第1話『日常崩れ去る!?』
眩い閃光に目を瞑りまだ五歳になったばかりの歳のひと回り歳の離れた弟を守るために腕に抱き締め気がつけば、私……三ツ塚由紀(みつづかゆき)は石材が敷き詰められた冷たい床の上に座り込んでいた。
なにやら赤い塗料で不思議な模様が座っている床に描かれており、目の前に日本ではありえない……大変ファンタジーな衣装を纏ったカラフルなコスプレ集団がこちらを見下ろしている。
「おお! 勇者様方ようこそいらっしゃいました! どうか凶悪な魔族の手によって苦しめられている人類をお救いください!」
集まっているコスプレ集団の代表者だろうか……それまで聞いたことがない言語の筈なのに彼らの言葉が不思議なことに理解できる。
これから何が起こるのかわからないけれど、厄介事に巻き込まれたのだけは間違いないだろう。
……………………
まず私の自己紹介となぜこのような不可解な出来事に巻き込まれたのか経緯をおさらいしようと思う。
改めまして私の名前は三ツ塚由紀(みつづかゆき)十七歳、三ツ塚家六人姉弟の長女です。
三ツ塚家の朝は早い、朝五時頃に隣に寝ている五歳の末の弟の奏音(かなと)を起こさないように注意して部屋を出る。
手早く洗顔などを済ませて私が通う高校の制服に着替えると、制服を汚さないように着慣れた奏音の好きなキャラクターのワッペンが付いた割烹着を重ね着する。
エプロンも試してみたものの、料理で跳ねた油などで袖口が汚れてしまうため今ではすっかり長袖タイプの割烹着だ。
我が家は三年前程前のある日、母が失踪した。
もちろん夫婦仲が悪かった訳じゃないよ。
子どもが六人も居るのに、夫婦仲は娘の私が恥ずかしくなるくらいラブラブで近所でも有名なおしどり夫婦だったから。
馴れ初めを聞いたところによると、父親の三ツ塚アルトリードの母国に旅行に来ていた純日本人の母、三ツ塚友里(みつづかゆり)に一目惚れした父が熱烈アピールの末、日本に籍を入れる形で結婚までこぎつけたらしい。
金髪碧眼のラテン系っぽい外国の血を引くアルトリード父さんは日に焼けた小麦色の肌に少し癖のあるセミロングヘアを適当に後ろで一つに結んでいる。
寝起きなんか寝癖で髪の毛があっちこっちに跳ねまくっているけれど、こんなんでもファッションモデルが出来るくらいにイケオジだ。
母が失踪した当時、アルトリード父さんはお母さんを捜して、捜して捜して残された私や弟達まで気が回らなかったんだよね。
完全に育児放棄も良いところで、当時十四歳だった私は、必然的にお母さんの代わりをすることになってしまった。
受験に家事に家計管理、弟達の世話とまぁ気が付けば既に三年、主婦業も板につきこれならいつでも嫁に行けるでしょってレベルになってしまった。
洗面所に行って夜のうちに回しておいた洗濯機から濡れた服を取り出してクリスマスプレゼントに買ってもらった衣類乾燥機に移し替えてスタートボタンを押せば、機械音が響いたあとガラリガラリと回り出す。
保育園児の奏音(かなと)と最近は少しだけ落ち着いたのか仕事へ行くようになったアルトリード父さん、そして女子高校生になった私の分のお弁当を作りながら、熱したフライパンに7人分の目玉焼きとウインナー、既に千切りになった状態でパック売りされているキャベツを皿に乗せて彩りにぷちトマトを一個乗せれば朝ごはんの完成だ。
私は、作りながら朝食を済ませるのが日課だ。
ちなみに三ツ塚のルールで御飯かパンかは食べたい人が自分で用意することになっている。
「姉ちゃんおはよ~」
「そうちゃんおはよう! 悪いんだけど遥斗(はると)と陸斗(りくと)起こしてくれる?」
私の次に起きてくるのは大体長男の三ツ塚蒼汰(みつづかそうた)だ。
私より二歳年下の十五歳で今年春に高校受験を控えており受験勉強の真っ最中だ。
「わかったついでに星夜(せいや)を起こして奏音(かなと)連れてこさせるよ」
「お願いします!」
蒼汰に頼んだのは更に下の弟達を起こしてもらうお仕事だ。
一応格安スマホで目覚ましのアラームは掛けているはずだけど、まず起きない。
特に十三歳になる次男の星夜は外見も良いし頭も良いからモテるみたいだが、朝低血圧でまず起きられないのが玉に瑕だ。
三男の陸斗と四男の遥斗は一卵性の双子で今年十歳の小学校五年生になった。
陸斗はなにかと残念なやんちゃ坊主だし、遥斗はいつも眠そうにおっとりしているので一卵性の双子でここまで性格に差が出るのかと星夜(せいや
)が夏休みの自由研究テーマにしていた事もある。
「姉ちゃんおはよ~」
次々と起きてきた弟達を洗面所に、送り出して洗顔が終わった順で食卓に座っていく。
「おねぇちゃんおはよう」
蒼汰と手を繋いで眠い目を擦りながら起きてきた奏音を抱き上げる。
「かなちゃんおはよう、お着替えしよっか?」
「うん!」
「そうちゃんありがとう、ご飯食べちゃって」
「はーい」
他のみんながご飯を食べ始めるのを見ながら奏音の着替えを手伝って保育所用のリュックサックにお弁当と水筒を詰める。
「よし出来た! かなちゃんはご飯にする?それともパンにする?」
「ぼくパンがいい! いちごジャム塗ったやつ!」
かわいい笑顔に癒やされながら、既に食べ終わった陸斗に奏音のお世話を頼んで食べ終わった食器を洗っていると、大きな欠伸(あくび)をしながらアルトリード父さんが起きてきた。
「父さんコーヒーは?」
「すまん貰えるか、ブラック濃いめで頼む」
ちなみにアルトリード父さんはインスタント派だ。
豆からドリップするコーヒーは薄く感じるようで、顆粒状のインスタントコーヒーを濃い目に入れるのが好きだ。
「父さん、今日かなちゃんの迎え頼んでもいい? 朝はいつも通り私が乗せていくから、私帰りにスーパーで特売の卵と牛乳買ってきたいの」
私が通う高校との間にある奏音の保育所にチャイルドシート付き自転車で送り届け、そのまま高校へ向かうのが私の日課だ。
「あぁ大丈夫だ、今日の撮影は午前中で終わる予定だからな」
そんないつものやり取りをしていたとき、ガタガタと家具が小さな音を立てて揺れだした。
「やだ、地震?」
「おねぇちゃんこわいよぅ」
洗い物の手を止めて奏音の側へ移動する。
すぐに収まるかと期待したけれど、むしろ強くなっていく地震にすぐに逃げられるように椅子から奏音を抱き上げた。
その途端、私達の足元を中心にしてぶわりと光の線が床一面に走りなにか模様が浮かびあがってくるじゃぁないですか!
「うわっ、なんだこれ魔法陣か! 見ろよ遥斗! かっけぇ!」
「痛いよ陸斗」
陸斗は隣に座っていた寝ぼけている遥斗の肩をつかんで興奮しながら揺さぶっている。
「なんだかわからないがとりあえず外に出よう」
「くそっ、油断した! いいかお前たち、魔王城を目指せ!」
「ぶっ、父ちゃん魔王城ってウケる」
「うるせぇ陸斗! 真面目に聞きやがれ! 魔王城を目指せ! わかったな!」
いつになく真剣な様子で声を荒げるアルトリード父さんの迫力にみんなで頷く。
眩い光に視界を奪われ、アルトリード父さんの声が遠ざかる……気が付けば私は、腕に抱いた奏音と一緒に石材が敷き詰められた冷たい床の上に座り込んでいた。
「痛ってえなぁ……なんなんだよいったい……」
「陸斗は頑丈だから大丈夫……」
どうやら何処か身体をぶつけたらしく、悪態をつく陸斗に遥斗がなにも問題ないといつもどおりのテンションで頷いている。
「しかしここは一体……」
周りを見渡す蒼汰と思案顔で考え込みだした星夜を見る。
「今流行の異世界転移、もしくは勇者召喚というやつでしょうか?」
「星夜兄ちゃんまじ!? ひゃっほう!」
「ひゃっほう……?」
星夜の言葉に陸斗が、嬉しそうに両手を突き出すように上げて雄叫びを上げると、それに続くように遥斗が陸斗のマネをして両手を上げた。
「ねぇちゃん、ここはどこ? ぼく……おうちに帰りたい」
腕の中からクイクイと奏音が胸元の衣服を引っ張った。
「そうだね、早くお家に帰れるようにお父さんに説明してもらおうか、なにか知ってそうだったし」
この不思議体験の最中にいきなり魔王城を目指せなんて言う冗談なんだか本気なんだからわからない事を言っていたのだからきっとなにか知っているだろう。
「そういえば父ちゃん居なくね?」
そう言われて周りを見ればアルトリード父さんが居ない。
「一体親父(おやじ)はどこ行きやがったんだよ、ほんと大事なときにいやがらねぇよな」
陸斗の言葉に同意する。
「本当に……ね」
四方をレンガに囲まれた様な室内をよく見れば私達を遠巻きに取り囲むように赤や青、紫や緑と色とりどりの髪色をした人々が息を潜めていた。
「おわっ、何だ!?」
やっと周りが見えたのか陸斗が声を上げるとそれまで様子をうかがっていた外野が一斉に歓声をあげる。
その中で一段高い場所にいた壮年の男性が右手を上げると騒がしかった歓声が静まっていく。
毛皮で縁取りされた真紅のマントを羽織り、高そうな衣装を着ており、顔にはたっぷりとした髭を蓄えその頭上には王冠が鎮座していた。
「おお! 勇者様方ようこそいらっしゃいました! どうか凶悪な魔王を倒し魔族の手によって苦しめられている人類をお救いください!」
はい!? なんですと!?
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