第76話 再雇用の権利
「僕がフェデックに、ですか……?」
困惑しつつエースさんにそう聞き返すと、エースさんは朗らかな顔で「そうだ」と頷いた。
「レオくんもサムエルぼっちゃんに理不尽に解雇されただろ?
だから君にもその再雇用の権利が与えられているんだ」
確かに僕にも与えられている。
フェデックの再雇用制度により解雇された人の半分以上は戻ってきたらしい。
やっぱり理不尽に解雇された人の中には再就職できず路頭に迷う苦しい生活を余儀なくされていた人も多かったみたいだ。
サムエルさんがいなくなったのも大きいらしいけれど。
その再雇用のおかげで事業はなんとか戻りつつあるらしい。
けれどまだまだオートマタ放棄分の働き手はいない。
だからエースさんは僕に提案しているのだろうけど……。
「お断りさせてください」
僕は即答する。エースさんもわかっているみたいだ。
穏やかな姿勢で口を開く。
「……理由を聞いてもいいかな?」
「ご存知だとは思いますが、僕は右腕を失いました」
ふたつの意味で。僕はあの優秀なオートマタを思い出して右肩を触れる。
「跳ぶこともできませんし走ることもできません。
そればかりかそもそも重い荷物を担ぐことすらできなくなりました」
建物間を縦横無尽に飛べていたのはあの右腕のおかげだ。
そればかりか右腕がいなかった頃の業務もままならない状態だ。
「そんな僕がフェデックに役立てるとは到底思えません。ですから再雇用制度は使わないつもりです」
だからはっきりと断る。
フェデックに行ったとしても足手まといになるのが関の山だ。
右腕が使えない運び屋なんてただのお荷物にすぎない。
「そうか……」
エースさんは苦笑いしつつため息を吐く。
ですからごめんない、と僕は頭を下げる。
エースさんは良い人だ。だからこそ曖昧な発言をするわけにはいかない。
「――そういう君だからこそお願いしたい仕事がある、と言ったらどうする?」
「え……?」
いったいどういうことだ。
右腕がなくてもできる仕事があるっていうことだろうか。
「実は君の仕事ぶりについては以前から聞いていてね。フェデックにいた時から注目していたんだ」
「!」
「スピードは遅いが丁寧に運ぶ。君が運んだ荷物には傷ひとつなく、最低限のノルマはクリアしている。
そして不思議な右腕を手に入れた時でもそれは変わらなかったと聞く」
まさか。エースさんという役員クラスの人間が僕を注目していた?
しかもフェデックを辞めた後の活動も調べているなんて。
「その仕事ぶりや身体の使い方には、確かで明確な技術があると俺は考えているんだ」
「…………」
「そのノウハウをこれからのフェデックに役立てたい」
「…………」
「フェデック社員にその指導をしてもらいたいんだ」
つまり運び屋指導員としての再雇用。
僕が先生となってフェデックの運び屋に技術を伝授するということだ。
「それができればフェデックは大きく成長することができる。
伝授したら終わり、ということはしないよ。
これから入ってくる子たちにも教育は必要だし、噂が広まれば別の社にも技術を買わせることができる。
需要は消えない」
僕のノウハウがフェデックの役に立つなんて思いもしなかった。
口を閉じていると、エースさんは一枚の紙を渡してきた。
「給与はこれくらいだ。それと福利厚生についてもこの紙に書かれている通りだ」
給与も今以上……というか課長クラス!?
福利厚生も充実している。特に右腕についてのサポート面も書かれていた。
それに。それ以上に。
辞めさせられて中途半端になってしまった先代社長に対する恩を返せるチャンスがまたできてしまった。
先代社長は子供のころから世話になった父親的存在だ。
僕の指導でフェデックを成長させる。
こういう形で返せる。しかも前よりも直接的に。
そういうことも考えちゃうと……充分魅力的な話だ。
だけれど。
僕はチラッとトランスを見た。
「とても魅力的な話です」
「そうか! では!」
「ですが、僕は今、キャリ姉……武器工房トランスに雇われている身なんです」
キャリ姉にもお世話になっているんだ。
特にフェデックを辞めてから今まで。本当に。
トランスを裏切ることなんてできない。
キャリ姉やニコちゃんとも相談せずに「はい行きます」と即答していくわけにはいかない。
「だから……」
「コラ。レオ!」
「イタッ!」
頭に激しい痛みが走った。
後ろを振り返ると、工具を持ったキャリ姉が腕を組んで僕を睨んでいた。
「な、何するんだ!? キャリ姉!」
「何ってそっちこそ何よ!」
怒鳴るキャリ姉。なんかものすごく怒っているような。
「黙って聞いていれば、ぐちぐちと言い訳ばかり。そういうところ何にも変わっていないんだから」
どうやら僕とエースさんの話を聞いていたらしい。
え、でもどうしてだ?
僕はキャリ姉やニコちゃんにもお世話になったんだ。
「『僕はキャリ姉やニコちゃんにもお世話になったんだ』――ってどうせ思ってるんでしょ!?」
「!?」
「思いあがってるんじゃないよ。恩とか義理とか関係ない。
レオの本当の気持ちを言いなさい」
「!!」
僕は。
「僕は……運び屋を続けたい!」
そうだ。
僕は運び屋っていうこの仕事が好きだ。
いろんな人のいろんな思いを荷物と一緒に届けるこの仕事が大好きなんだ。
だから僕は。
「どういう形であっても運び屋という仕事に携わっていきたい!」
「よし」
キャリ姉は笑う。
「ならこれよ」
キャリ姉は一枚の紙を渡す。
『レオ・ポーターを本日付けをもって解雇する』
解雇通知書だった。
本日付けの解雇。これをもらったのは二度目だ。
けれど思いはもう全然違う。
「あの。エースさん……」
僕はエースさんの方を振り向く。
気持ちはもうすっきりしていた。
「フェデックに戻ります。
再雇用、受け入れてください」
エースさんは堪えきれないという風に「はは」と吹き出した。
「元からそのつもりだよ。我が社は大歓迎さ」
「お願いします」
僕はエースさんが差し出した手をギュッと握った。
「そしてようやく次の話にいけるな」
「?」
僕は首を傾げる。
でも確か隣にいるヒナタさんが何か言いたげだったような気がする。
もうひとつ別の話があるのだろうか。
そう思っているとヒナタさんが口を開いた。
「君の右腕について、だよ」
「!?」
「君の右腕を復活させられるかもしれない」
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