第77話 サルベージ

「君の右腕を復活させられるかもしれない」


 ヒナタさんの言葉を聞いた瞬間、僕は無意識に右肩に触れていた。

 その言葉の意味を理解するのはそれから数秒後で、心臓がドクンと高鳴った。


「ライトと……また会えるんですか……?」


 震える声を制してそう聞くと、


「あくまで可能性の話だよ。

 期待させたのなら悪いけど失敗する確率の方が高い」


「……そうですか」


 あまり期待はしていなかったからそんなにダメージはない。

 信じられないという気持ちの方が大きいし、もう気持ちも切り替えたつもりだった。

 けれど多少は心を揺さぶられたから肩の力が抜ける思いはした。


「それでも話を聞いてくれるかい?」


 一応、僕に気を使ってくれているのか、ヒナタさんは眉を顰め慎重に聞いてくれる。


 確率が低くてもライトに会えるなら……。


 そう思って僕は静かに首を縦に振った。


「ありがとう。ならちょっと右腕を見せてもらうね」


 その瞬間、有無を言わさずヒナタさんは僕の右腕部分の袖を剥ぎ肩を露出させた。

 更にどこから出したのか小型の検知器のようなものを僕の右肩に当て出した。


「え! ちょっと……ヒナタさん?」


 突然の出来事過ぎて、さすがの僕も大きく戸惑う。

 けれどヒナタさんの顔は真剣そのもの。

 右肩に当てた検知器のモニターをじっと観ていた。




「やっぱり……思った通りだ」


 しばらくするとヒナタさんはそう言って検知器を取り外す。


「えっと……?」


「あぁ。驚かせてごめんよ。今から説明をするよ」


「? はい」


「結論から言う。

 君の右腕――つまりオートマタ『ライト』はまだよ」


「え!?」


 ヒナタさんの言葉に僕は目を丸くして叫ぶ。

 生きているだって?


 ライトの腕はボロボロに壊れているし、僕の右肩にあるライトの残滓も災害級の機械獣討伐以降はうんともすんとも言わない。

 完全に機能が停止しているただの金属片だ。


 生きているなんて――そんなわけはない。


「冗談でもそんなこと言わないでください」


「冗談じゃないよ。正確にはが残されていると言えばいいかな」


「つまりライトの記憶……?」


 でも記憶が残っていたとしてもライトのプログラム自体はもうない。

 記憶だけを取り出したとしてもそれを動かすプログラムがライトにしかないのだから、本当の意味での復活なんてできるわけない。


 だけどヒナタさんは首を振った。


「記憶だけじゃない。魂もだよ」


「!?」


「オートマタのデータというのはね、記憶のみを保存しているわけじゃないんだ。

 その時に学習したデータや学習結果、それに基づいたロジックそのものをモデル化してデータとして保存している。

 この検知器で調べたのはそういうデータなんだ」


「じ、じゃあライトは本当に生き返るんですか……!?」


 思わずヒナタさんに詰め寄ってしまう。

 まさかだった。

 まさか本当にライトを……。ライトともう一度……。


「さっきも言ったけど可能性の話だ。

 まず君の右腕のデータはこの肩にあるくらいのサイズに収まるくらいのレベルで圧縮されていて、ご丁寧に暗号化までされていた。

 魂的データは圧縮データの容量とか拡張子とかを見れば概ねあるかわかるんだけど、解凍となるとまた別の技術が必要だ。

 正しく展開しないとそれこそデータが吹き飛ぶ」


 だからあくまで提案なんだよ、とヒナタさんは検知器を振りながら微笑んだ。


「それにその学習済みモデルを動かすためのプログラムも必要だ。

 そっちに関しては製造した会社に問い合わせれば何か情報を手に入れられるかもしれないんだけど、サムエルのやつがどこで買ったのか……。

 残念ながら資料も何も残してなくてね。まだ連絡がつかない。

 まぁ殺人オートマタと名がつく程だ。

 もしかしたらきな臭い会社なのかもしれない。

 最悪僕らで開発だね。それに――」


 それ以外にもうまくいかない可能性の方が高いことをヒナタさんは懇切丁寧に教えてくれた。

 生き返らせる確率はだいぶ低い。

 魂があってもそれを解凍できるか、動かせるプログラムがあるか。

 そういう不安要素を丁寧に一個一個排除していって、ようやく成功するようだ。

 しかもデータに関しては失敗は許されない。

 失敗すれば今度こそライトは死ぬということだ。


 それでもライトを救い出す道があるということだ。


「僕ら技術者はこの作業を『サルベージ』と呼んでいる」


「…………」


「どうだい? 危険が多い道かもしれないけど、僕らを信じてくれるかい?」


 不安そうな目で僕を見るヒナタさん。

 彼女もきっと怖いんだ。

 機械人形オートマタであっても、本当の意味で殺してしまう恐怖と隣り合わせでこの提案をしているんだ。


「私からも補足させてほしい」


 横で黙って聞いていたエースさんが優しそうな口調で声を発した。

 促すように僕はそっちを見る。


「先程、レオくんに再雇用の話を持ちかける時、まずサルベージについて提案してもよかったんだ。というより経営者としてはそっちの方がいい」


「……?」


「何故ならレオくんを必ず我が社に引き入れたいと考えるなら、君の右腕の計画を先に伝えた方がレオくんが頷く可能性が高いからだ」


 なるほど。

 確かにライトのことを先に出されたら、こんなにお世話になるんだ、と思って迷わずに再雇用について了承していたかもしれない。


「けれどそれは敢えてしなかった。

 純粋に君の右腕――オートマタ『ライト』を救いたいからだ。

 こんなにも功績のある右腕をそのまま放置するわけにもいかないし、なによりレオくんへの感謝や謝罪もある。

 これを言ってしまえば色々と邪推してしまうかもしれないが、私たちなりの誠意だ。

 右腕を我々に託してくれないか?」


 そう言ってエースさんはお辞儀する。


「…………」


 正直ちょっとズルい。

 そこまでお膳立てされちゃったら、僕の答えはひとつしかないじゃないか。


 でも僕は信じてみようと思う。

 もう一度ライトと会いたいから。

 もう一度ライトと一緒に跳びたいから。


「……よろしくお願いします」


 僕は深々と頭を下げた。

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