第75話 その後の話

「この工具で良いの? キャリ姉」


 そう聞いて僕は武器整備中のキャリ姉にとある工具を見せる。


「うん。それで合ってる。ありがとう~」


 キャリ姉はそのまま工具を受け取ると武器の整備を再開する。


「あ、ついでにそこのバケツで水を汲んできてくれない?」


 僕を見ずに工具を回しながらそう指示するキャリ姉に僕は、


「わかった」


と頷きバケツを掴み外に出た。

 武器工房トランスの正面にある蛇口。

 その下にバケツを置き水を出した。

 水が貯まるまでわずかに時間がかかる。

 僕は後ろを向き少し背中を伸ばすことにする。

 相変わらずの埃と排気ガスまみれの空気だ。

 でもこの空気でさえ僕には落ち着きどこか安心感を覚えた。

 ようやく帰ってこれたんだ、と平和な日常が戻ってきたことに安堵した。




 災害級の機械獣を討伐して数日後。

 討伐隊の帰還の知らせと今回の討伐に関しては既に事前に連絡が言っていたのか、多くの人に歓声と祝福をもらった。

 討伐隊は今回の災害級の機械獣討伐作戦についてその日のうちに会見を開き詳細の説明をした。

 不本意ながら僕とライトの活躍も功績として挙げられてしまい、僕は街行く人に会うたびに「よくやった!」とか「頑張ったな!」とか言われて気恥ずかしくてしばらく家から出られなかった。


 逆にフェデック社――というかサムエルさんだけど――は、オートマタによるについてのニュースも広く知れ渡ることになり、ものすごいバッシングを受けることに。

 けれどそこはさすがのエースさんだ。

 エルガス帰還後の翌日には謝罪会見を開き、今回の責任とサムエルさんが辞任する旨を伝えた。


 フェデック社は製造したオートマタを放棄。

 サムエルさんが理不尽に解雇した人は無条件の再雇用の権利が与えられた。

 迷惑をかけた企業に関しては賠償を約束したし、エルガス住民には十回分の無料配達クーポンを配っていた。

 いつ暴走するかわからない機械が近くを走っていたという事実が明らかになったのだから相応な処置だろう。

 もちろんパフォーマンスとしては面白かった点や幸い怪我人は出なかったという点もあって、住民からすると『何もしていないのに得をした』状態になったので批判はすぐに収まったらしい。


 まぁそれでもサムエルさんの愚行は許し難いものだ。

 サムエルさんはエースさんとシルヴィアさんの取り決め通り北の辺境であるエフガルに行くことになった。

 最後の最後まで抵抗していたらしいが、シルヴィアさんが黙らせ(何をしたかは知らないけれど)、エフガルへ演習に行くという討伐隊の隊員に縛り付けられ半ば強制的に連行されてしまった。

 気の毒だが自業自得だ。

 先代社長のようにゼロから運び屋業を学んで、大変さとか忙しさとかを理解してくれると嬉しい。


 そして僕は、というと。


「いい天気だなぁ」


 武器工房トランスを背中にのんびりとそう呟く。

 そう。僕はキャリ姉の計らいで武器工房トランスに雇用されることになった。


『右腕を失いこれ以上の運び屋業務ができません』


 そう言って契約している各社企業を一件一件周り丁寧に説明と謝罪をし、次の仕事どうしようかな、と考えていたら、


「じゃあうちで働きなさいよ!」


とその日のうちに強引に従業員として雇われてしまった。

 名目は従業員だけれど、仕事としてはキャリ姉のお手伝い。

 とはいっても僕の右腕に気を遣ってくれているのか、本当に簡単なお手伝いしかやらせてもらえない。

 工具を取ったり水を汲んだり。

 正直、簡単すぎて退屈な日々ではある。


 まぁ本当ならキャリ姉ひとりでまわせるお店だ。

 僕なんて必要ないんだろうけど、こうやって受け入れてくれているんだ。

 文句なんて言ったらバチが当たる。

 有難く従事させてもらおうと思っている。




「お! いたいた! 探したよ~!」


 そろそろ水が貯まった頃だ。

 そう思って蛇口をひねっていると、横からそう言う無邪気な声が聞こえてきた。


「ん?」


 その声に反応して見ると、そこにはエースさんといつか見た黒髪のおかっぱ姿の女の子が笑みを浮かべてこちらに向かっていた。


「やぁ。レオくん。元気かな?」


「エースさん。ご無沙汰しています」


 エースさんに驚きはしたが、僕は丁寧にお辞儀をする。


「やほ~レオくん。ケーテン砂漠の時以来だね」


「えっと……」


 無邪気に笑うその女の子に僕は戸惑う。

 確かに見覚えがある。ケーテン砂漠で会ったフェデック社の役員の一人だ。

 でも名前が……なんだっけ?


「あぁ。すまない。レオくん。紹介がまだだったね」


 僕の表情を見て察したのかエースさんは苦笑いを浮かべる。


「こいつはヒナタ。一応、フェデック社技術部の最高技術責任者。

 あぁ……つまりフェデックの技術部門の最高責任者だね」


「ヒナタ・スプリングだよ。よろしくね。レオくん」


 そう握手を求めてくるヒナタさん。

 僕は戸惑いがちに握手に応じる。

 見た目かなり若そう。僕より少し上くらいの感じだ。

 口調もエースさんやシルヴィアさんのようなリーダー的な威厳は感じられない。

 けれどエースさんが最高技術責任者だと言うのなら、かなりすごい人なんだろう。


「えっと……」


 そんな人とエースさんが僕に何の用だろうか。

 そう疑問が顔に出ていたのか、エースさんはにやりと笑みを浮かべた。


「君を探していたんだ。レオくん」


「そうさ。レオくん。君に話があってね。実は――」


「待った」


 ヒナタさんが話を切り出そうとした瞬間、エースさんはヒナタさんの肩を掴んだ。


「まずはこっちの話をさせてほしい」


「えぇ~! ……でも、うん。そうだね。そっちの方がいい」


 エースさんの頼みに冗談交じりで嫌がるヒナタさんだが、すぐに頷き後ろに下がった。

 いったい何の話だ。と少し警戒するが、エースさんは朗らかな表情で僕の方を向いた。


「単刀直入にいうよ。レオくん。君、フェデックに戻る気はないかい?」


 それは僕にとっては本当に突然で、あり得ないと思っていた話だった。

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