06.一生は言い過ぎじゃない?
一応母親にしばらく帝都に行くと言ってから、ランディスの街を出た。
なんだかすっごく勘違いしたらしい母親は、エルドレッドとキアリカを交互に見ながらニヤニヤと笑っていた。
そんな人ではないというのに、恥ずかしいことこの上ない。エルドレッドは気にしていないようだったが。
片手でも馬は乗れると言ったにも関わらず、エルドレッドに二人乗りをさせられてしまった。
包まれるように前に乗せられるも、どうにも居心地が悪い。そう言えばリックバルドとは、こんな二人乗りをしたことがなかったなとふと思った。
馬に揺られて一時間弱で帝都に着くと、中央にある城の中に入っていく。キアリカは遠慮したが、別に良いと言われて一緒に中に入った。
大勢の帝都正騎士達が、エルドレッドを見て敬礼している。どの男も屈強そうで、それを束ねるエルドレッドの顔は私服でありながらも威厳に満ち溢れていた。
「ちょっとここで待っててくれ。団長に話をつけてくる」
「わかったわ」
エルドレッドは団長室の中に入って行き、キアリカはその前で彼を待った。
帝都騎士団は城の中にあるので、廊下ひとつにしてもいちいち壮観だ。もちろん一番奥の王座には皇帝がいるのだから、それも当然と言えるが。
そのせいか、すれ違う騎士は全員キビキビとしていた。皇帝のいる城で働くというのは、気の抜く場所はないということだろう。こんなところで働くのは息が詰まりそうである。
しばらくするとエルドレッドが部屋から出てきた。ニコニコと無邪気な顔でピースサインしている。
「どうだったの?」
「一ヶ月の休みを貰えた」
「ええ? そんなに!?」
一ヶ月というと、全治二ヶ月であるキアリカの怪我の、半分は一緒に過ごすつもりだということだろうか。
本人が怪我をしているならともかく、団長補佐ともあろう者がそんなに休みを取れるだなんて信じられない。
「俺は今まで有給なんて取ったことがなかったからな」
「ずっと貯めておけるの? ディノークス騎士隊は、一年以内に消化しなきゃ、有給も消えちゃうわよ」
「帝都騎士団も同じだ。まぁ団長に就任することを条件に許してもらえたよ」
「……騎士団長に?」
キアリカはエルドレッドを見上げた。少し苦笑いしてるその顔は、特に誇らしいことだとは思っていないようだ。
「ああ。前から話はあったんだけどな。ずっとのらりくらり断ってたんだ」
「どうして? 帝都騎士団の団長なんて、名誉なことじゃない」
「まぁな。けど団長職は激務で、今までのようには過ごせなくなるからな」
「そう。それは大変ね」
「だから、俺は……」
エルドレッドがキアリカを見て、言葉を濁した。キアリカはそんな姿を見て、首を傾げる。
「俺は? なに?」
「いや。まぁ、一ヶ月間だけ俺に付き合ってくれ。この期間が終われば、俺は一生騎士団長として人生を捧げなきゃいかんからな」
「一生は言い過ぎじゃない?」
「すぐに次の団長となる奴が育ってくれればいいんだが、中々そうはいかないだろう」
そう言ってエルドレッドはどこか諦めたかのように笑った。
確かに、この男と同等以上の逸材が現れるまでは時間が掛かるかもしれない。ディノークス騎士隊の隊長になる者だって、後三年は待たなければいけないのだ。団長候補ともなると、
そういえば、現騎士団長は御歳七十を越えると言っていた。それまでエルドレッドのような逸材が現れなかった証拠となろう。
「さて、帝都で行きたいところはあるか? どこでも付き合うぞ」
「そうね。帝都っていうと、有名なのは時計塔、大聖堂、美術館……ってところかしら?」
「それに湖畔もあるな。少し馬で走らなければいけないが、結構綺麗だぞ」
「そう。でも今日は……大聖堂にしようかしら」
「わかった。案内しよう」
エルドレッドの後についてさっさと歩く。
ランディスの街も都会だが、やはり帝都はそれ以上だ。人がやたらと多く、それを縫うように移動する。
「おっと悪い。歩くの速かったか?」
「平気よ、これくらい。余裕で着いていけるわ」
「そうか、なら良かった。俺はいつも歩くのが速いと怒られるからな」
怒られる……誰にだろうか。
男に……ではないだろう。だとすると、女か。
そういえば、この人のことを全然知らないわね、私。
キアリカはチラリとエルドレッドの後頭部を見上げた。
知っていることといえば、現団長補佐で、時期騎士団長だということ。それにシェスカルとは友人だということくらいだ。
ほとんど知らないのと同じである。
まぁ別に知る必要もないわね。
私も二ヶ月間は暇だし、その内の一ヶ月は帝都で遊んでいくのも悪くないわ。
腕を怪我しているからとはいえ、こんなに長い休暇はキアリカも初めてだ。楽しまなければ損である。
一人でランディスに居てはごろごろと過ごして終わりだし、エルドレッドを大いに利用させてもらおう。彼は彼で人生最後であろう休暇を謳歌したいようだし、一石二鳥だ。
大聖堂前に着くと、扉前で寄付金を募っていた。拝観料代わりに寄付をするのがこういうところの習わしだ。いくらでも構わないので、貴賎関係なく大聖堂に入れるところがいい。
キアリカは千ジェイア札を五枚取り出すと、箱の中に入れて中に入った。
「お前、結構太っ腹だな」
「そう? 出せる者が多く出すのは当たり前でしょう。この大聖堂の維持費だって掛かるんでしょうし、しょっちゅう来られないんだから、これくらいは出すわよ」
「……ふーん」
少し感心したようにエルドレッドはそう言い、中へと入って行く。
大聖堂の中心には細やかで色鮮やかなステンドグラスが張り巡らされていて、思わず圧倒されてしまう。
大きな柱には実に丁寧な装飾が施され、柱と柱の間には壁一面に大きな絵が飾られている。
この国の宗教である神が、衆生と触れ合う姿だ。
キアリカはあまり宗教に熱心ではないものの、こういうところに来ると己の煩悩を霧散できるような気がして気持ちが楽になる。
「はぁ……素晴しいところね」
「国で一番の大聖堂だからな」
中には多くの人がいるが、誰しもこの空気に圧倒されるように押し黙っている。
それに天井が驚くほど高いためか、人が多くてもさほど気にならなかった。
キアリカはしばらくの間その中で時を過ごした。身が清められるような感覚が心地良くて。
エルドレッドもまた、そんなキアリカに付き合って隣にいてくれていた。
大聖堂を出た後、適当に夕食を取ると、今度は宿屋に連れてかれる。
超高級というわけではないが、それなりに格式のありそうな宿だ。
「今日はありがとな。ここの宿代は後で俺の所に請求が来るから、気にせずに使ってくれ」
「あら、宿代くらい、自分で払うわよ」
「まぁそう言うな。怪我させた詫びも含んでるんだ」
「そう? じゃあお言葉に甘えるわ」
「また明日の朝、迎えに来る。今日はゆっくり休んでくれ」
「ありがとう。おやすみなさい、エルドさん」
「おやすみ、キア」
そう言ってエルドレッドは宿を後にした。おそらく、自分の家に帰るのだろう。
今日はなにをしたというわけではなかったが、楽しかった。気分がスッキリしているのは、大聖堂に行ったからというだけではないだろう。
エルドレッドが側にいてくれたから。
自分を気遣ってくれる人がいるというのは、心地良いものだ。まぁ彼は、怪我をさせた責任を感じているだけであろうが。
キアリカはこの日、フンフンと鼻歌を歌うようにして眠りについた。
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