第十三話『蒼汰の想い人』


 蒼汰がこちらの世界に召喚された際に手に入れたジョブスキル、『聖人』のスキルは主に治療魔法や浄化魔法で構成されているらしい。


 そのため、怪我が多いと言う騎士団の治療を行うことでスキルアップを目指していた様だが、やはり経験数をこなすには城内では無理があったようだ。


 元々蒼汰の先生は、教会から治癒魔法が得意な聖職者が派遣されてきていたらしく、なるべく多くの患者を治療するために、城下にある神々を祭る神殿とそれに併設される治療院と孤児院へ赴く事になったらしい。


「良いよなぁ、蒼汰にいは城の外に行けてさぁ」


 すっかり臍を曲げてしまった陸斗の頭を撫でると、遥斗も無言で頭を差し出してきたため、撫で回す。


「陸斗も遥斗も先生の元で魔法の勉強頑張ってるもんね、もうちょっと威力を制御できる様になれば外出許可が下りるようになるかもしれないし、そうしたらみんなでお出かけ出来ないかクレマンティーヌ殿下にお願いしてみようね?」


「ちぇ〜、わかったよ。 そうと決まれば俄然やる気が出るってもんよ! 遥斗、行くぞ!」


「うん」


 まだ眠そうな遥斗をぐいぐいと引き摺りながら、陸斗が出かけて行った。


 その日の夜、暗くなってから疲れた様子で蒼汰は離宮へと帰ってきた。


「蒼ちゃんおかえり」

 

「ただいまぁ」


 今にも寝そうな蒼汰をダイニングテーブルに連れてきて座らせると、目の前に今晩の夕食を準備する。


「疲れたぁ……って! 姉ちゃんこれ!」


 目の前に並べられた料理と由紀の顔を、食いつき気味に視線を走らせる蒼汰の反応に苦笑する。


 蒼汰は他の弟達と違って、日本食派なのだ。


 主食はパンで、スープは塩味かトマト味みたいなこの世界の食事に、真っ先に音を上げたのが蒼汰だった。


「豚汁、おにぎり、生姜焼き! いただきます!」 


 よだれを垂らさんばかりの蒼汰は、すぐさま両手の手のひらを合わせて挨拶を言うなりおにぎりを手に取り齧り付いた。


「姉ちゃん……ムグムグ……これ……モグモグ」  


「後で説明してあげるからとりあえずゆっくり食べなさい」


「……」


「おかわりあるからねー」


 あっ、食べる速度が上がったよ。


 実はこの調味料や米も肝っ玉母ちゃん魔法の恩恵だったりする。


 自分で買ったことがある品物に限り、こちらの通貨と交換で入手出来るらしい。


 ……こちらの現金を持つ前は現れなかった魔法なんだけど、ほら……肝っ玉母ちゃん魔法の洗濯桶をね、下働きのおばちゃん達に融通した事でそれなりに臨時収入が入ったのだ。


 城から三ツ塚家一行に、現金が払われることはなく、服や食料品などはもっぱら現物支給だ。


 宝飾品など換金してお金に変えられそうなものはなく、離宮にある高そうな装飾品や調度品は全てに王家に納品された時点で全てに印がついていて、勝手に売り払えばバレるようにしてなっているらしい。


 これ、絶対に勇者一行に逃げられないようにするためだよね?


 そして現金を自分で稼いだ事で、肝っ玉母ちゃん魔法に新しく追加されたのが、『肝っ玉母ちゃんのやりくり上手』と言う魔法だ。


 そう、肝っ玉母ちゃんたるもの、家計を守るために必要な技術は必須らしい。


 その中に自分が買ったことがあるもの前提で、この世界の硬貨を使用して地球のものが手に入ると言う……異世界間通販見たいな魔法が!


 普通の女子高校生がお小遣いやバイトのお給料で買ったことがあるものなんて、それほど無いかもしれない。


 しかし、三ッ塚家は友里お母さんが失踪して、アルトリード父さんがお母さん探しに放浪する様になった日から、長女の由紀が三ッ塚家を切り盛りしてきたのだ。


 高級なブランド品なんかは買ったことがないけれど、冷蔵庫や洗濯機、洗剤やら化粧品、オムツに粉ミルク、食料品や雑貨品……よくよく考えれば結構異世界通販できちゃうわけですよ。


 ただね、この『肝っ玉母ちゃんのやりくり上手』、蒼汰以外には伝えるつもりはない。


 今日の夕食も、他の弟達にはこちらの世界で似たような食材を見つけたと伝えてある。


「うわぁ~、なんつぅチートだよ『肝っ玉母ちゃん魔法』」 


「だよね、でもこれ内緒ね?」


「まぁ『肝っ玉母ちゃんのやりくり上手』だけでも経済無双できるだろうけど、この状態ではやらないほうが賢明だね」


 食後に入れてあげた緑茶をすすりながら、蒼汰は惚けたようにそう告げた。


「やっぱり?」

 

「あぁ、正直言ってこの国の王族や貴族連中……嫌な感じがするんだ」


「嫌な感じ?」


「うん、俺たちの前ではお世辞を言ってすり寄ってくるんだけどさ、その裏で勇者一行といえど所詮は平民風情だって話してるんだ」


 いくら笑顔に隠していても、その視線に漏れ出る侮蔑は隠せるものじゃない。


 他の弟達はまだ幼かったから気が付かなかったけれど、友理母さんが失踪したときに私達の境遇に対してご近所の奥様方から料理の差し入れを頂いたりすることもあった。


「大変ねぇ、由紀ちゃんも蒼汰君も偉いわねぇ」

 

 そう話しながら頭を撫でられたこともあったけれど、ゴミをゴミ捨て場に廃棄しに行った際に奥様方の話を聞いて、由紀はその場から逃げ出した。


「三ツ塚さんの奥さん、旦那さんに愛想尽かして、他の男性と駆け落ちしたらしいわよ」


「まぁ、本当に? あんなに仲が良さげだったのに」


「やっぱり国際結婚はうまくいかないのねぇ」


 そんな会話を聞かされて、一時期人間不信に陥った。


 やはり蒼汰も似たような経験があったらしく、それからというものそのような悪感情には敏感になったらしい。


「そっかぁ、ありがとうね。 そういえば、城下町にある教会に行くことになったんだって? 陸斗がズルいって騒いで大変だったんだから」

 

 昼間の話を聞かせると、蒼汰は困ったように頭を掻いた。


「あ~、俺の『聖人』スキルは城にいるよりも治療院のほうが鍛えられるからね」


「そっかぁ、やっぱりゲームとかアニメみたいにこう、呪文でパパ~っと怪我とか治しちゃうの?」


「簡単な傷を塞ぐくらいならそれで大丈夫みたいだけど、病気や感染症、解毒なんかは一筋縄ではいかない印象かな」


「へー」  


 真面目な顔で湯の身代わりのティーカップを握る手に力が籠もったのか、カタカタと茶器が小さな音をたてる。


「俺さ、医者になりたかったんだよ……」


 高校受験が終わって進学したばかりの蒼汰が、大学受験に向けて夜遅くまで真面目に勉強していることは知っていた。


「俺、実は彼女がいるんだけどさ、病気でよく入退院を繰り返してるんだ。 現代医学ではなかなか治療が難しい病気みたいで、俺が絶対に治してやるんだって」


 蒼汰から聞かされる話は、初めて聞く内容が満載だ。


「この世界には当たり前のように魔法があるじゃん? だから現代医学と魔法を合わせれば治療方法が見つかるんじゃないかと期待してるんだ」

 

 地球にはなくても、こちらに自生する植物の中に、病気に有効な植物があるかもしれない。


「薬草についてはきっと俺よりも『賢者』の星夜の知識と鑑定が役に立つはずだから、協力してもらおうと思ってる」


「うん! 蒼ちゃんならきっとできるよ! 私に出来ることがあれば協力するから言ってね?」


「うん」


   

 

 

  

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