03.結婚に必死になってるみたいじゃないですか
「勝者、ディノークス騎士隊キアリカ!!」
舞台会場で大きく宣言され、キアリカは納刀して手を上げる。会場は歓声よりもどよめきの方が大きかった。キアリカはフンと鼻を鳴らし、舞台から降りる。
二回戦目を難なくクリアし、本日の試合はこれで終了だ。なにが一番大変だったかというと、待ち時間の長さである。明日からは試合数も少なくなるし、こんなことにはならないはずだが。
明日は三試合目と四試合目、そして決勝戦が行われる。心して挑まなければならない。
「おい、キアリカって、あの強勇の美麗姫だろ?」
舞台からシェスカルの元に帰る際、そんな声が聞こえてきた。
そう、キアリカには強勇の美麗姫という二つ名がある。これは班長になった時、元恋人のリックバルドが冗談めかして言ったのがきっかけだ。
それはいつの間にかキアリカの与り知らぬ所まで広まっていて、最初の頃は驚くばかりだった。しかし今ではその二つ名が広まったのは当然とさえ思える。
「さっきの試合見たか? 無慈悲だろ、あれ。美麗姫っつーより鬼姫だよな」
「おい、こっち見てるって! 殺されるぞっ」
「ひい、怖ぇえ! 逃げろっ」
取って食いはしないというのに、観戦に来ていた騎士達に逃げられてしまった。
試合には勝ったのに、なぜか惨めな気分だ。はあっと溜め息をついていると、今度は女の騎士達が近付いて来る。
「あの、キアリカさんですよねっ! さっきの試合、凄かったです!」
「とっても格好良くって、私達の希望の星です!」
「明日の試合も頑張ってください。応援してます!」
まだ十代であろう若い女の子達が握手を求めてきたので握り返してやると、きゃあきゃあと黄色い声をあげて礼を言いながら帰っていった。
「女の子にはモテちゃうのよね、私」
そんな風に苦笑いしながらも、やっぱり少し嬉しくて口元は緩んでしまう。
そう、キアリカはシェスカルやディノークス騎士隊の期待だけでなく、全ての女性騎士の期待を背負っているのだ。
この不遇職と呼ばれる女性騎士の認識を改めさせるのは、自分しかいない。
「おい、強勇の美麗姫だぜ。ディノークス隊の隊長だとよ」
「女のくせに隊長かよ。男がよっぽど腑抜けばっかなんじゃねーの」
「俺がディノークス隊に入れば、即トップに立てそうだな!」
「違いねぇ!」
どっと笑いが響いてくる。
似たようなことを何度も言われてはいるが、何度言われても腹が立つものは腹が立つのだ。
グッと苛立ちを抑えて我慢していると、後ろからやたら明るい声で「よぉ!」と声を掛けられた。
今度は何を言われるのかとうんざりしながらも、無視できずに振り返る。そこには赤毛の貫禄ある男が立っていた。
「なにかしら?」
「今の試合、とても良かった。よく磨かれた良い腕をしてる。綺麗な立ち居振る舞いで、見惚れたよ」
「……え?」
今まで受けたことのない賛辞が耳に飛び込んできて、キアリカは面食らった。
年の頃は三十台半ば……シェスカルと同い年くらいだろうか。シェスカルほどごつい筋肉は纏っていないが、手首を見るだけでその筋力は計り知れるというものだ。
「失礼だけど、あなたは……」
「悪い、自己紹介が遅れたな。俺は帝都騎士団の団長補佐、エルドレッドだ」
この人が、とキアリカは心の中で叫んだ。
この男を倒し、必ず優勝しなければならない。そう思うと、いつの間にかキアリカはエルドレッドを睨んでしまっていた。
「私はディノークス騎士隊の隊長、キアリカよ」
「折角綺麗な顔してんだから、笑っとけよ。そんな睨んでばかりだと、損するぞ」
「っな」
カッと顔が赤くなる。もちろんこれは、怒りでだが。
「私がどんな顔をしてようと、あなたには関係のないことでしょう!」
「いや、そうなんだが……美人なのにもったいないと思ってな」
「ふざけないでっ」
「別にふざけてなんかないんだが……」
エルドレッドは赤毛をポリポリと掻きながら、困ったように眉を垂れ下げている。
キアリカが変わらずキッと睨んでいると、後ろから人の気配が近づいてきた。
「おい、エルド。うちの騎士にちょっかい出してんじゃねーよ」
「シェス。久しぶりだな。ああ、今はシェスカル様……だったか?」
「お前に様付けなんかされたら虫酸が走るっての。今まで通りでいろよ」
「そうか、悪いな」
愛称で呼び合う二人に、キアリカは眉を寄せながら己の主を見上げる。
「シェスカル様、エルドレッド殿とお知り合いだったんですか?」
「ああ、昔はよく帝都騎士団と合同で魔物討伐退治に行ったりしたからな。年も近かったし、なにかと張り合った仲だ」
「シェスは負けず嫌いだったからな。何度突っ掛かられたことか」
「うっせーよ、エルド」
クックと笑うエルドレッドに、口を尖らせるようにして腕を組むシェスカル。どうやらエルドレッドの方が勝負に勝つことが多かったということが窺い知れる。
「しかし、ディノークス騎士隊にこんな手練れがいたとはな。驚いた」
「俺が育てたんだ、当然だろ。手ェ出すなよ」
「さて、どうするか」
エルドレッドはシェスカルを見てクックと笑った後。
「キアリカ、俺の所に来る気は無いか?」
彼はこちらに目線を変えてそう言った。
一瞬ドキリとしてしまったが、これはそういう意味ではないだろう。ディノークス騎士隊を辞めて、帝都騎士団の正騎士兵になれと言っているのだ。つまりは引き抜きである。
「テメェ、言ったそばから……っ」
「怒るなよ、シェス。勧誘も俺の大事な仕事なんだ。悪く思うな」
睨むシェスカルを軽く諌めて笑っている。エルドレッドとは不思議な人物だ。あのシェスカルを丸め込める人間がいるなんて、思ってもみなかった。
「有難いお話ですが、辞退致します。無責任にディノークス騎士隊の隊長という立場を放棄するわけにはいきませんから」
「そうか。残念だ」
エルドレッドはあっさりと引き下がる。隣で睨みをきかせていたシェスカルに遠慮したのかもしれないが。
彼は「じゃあ明日も頑張ってな」と踵を返して去っていった。
「エルドの奴、なに考えてんだ。おいキアリカ、帝都騎士団なんかに行くんじゃねーぞ。あっちよりうちの方が、勤務形態は数段楽だからな。お前が望むんなら、今の倍の給金を出しても良い」
「あら、本当ですか? じゃあお給金上げてください」
「……お前、こういう時は『給金は今のままで結構です、帝都騎士団にも行きません』っつーとこだろ」
「貰えるものは貰うに決まってるじゃないですか。騎士職はいつまでも続けられるものじゃないですし、将来のために貯金が必要なんです、私」
騎士職は男であっても長く勤められるものではない。特に女であるキアリカは、既に最盛期を過ぎつつあるだろう。三年は今の状態を維持し続けなければいけないが、後はもう衰える一方であることはわかっている。
隊長職を退いた後は、今までと同じように男達と並んで戦うことも少なくなるだろう。後方支援や後進の指導に回るか、いっそすっぱりと騎士職を引退するか、どちらかになるはずだ。
剣一筋だった自分になにができるかわからないので、その時のためにある程度の蓄えはしておきたい。
「……まぁわからねぇでもねーけど、あんまり将来をガチガチに考えんなよ? 未来なんてどうなるかわからないんだからな、そん時なりの絵を描くしかないだろ」
「そんな風に考え無しだから、
「うるせっ」
シェスカルという男は、本当に愛する者にはとことん逃げられてしまう性格らしい。ファナミィという彼を慕っていた少女も、何ヶ月か前に騎士隊を辞めて出て行ったきり、連絡も取っていないようだった。
「ファナミィに会いに行ったらどうです?」
「いいんだよ、好きにさせてやれ」
「まったく……シェスカル様は、本当に好きな人のことになると奥手なんですから……」
「ほっとけってっ! ったく、そういうお前はどうなんだよ。リックと別れてから、誰とも付き合ってねーじゃねぇか」
そう言われてキアリカはキッとシェスカルを睨んだ。睨まれたシェスカルはまったく動じず、呆れたようにこちらを見ている。
「もういい加減あいつのことは忘れろ。まぁお前は強いから、周りの男が頼りなく見えるんだろうけどよ。キアリカも見合いくらいしてみたらどうだ」
「冗談やめてください。お見合いなんて、私が結婚に必死になってるみたいじゃないですか」
「ちょっとは必死になっとけって。お前は俺みたいになって欲しくねぇんだよ」
シェスカルは彼らしく片眉を下げながら笑っていて、心から心配してくれているのがわかる。
お見合い……か。
キアリカはフッと息を吐き出した。
考えなかったわけではない。リックバルドがこの地から去ってから、彼を忘れるために見合いをしてみようと思ったことはあるのだ。
けれど一般の職業の男はどうにもヒョロヒョロとしいて、キアリカの目には情けなく映った。ディノークス騎士隊の隊員も頼りなく見えてしまうし、班長クラスの強い騎士は既婚者が多いために恋愛対象にはならない。
他貴族の騎士には『強勇の美麗姫』などと呼ばれてはいるが、実際には煙たがられているだけだ。もしも見合いという話になっても、向こうから逃げていくのは明白だった。
キアリカはそこまで考えを巡らせて、片眉を下げたままのシェスカルを見上げる。
「私を隊長に推したシェスカル様がそれを言うんですか? 私が隊長を辞めてもいいんです?」
「あーまぁそれは困るが」
「でしょう? だったら私のことは気にしないでください。お給金さえ上げてくれるなら、文句は言いませんから」
「……わかったよ」
シェスカルはまだなにか言い足りない感じではあったが、結局言葉を飲み込んでいるようだった。
ディノークス騎士隊にキアリカがいないと困るという事実は、キアリカ自身もよくわかっている。だからこそ、もう決意してしまっているのだ。男など必要ないと。結婚など、しないと。
キアリカはどこか諦めた様子のシェスカルと共に、この日泊まる宿へと帰っていった。
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