04.私の、強み……


 翌日の三回戦と四回戦は、キアリカが勝った。

 四回戦の相手はさすがに強かったが、キアリカには負けられない理由がある。

 ディノークスというの貴族の地位を確固たるものにするために。

 この国にいる女性騎士のために。

 そしてなにより自分のために。


 おそらく、この大会で優勝を狙えるのは今しかない。

 二十七歳という年齢で、経験的にも肉体的にも、今が一番バランスの良い強さを誇れる時期だろう。今を過ぎれば衰えていく肉体をカバーするため、小手先の技術が中心の戦闘になっていくに違いないのだ。

 この大会は若い騎士が多く参戦していた。己の衰えと彼らの伸び代を加味すれば、一年後であっても勝ち抜くのは容易ではなくなるかもしれない。

 だから、全力を持って勝ちに行く。

 シェスカルと同等……いや、それ以上の力を持った男、エルドレッドに勝つ。この国一番の強さを見せつければ、周りの男共はとやかく言わなくなるはずだ。


「気合い入ってんな、キアリカ」

「シェスカル様」


 最終試合に臨もうとするキアリカに、シェスカルが声を掛けてきた。


「当然です。目指すは優勝ですから」

「おう。でも怪我はすんなよ」

「シェスカル様、なにかアドバイスがあればお願いします」


 キアリカはエルドレッドの戦いを一度も見ていない。超シード権を獲得していたのだから、当然だ。

 しかしキアリカの戦いは見られているため、分析されているだろう。なんでも良いから勝ちに繋げられる情報が欲しい。


「キアリカ……リックの奴は、強かったよな」

「え? はい……」


 シェスカルはキアリカのかつての恋人の名前を出してきた。少しは不快ではあるが、なにか意味があるのだろうと傾聴する。


「あいつは、剛の剣だったな」

「そうですね」

「リカルドの奴は、知の剣。サイラスは遊の剣。セルクは正道の剣。デニスは神速の剣」

「はい」


 シェスカルは現班長と元班長の剣術のタイプを次々と言い当てる。


「ちなみに俺は、全部のタイプが当て嵌ってる。俺だけじゃなく、あいつもな」


 あいつというのはもちろん今から戦うエルドレッドのことだろう。それほどまでに色々な強さを兼ね備えた騎士なのだと、シェスカルの口から聞くことで実感する。

 キアリカは不安に駆られた。そんな強さを持った相手に勝てるのだろうかという不安が。


「キアリカ、お前の強みはなんだ」

「私の、強み……」


 なんだろうか。剛では決してないし、他のものも極めている者と比べればどれも劣ってしまう。どれも平均以上に修めていると言えはするが、これという決定的なものがない。


「俺にもエルドにもない、お前だけが持つ強みがある。それであいつを打ち負かしてこい」

「……はいっ」


 シェスカルは、キアリカの強みがなんであるかを教えてはくれなかった。恐らく、自分で考えろということなのだろう。

 教えてくれてもいい気はするが、自分で答えを出さなくては勝てない気がした。


 キアリカは一つ大きく息を吸って決勝の舞台に上がる。

 反対側からは、赤髪の男がその姿を現した。その瞬間、キアリカの時とは違って大歓声が場内に響き渡る。


「すごい人気なのね」

「まぁ、ここは帝都だからな。ホームってヤツだ」

「私は悪役ってことね」

「ランディスの街なら、英雄だろ?」

「どうかしら」


 ランディスの街で開催されていたなら、どうだっただろうか。それでも女騎士を見る目を変えさせないと、同じ状況だったと思う。


「私はあなたを倒して、世の中を変えてみせるわ」

「それは楽しみだ。けど、俺も帝都騎士団の団長補佐として負けられないんでね」


 エルドレッドが剣を抜くのを見て、キアリカもまた剣を鞘からスルリと出した。もちろんこれらは大会用に刃を潰した模擬剣だ。

 それを確認した審判の、「始め!」という声が響き渡る。


「ハァッ!!」


 開始の言葉と同時にエルドレッドが突っ込んできた。最初から全力投球……そんな勢いだ。

 恐らくキアリカを瞬殺して、力の差を思い知らせるつもりなのだろう。


 そんなにすぐやられてたまるもんですかっ


 キアリカはエルドレッドの初太刀を受けずに躱した。

 なのにエルドレッドの剣は一瞬で軌道を変えて、キアリカの胴に迫ってくる。


「っく!!」


 ギィィイインッ

 大きな剣戟が響いた。

 その剣に押されるようにして、キアリカは逃げながらサイドステップを踏む。

 しかしそれさえも許さぬように、エルドレッドはキアリカよりも速い踏み込みで距離を縮められた。

 再びギィィイインという高い音色が響き渡る。


 速い! 間合いを取らせて貰えないっ


 鍔迫り合いは明らかにキアリカの方が不利だ。

 相手の力を利用して体を捻ると共に、エルドレッドの剣を受け流す。

 そのまま後退しようとするが、三度みたび踏み込まれて彼の剣が襲ってきた。

 避けきれずにその剣を受けるしかない。

 ドカンという重みが己の剣にのし掛かる。


「くううっ!」


 キアリカはなんとかそれをいなして受け流す。

 そうしないと剣が弾かれ、一瞬で勝負がついてしまうからだ。

 剛の剣の持ち主であるリックバルドとの何度もした稽古が、ここで役に立った。

 一瞬の攻防だというのに体は嫌な汗を掻いていて、キアリカは肩を上下させる。

 エルドレッドはというと、ニヤリと笑って剣をキアリカに向けたまま足を止めていた。


「どうした? こんなもんか?」

「いいえ、今からが反撃よっ」

「そうこなくちゃな」


 どちらかと言うと相手を誘い、カウンターを突くのがいつものキアリカのやり方だ。しかし相手はそれをさせてくれそうにない。

 となれば、先手を取る以外に勝機はなかった。


「ハッ!!」


 狙う胴はフェイント。

 すぐさま太刀筋を切り替えて、エルドレッドの脳天へと剣を振り下ろす。

 しかしギンっという音に阻まれた。

 綺麗な天井ガードのツヴェルクハウ。

 そのままグルリと剣を回され、キアリカの剣は簡単にいなされる。

 即座に飛び退き、間髪入れずに突きを繰り出した。

 しかしそれも弾かれ、エルドレッドの背後に駆け抜けると同時に剣を繰り出す。

 それもバックガードに引っ掛かる。

 キアリカがどれだけ手を変えても、激しい剣戟の音が続くだけだ。

 その模擬剣は、どうあってもエルドレッドの体まで到達しない。


 まさに鉄壁。

 そんな言葉を連想させる、エルドレッドの守り。

 キアリカの体力だけが奪われていく。


 なんなのこの男……っ

 態勢くらい、崩しなさいよっ!!


 キアリカの渾身の一撃に、エルドレッドは少し顔を苦く崩したが、ただそれだけだ。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「ふう、はは……。中々やるじゃないか」


 エルドレッドも肩で息をし始めたが、褒められてもちっとも嬉しくはなかった。

 どんな斬撃も退けられ、力の差を見せつけられるばかりだ。

 体力を大幅に削られ、見えてくるのは勝負に負けるという絶望だけ。


 悔しい……っ

 私、負けちゃうの?!


 周りの声が聞こえてくる。


『やっぱり女なんかが団長補佐に敵うわけがない』

『さっさと負けを認めろよ』

『女は女らしく、家に篭ってればいいんだ』


 キアリカは剣の柄を、これまでにないほど握り締めた。


 男に生まれたなら、と思うことがあった。

 きっと誹謗中傷を受けることなく、堂々としていられたはずだ。


 だから、変えると決めた。


 この国の女性という弱い立場を。

 騎士になることで。

 男にも負けないと証明することで。

 女を、男に認めさせることで。


 そのための、最高の舞台が今だ。


 誹謗中傷を受けることは覚悟の上だったはずだ。

 勝ったとしても、なにかを言われるのは必至かもしれない。

 もっとつらい状況が襲ってくるかもしれない。


 けれど決めたのだ。勝つと。


 この大会に出ると決めた時に……いや、それよりもずっと前。

 キアリカが初めて剣に触れたその日から。

 ずっと覚悟を持って剣を振るってきた。


 そう、キアリカの剣は……『覚悟』の剣だ。


 それは誰よりも重く、誰にも負けない強い思い。


 己の剣で、この国の未来を切り開く。

 この国の女性の、たくさんの思いを背負った覚悟の剣。


 それを簡単に放棄するわけにはいかない。


「まだまだ、これからよっ!! 覚悟しなさいっ!!」

「……いい顔してるな。さらに美人になった」

「黙りなさいっ!!」


 キアリカはエルドレッドに再度突っ込んでいく。

 ヒュンという風を切る音と剣戟が周囲に広がる。

 その息をも吐かせぬ攻防を、誰もが固唾を飲んで見守っていた。


 そして、長い長い戦闘に決着がつく時がやってくる。


「やぁああああっ!!!!」

「タァァアアアアッ!!!!」


 その瞬間。

 メキッと嫌な音を立てて、己の腕に剣が食い込むのが見えた。

 視界は暗転し、キアリカはそのまま舞台へと崩れ落ちた。

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