を顰めていた。


「データの解凍までは出来たんだけど、それを動かすプログラム自体が見つけられなくてね。

 けれど聞けばサムエルが造らせたというオートマタ。あれは君の右腕ちゃんを研究して製造したそうじゃないか。

 調べればまったく同じというわけではなかったが、基礎部分は類似していた。

 だからそれを改良してみたんだ」


 それでも五年も時間がかかってしまったよ、とため息を吐くヒナタさん。

 それでも充分です。

 彼女と……ライトともう一度会えるなら。


「でも覚悟してほしいことがある」


「……なんでしょうか?」


「君の右腕のデータ。これをよく精査してみたところ、コピー不可能・編集不可能でしかも正しいプログラムで動かさないと壊れるように設定されていた」


「…………」


「プロパティは見れたけれど動かせなかった。

 今回実行するのが初の試みとなる。

 だから……その……」


「大丈夫です」


 言い淀むヒナタさんを前に僕は大きく頷いた。

 一度は諦めた命だ。

 結果、正常に作動しなくて壊れてしまったってそれは誰の責任でもない。

 その可能性は充分に考慮したんだ。


「覚悟の上です」


「そうか。なら……もう着いたよ」


 大きな扉の前に僕らは立つ。

 この奥はヒナタさん率いるフェデック技術課の研究室。

 運び屋企業であっても技術の革新は大事だからと昔からある課だ。


「…………」


 意を決して部屋の中へ。

 部屋の中にはライトの右腕を模した素体があった。

 素体にはいろんなコードが挿されていて、ライトのデータが入っているであろう機械にも繋がっていた。


 ヒナタさんはその素体の横にある起動スイッチの前に立つ。

 僕はその素体の前へ。

 ライト。もう一度会えるならなんでもしよう。

 また一緒に跳び、運び、喧嘩でもしようじゃないか。

 目覚めの時間。今度は僕が起こす番だ。

 だから。ライト。


「覚悟はいいね」


「はい」


「じゃあ再起動するよ」


 覚悟を決めてヒナタさんは起動スイッチを押した。

 その瞬間、僕らの意識は――。



 ――――――――。




 ――――――。




 ――――。



 ――。




『システム再――――…………――――』

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弱虫運び屋の右腕は殺人オートマタ 久芳 流 @ryu_kubo

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