強勇の美麗姫は幸せになれるのか
長岡更紗
01.思ってないわよっ
その日は突然にやって来た。
「すまん、他に好きな女が出来た。俺と別れてくれ」
愛する彼からの、唐突過ぎる宣告。
その時キアリカは、泣いて縋るべきだったのかもしれない。
別れないでくれと、捨てないでくれと泣き叫べば……もしくはふざけるなと、処女を返せと怒り狂えば、後悔もまだ少なかったかもしれない。
キアリカはただ、相手の言葉に「分かったわ」と唇を噛み締めながら頷いてしまっていた。
最近の彼の態度で、なんとなく勘付いてはいたのだ。いつものように優しいながらも、どこか申し訳なさそうにしている彼の態度から。
長身の彼は「すまん」と一言呟くように言って、最後となる抱擁をしてくれた。
そんな優しさに腹が立つ。その苛立ちのまま嫌いになる事が出来れば、どんなに良かったか。
しかし駄目だった。
キアリカは別れた彼を、いつも目で追ってしまっていた──
それからおよそ三年。
元恋人は、二年程前にこのランディスの街から消えた。どこに行ったのかは誰にも分からないが、どうせ『好きな女』とやらと一緒だろう。
昔の恋人は、リックバルドという名前だった。キアリカは騎士隊に所属していて、リックバルドはその騎士隊の上司にあたる人だった。
キアリカはリックバルドに認められたい一心で、毎日剣術の稽古に励んでいた。その努力の甲斐あって、女性で初めて班長という役職にも就く事が出来たのだ。
今、キアリカはディノークス騎士隊の班長を務めている。現在まだ二十七歳だが、結婚して辞めていく者が多い女性騎士の中では古株と言って良いだろう。
「キアリカ班長、今までお世話になりました!」
「おめでとう。良かったわね」
今日もまた一人、結婚を機に辞めていく班員がいた。
他の班員に花束を渡され、誇らしそうにしている姿がとても眩しい。
「羨ましいなら羨ましいと言えばどうだ?」
後ろから声を掛けられ、キアリカはキッと振り向く。そこには眼鏡騎士が無表情でこちらを見ていた。
同期でキアリカと同じ班長のリカルドだ。ちなみに彼は既婚者で、可愛らしい女優の奥方がいる。
「思ってないわよっ、別にっ」
「顔には羨ましいとハッキリ書いてあるが?」
「書いてないわっ」
「良ければ、私の友人を紹介しよう」
「い、いらないわよっ」
「強がりは止めておけ。婚期を逃すぞ」
「うるさいわねっ、いいって言ってるでしょう!」
そう言うと、リカルドは「やれやれ」と息を吐きながら去って行った。
しまった、やはり紹介して貰えば良かったかと思うも、後の祭りだ。今からリカルドを取っ捕まえて「やっぱり紹介して」なんて言えるわけがない。
このプライドの高さが仇となっているのだろうか。ちっとも男性と知り合う機会がない。
容姿に関してはハッキリ言って自信がある。元恋人のリックバルドはとても面食いな男であったが、彼に惚れられたくらいだし、街を歩けば大抵の男が振り返ってこちらを見る。
が、キアリカは何故かナンパというものをされた事がなかった。
こんな美人を放っておくなんて、世の中の男の目は腐っているに違いない。リックバルドといい、見る目の無い男達ばかりだ。
周りはどんどんと結婚している。
同じ班長のサイラスも近々結婚するという話だし、もう一人の班長のセルクも既婚者である。
つまり班長で結婚していないのは、キアリカだけなのだ。だから、余計に焦る。
「おう、キアリカ。話がある。ちょっと来てくれ」
「あ、シェスカル隊長」
シェスカルはディノークス騎士隊長兼ディノークス家の当主だ。
今は忙しくてあまり騎士隊の訓練所には顔を出さないが、ディノークスの騎士にとってシェスカルは絶対的な存在である。
そのシェスカルに呼ばれ、訓練所を出たすぐの休憩室に移動した。
「どうしたんですか、隊長」
「んー、悩んだんだけどな。お前に隊長を引き継いで貰いてーんだ」
「ええ!? 私にですか!?」
キアリカは目を見開いた。
ここアンゼルード帝国では、女性の地位はどちらかというと低い。最近は男女平等などと声高に叫ばれているが、言うならばそれは現在が男女不平等であるという証でもあった。
特に騎士職というものは、圧倒的に女性が不利な職場である。
最近はようやく女性騎士の人数も増えてきたが、結婚はともかく妊娠すると辞めざるを得ないため、不遇の職である事は確かだ。
キアリカも班長という役職を担ってはいるが、その事で揶揄された事は数知れない。『女なんかに』『女のくせに』という言葉を、一体何度聞いた事だろうか。
そんな女である自分が隊長になる……認められた事は素直に嬉しいが、だからと言ってほいそれと受け入れられる事案では無い。
「このまま隊長が兼任すれば良いじゃないですか」
「だが隊長がずっと騎士隊を留守にしてんのもな。ちゃんと隊員の事を見ててやれる奴が隊長になった方が良い」
「なら、私じゃなくても……」
「しょうがねーだろ。リックは消えちまうし、リカルドには断られちまうし」
「じゃあ、もう一度リカルドに話をしてみた方が」
「取り付く島がねーよ。あの無表情には」
むう、とキアリカは声を唸らせた。リカルドにはリカルドの理由があるのだろう。彼が素直にシェスカルに従えない理由というのも、なんとなく想像はついていたが。
「じゃあ、サイラスに……」
「あいつが隊長になるにはまだ若過ぎる」
「セルクはどうですか?」
「班長職に就いてまだ二年も経ってねーだろ。人をまとめ上げる経験が足りねーよ」
「けど女の私が隊長になっては、我がディノークス騎士隊は他の騎士隊に舐められてしまうかもしれませんよ」
「そうだな。舐められねーようにしろ」
そんな無茶な、という言葉をすんでのところで飲み込んだ。仮にも相手はディノークス家の当主である。
「頼む、キアリカ。お前しかいねーんだよ」
そう言われると、キアリカには断る術がなかった。
斯くしてキアリカはディノークス騎士隊の隊長という役職を担う事となってしまった。
つまりそれは、次世代の隊長となるべき者が育つまで、キアリカがずっと隊長を務めなければならないという事だ。
次の隊長候補と言うと、サイラスかセルク。どちらがなるにしても、後三年は時を必要とするだろう。
「三年後……私、三十歳じゃないの……」
自分の年齢を数えてゾッとした。
隊長という重責を放棄するわけにはいかない。結婚して仕事を辞める……なんて考えは捨てなければならないだろう。
そんな相手がいるわけもなかったが、ささやかな夢を持つ事さえ奪われた気がして、キアリカは落胆した。
「もういいわ……私は結婚なんて出来ない女だったのよ。男なんてもういらない。この国で一番の女騎士になってやるんだから……っ」
キアリカはどこか吹っ切れてしまった。
隊長という役職に就いて、女とは真逆の自信がついてしまったのかもしれない。
男などいなくても、一人だけで生きていける。
高みを目指し、誰もが認める騎士になってやるのだと。
キアリカは、そう心に決めてしまったのである。
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