第十五話『新たな出会い』


 前後左右どちらを向いても木、木、木!?


 つい先程までお城に居たはずなのに……まさか異世界に強制転移されたあとで、また知らない場所に……今度はひとりで森の中に飛ばされるとは思っても見なかった。


「はぁ、ここどこよマジで」


 ため息を吐き出しながら、とりあえずそのまま座り込んでいる訳にもいかないだろうと立ち上がる。


 迷子になったら、その場から動かないのが基本だと言うけれど、それは全く土地勘も生活習慣も違う世界の森の中に魔法陣で飛ばされた場合も有効なのだろうか?


「とりあえず、移動するかなぁ」 


 例えばここがどこかのテーマパークで、一緒に来ていた人が居るのなら捜してもらえるだろうし、地球のように飛行機や船の事故にあって、その経路上を捜索してもらえるならばあまり移動するのは得策じゃない。


 土がついて汚れてしまった服を、両手で払いながら立ち上がる。


 この世界には魔族と獣の特徴を持った人々やエルフ、ドワーフ、さらにドラゴンなんてファンタジーな生き物が実在するらしい。


 来るかわからない……来れるかわからない助けを待つくらいならば、ポッケットに詰め込んでいた下働きのおばちゃん方から貰った非常食と言う名のお菓子が切れる前に動いて、可能であれば獣が活発化する夜になる前に街道へ出たい。


「……そういえば、アルトリード父さんが転移前になんか言ってたよね……確か魔王城を目指せ、だっけ?」


 弟達、特にシスコンのきらいがある奏音の事は心配だけど、しっかり者の蒼汰もいる。


 それに、右も左もわからない異世界人の由紀をたった一人でこんな森のど真ん中に放り出すような、無責任なあの国に戻るのは危険だろう。


「よし! とりあえず目標は魔王城!」


 目標は決まった。 あとは……


「どちらに行こうかなー!?」


 近くにあった長い枝を地面に突き刺して、枝が倒れた方に進むことに決め歩き出した。

 

地面から張り出した木の根を越えて、自然のままに旺盛に生い茂った草を掻き分けて、沢を見つけて必死で喉を潤す。


 手付かずの森の中とはいえ、生水を加熱せずに飲んでも大丈夫かなと、悩んでいたら……新しいスキルが生えた。


【肝っ玉母ちゃんの目利き術】


「……グワの森の湧水? 飲料可!?」


 目を凝らしたら、ピロンと音が鳴ってステータス画面見たいなものが表示される。


 調べたいものの本質を目利きするための術らしいのだが、このスキルは右目に魔法陣が浮かび上がるらしい。


 覗き込んだ小川に映る自分の右目に浮かんだ、パンチパーマ風の大阪マダムが虫眼鏡を覗き込む魔法陣を見つけて、口に含んだ水を盛大に噴き出した。


「わっ、私の右目が……」


 まさかの厨二病みたいなセリフを素で口にすることになろうとは……


 見た目の衝撃は心理的ダメージが大きいけれど、有用性は間違いないスキルのようで、視線を向けた先がステータス画面で埋め尽くされる。


 雑草やら小石やらまで画面表示されて、蟻みたいな大軍にも一匹一匹表示され、あまりの情報量の多さに頭痛に襲われて……由紀がキレた。


「前が見えずらいんじゃあぁ! 有用性が高いもの! 値段が高いものを優先順位別で表示できないもんかなぁ!?」


 ピロンと通知が来て、レベルが上がると自分で設定が調節できるようになり、それからはなるべく目利きで価値があると分かったものを採集しながら進んでいく。


 森の中だけに花や希少性が高い野草が沢山自生していて、でも採集した物を入れて持ち運べるバックなんかもなくて、これ以上は持てない量に達して泣く泣く手放そうとした瞬間、ピロンがきた。


『肝っ玉母ちゃんのパントリー』


 パントリー?ってなんだと首を傾げるよりも早く、ステータス画面が表示された。


『肝っ玉母ちゃんのパントリー』

 世界と世界の狭間に食料品や飲料などを保管・収納しておく事が出来る。 なおレベルが上がる事で、時間停止、時間早送り、時間巻き戻し、保冷、冷凍、熟成などの機能が使えるようになる。


『肝っ玉母ちゃんのウォークインクローゼット』

  食料品や飲料以外の物をしまう事が出来る。 またクローゼットの中に入ることも出来る。

 クローゼット滞在中は移動不可。


 ……なんだろう、このいたれり尽くせり感。


 とりあえず、食べられる野草や薬草類を全てパントリーに収納し、拾った鉱石などの食べられないものはウォークインクローゼットに放り込んだ。


 どちらも使いたいと願うと、肝っ玉母ちゃん魔法陣が彫刻された引き手がついた襖が現れる。


 襖をスライドさせるとウォークインクローゼットに通じており、その奥にパントリーが併設されている。


 よくある異世界転生物語の主人公みたいに、異次元収納に手を入れて考えただけで欲しい物が出て来るような機能は無いけれど、ウォークインクローゼットの内側の襖から欲しいものの在庫数や収納場所は確認できるし、出入り口付近にある棚に取ったものを仮置きすると、襖を閉めた後に自動で分別収納してくれるらしい。


 手持ちの食料品はお菓子が数個だけだったけれど、留守にする離宮に自力で稼いだ現金を置いておくのが嫌で、服の下に肩から斜めがけに出来るように、お財布ショルダーをこちらの革の生地で兄弟分を時間を見つけては、せっせと作って置いたのだ。


 由紀用の革製の頑丈な財布に入るだけ金貨を入れて、財布に入り切らない分は弟達用の財布に分けてそれぞれに、決してこの世界の人には見せないように念を押した上で、緊急時以外には使用しないように厳命して渡してある。


 蒼汰と星夜には多めに、陸斗と遙斗には蒼汰へ渡した額の半額を、そして由紀に何かあれば没収される可能性が高く、ひとりで逃げる事が出来ないだろう奏音には最低限のお金を入れた。


 上四人にはもし、不足の事態が発生した場合には奏音を連れて逃げるようにお願いはしてある。


 今回三ツ塚家の面々は、勇者を召喚しようとした際に、たまたま近くにいたために巻き込まれたと判断された……


 つまりこの国としては勇者のジョブスキルを所持している奏音を確保したいわけで、大魔導師、賢者、聖者と有用なジョブスキルを得た弟達はいわばおまけにすぎない。


 最悪、他の弟達を由紀の様に処分することも厭わない可能性がある。


 蒼汰と星夜にはその可能性についても、話し合い余分にお金を持たせてある。


 自分たちだけでも脱出できるように……


 ディートヘルムがどれだけ信用できるかわからないけれど、すぐに奏音へ危害を加えることはないだろう。


 自分の身の安全すらままならない現状で、弟達を心配しても由紀にできることはない。

 

 なら由紀に出来ることは自分の安全を確保することだろう。


 まだほぼ空のウォークインクローゼットの床に座り、『肝っ玉母ちゃんのやりくり上手』を起動して、手軽に食べられるコンビニのお弁当とペットボトル入りのお茶を金貨と引き換えに取り寄せて素早くお腹を満たした。


 金貨があるうちなら、こうしてウォークインクローゼットに引きこもることも出来るだろうけれど、あまり虫とか爬虫類が得意ではない由紀としては可及的速やかに森から抜けたいため、引きこもることも出来ない。


 余計なものを全て収納したお陰で身軽になったこともあり、ふたたび沢沿いに歩き出した。


「きゃぁ!?」

 

 夕暮れ時、慣れない道なき道を進んだこともあり、足元がおろそかになってきた頃背後からガサリと不自然に草が揺れて、小さく悲鳴を上げて飛び上がる。


 慌てて口を押さえて背後の音がした場所を振り返り、由紀は恐怖に息を飲んだ。


 五メートルも離れていないだろう場所に赤茶色い巨体が見えたのだ。


 赤い角が生えているものの、その姿は地球の熊に酷似している。


 どうやらあちらは既に由紀に、気が付いていたらしく、由紀が自分の存在に気が付いたことを察してゆっくりと立ち上がった。


 自分が強者なのだと由紀に見せつけるように。


「にっ、逃げなきゃ」


 熊にあった時はどうしなければいけないんだっただろうか、死んだふり?


 混乱しながらも身体は正直だったようで、勝手に角熊とは反対側へと逃げ始めた。


 熊と遭遇したら背中を見せながら逃げては行けないと言うし、木に登るのも熊の長身から逃れられる高さまで登るのは容易ではない、むしろ熊は木も登る。


 本気を出して由紀を捕まえるつもりならば、あの太く俊敏な四肢で難なく追いつけるだろう。


 肝っ玉母ちゃん魔法のウォークインクローゼットを出せば逃げられるかもしれないけれど、入り口はただの襖だ。


 鍵もかからない襖の中に逃げ込んだとして、ウォークインクローゼットの中まで追いかけて来られれば、逃げ場がない袋小路だ。


「いぃぃぃやぁぁぁあ! ついて来くんなくまぁぁぁあ!?」 

 

 元々長距離を歩いた後だった事もあり、この逃走劇は呆気なく終了となった。


 疲労にもつれた足が、草陰を這う様にして伸びた蔓草に引っ掛かり腹ばいに地面に倒れ込む様にして転んでしまったのだ。


 グァァア!


「ぎゃー!」


 車と一緒なのか、スピードが乗った熊は急には止まれなかったらしく、由紀を跨ぐ様にして通り過ぎると、その巨体を見せつける。


 熊の威嚇の叫びにつられて、悲鳴を上げる。


 あぁ、こんなところで……初恋すらまだなのに死ぬのか……


 自らに無慈悲に振り下ろされる熊の手から、恐怖に目をギュッと瞑る。


「俺の……番に手を出してんじゃねぇ! 熊野郎!」


 低く威嚇する様な声が背中から聞こえたと思えば、まるで風が通り過ぎる様に由紀の頬を掠めて行く。


 恐る恐る両眼を開いた由紀の視線に飛び込んできたのは、一匹の大狼だった。

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