第十四話『冤罪と追放』
いつも通り弟たちをそれぞれの先生のもとに送り出した由紀は、下働きのおばちゃんたちに交じって洗濯に勤しんでいた。
さすがお城と言うべきか、騎士団服やお城で仕える人たちのお仕着せ、騎士団員やその他の使用人たちが寝泊まりしている寮から出される大量のリネン類が毎日これでもかと洗濯に運ばれてくる。
本来ならば王族が使用する様な高級品や扱いに細心の注意を払わなければならない衣装などは、下働きの洗濯場に回ってくることはない。
しかし、最近なぜかそれらがせっせと運び込まれてくる様になり、職務怠慢な本来の担当部署である服飾部へ下働きのおばちゃん方が怒りを募らせているのが、由紀には恐ろしかった。
「ちょっと貴女!」
洗い上がり濡れたリネンを洗濯籠に山盛りに詰め込み、前が見えない状態で洗い場から干し場へと運ぼうと立ち上がる。
キンキンと頭に響くような高い声の少女に声を掛けられた。
殺気立つおばちゃん達に気が付かずに高慢に呼びつける恐れ知らずな態度に、呼ばれた由紀のほうが戦慄する。
由紀とあまり年齢は変わりなさそうに見えるが、下働きのお仕着せでも、下級貴族出身者用のメイド服でもなく、侍女服を着ている所を見るに、王族のそば近くで働く高位貴族の侍女だろう。
正直言ってなるべく早くこの洗濯物を干してしまわなければ、生乾きの臭いがする悲惨な状態になってしまう。
そうなれば、各部門からお叱りを受け初めから洗濯をやり直す羽目になるのは由紀とおばちゃん達です。
「何か御用ですか? 申し訳ございませんが、急いでおりますのでこの籠を運び終え次第でもよろしいでしょうか?」
正直に言えば、偉そうにこちらを睨んでくる侍女の少女の相手をするよりも、今も洗濯物と格闘中の下働きのおばちゃん達の手伝いをしていたい。
しかし侍女の用事を無視するわけにもいかないのだ。
「そんな物、他の下働きに任せなさい! 貴女には別に頼みたい仕事があるのよ」
高慢に言い放つのはいいけど、後ろのおばちゃんたちから放たれる威圧がすごい。
「はぁ、ここは私達にまかせて行っといで! 早く帰って来るんだよ?」
「すいません、すぐ戻ります!」
ペコリとおばちゃんたちに頭を下げて由紀を待っている少女の元へ走っていく。
「バタバタと走るなんてこれだから下民は……なんで私がこんな娘を迎えに来なければならないのよ!?」
ぶつぶつと文句を言いながらこちらを振り返る素振りすら見せずに、先導する侍女に内心ため息を吐き出しながらついて行く。
「貴女! この通路の先にある部屋のリネンを回収してきてちょうだい!」
「えっ!? 今からですか!?」
示された廊下は厚みのある毛足が長い絨毯が敷き詰められており、明らかに下働き姿の由紀が立ち入ることができる区域ではない。
緻密な彫刻を施された白い柱を界にくっきりと境界線を引く様な一角は、入るものを拒んでいる様に見えるのだ。
「そうよ! さぁ早く行きなさい!」
背中を力一杯ドンッと押されて、よろけた由紀はその勢いで柱を越えて絨毯にうつ伏せに転倒した。
「いったぁ……」
「うそっ、入れちゃった!?」
背後からそんな焦った声が聞こえて、振り返る。
「えっ、どう言うことですか?」
「なっ、なんでもないわ! 貴女は言われた通り早く自分の仕事をこなしなさい!」
そう言い捨てて、侍女は身体を反転させて逃げ出す様に走り出した。
「もぅ、一体なんなのよ……」
幸い絨毯のお陰で怪我をする事は無かったので、ゆっくりと立ち上がり、両手でお仕着せのスカートについたホコリを払う。
「えっ、ホコリ?」
よく見れば高級だとわかる絵画や花瓶などが飾られているのに、その全てがうっすらとホコリを被っている。
由紀が転んだことで舞い上がったホコリを吸い込んでしまい、咽せながら窓を開けようと近づく。
よくよく確認すればはめ殺しになった窓枠に、白くホコリが積もっており人差し指でなぞると本来の飴色の窓枠が姿を現した。
「どう言うこと? なんで掃除されていないの?」
疑問は尽きないけれど、とりあえず廊下の先にあるのは一部屋だけの様だ。
重厚な木製の扉を押し開けると、ゆっくりと奥へ向かって扉が開いた。
部屋の中には誰もおらず、やはり何年も掃除がなされていないように見える。
扉を開いた居間があり、他に扉が二つ。
経験上、寝室と衣装室だろうと当たりをつけて、扉を開くと、右手の奥が寝室になっているようだった。
「まるで煌びやかなお城の中で切り離されたお化け屋敷か廃墟みたいね」
ホコリを吸い込まない様にスカートに入れていた手拭いで口元を覆う。
早く仕事を終わらせるべく、寝台からリネンを剥がすと、丸め込みふと視線を上げた。
寝台の奥……真っ白い壁に今にも消えそうな弱い燐光を放つ魔法陣が輝いている。
この世界に召喚された際に魔法陣に触れて転移した経験から、肝っ玉母ちゃん魔法の魔法陣以外の魔法陣には不用意に触れない様にしていた。
「綺麗……魔法陣?」
しかしどうしてだろう、魔法陣に呼ばれている様な気がして、気がつけば吸い寄せられる様に右手を伸ばして、魔法陣に触れていた。
ずわっと、手の平から熱を吸い上げられるような感覚に戸惑いながらも、なんとなくまだ手を離しては行けないのだと本能的に感じ取る。
感覚的には数秒だったはずなのに、もう魔法陣から手を離しては大丈夫だと感じる頃には、明るかった空は黄昏色に染まってしまっていた。
今にも消えてしまいそうだった魔法陣は、明るく柔らかな光を放っている。
「はっ!? 待って私何時間ここにいたわけ!?」
慌てて剥ぎ取ったリネンを持ち上げて部屋を出る。
『ありがとう』
誰もいない筈の部屋から懐かしい様な恋しい様な女性の声が微かに聞こえた気がした。
「えっ、誰かいるの!?」
慌てて振り返るも、やはり人の気配はなく、寝台の魔法陣だけが光るだけ……
「空耳? ……もしかして……幽霊!?」
焦りながらなんとか扉を閉めて、廊下に飛び出しこの場から離れようと走り出した。
白い柱の間を抜けた途端に、柱の影に隠れていた騎士達に取り押さえられて床へと引き倒された。
「痛っ! いったいなんなの!?」
「動くな、とうとう正体を表したな魔族め!」
ギリギリと力を込められるたびに全身に痛みが走る。
「魔族ってなんのことよ! 私はリネンを回収してくるように指示された……だけ……よ!」
「戯れ言を!」
釈明しようにも後頭部の髪の毛を鷲掴みにして引き上げられ、あまりの痛さに声が震えて涙が止まらない。
「まさか勇者一行の中に魔族が混ざっていたなんて、なんと恐ろしく見苦しいこと」
コツリ、コツリと靴音を響かせて、柱の影から現れたのはキャスティ・ローランド殿下だ。
愛らしさを強調するデザインのピンクを基色にしたドレスを纏い、まるで嫌な虫でも見つけたような顔でこちらを見下してくる。
星夜の暴走で負った怪我は、快癒したようで安心したが、キャスティ殿下はなぜここに居るのだろうか。
「なっ……!?」
キャスティ殿下の後方からこちらの様子を伺う侍女に、由紀は見覚えしかなかった。
そうきっと、由紀にリネンの回収を命じて、更には後ろから押し倒したあの侍女が、キャスティ殿下を呼んできたのだろうと察しがついた。
「貴女が不法侵入したこの通路は、何人もの優秀な魔法師によって幾重にも結界が張り巡らせ、人が容易く立ち入らぬよう厳重に管理された区域よ」
そんな話は聞いたことがない、そもそも由紀のこの世界での活動圏内に、王族や貴族達と接するような場所は含まれていない。
それが厳重に封印しなければならないような場所ならば尚更だ。
「結界を無効化する稀少な護符を携帯しなければ、封印に触れた瞬間、触れたものを焼き払うようになっていたはずなのに、無傷で出てくるなんてありえないわ」
キャスティ殿下の話では、由紀をその結界へ突き飛ばした侍女がキャスティ殿下へ報告し、こうして不法侵入者(由紀)を拘束するためにわざわざやってきたらしい。
しかも今の今までいた場所の恐ろしさと、そんな場所へ平気で突き飛ばした侍女の人間性を疑わざるを得ない。
触れただけで大怪我もしくは、最悪死んでしまうような場所に突き飛ばされなければならないような事を、由紀は知らず知らずのうちにしてしまったのだろうか。
由紀が思考の渦に飲み込まれている間にもキャスティ殿下は何やら口上を述べているし、無理な姿勢のまま床に押し付けられるのも身体が痛い。
悲しみよりも怒りが湧いてくるものおかしな話じゃないんじゃない?
星夜じゃないけれど、由紀はこんな扱いをされるような事をした覚えがないのだし、ぷちっとキレても良いのではなかろうか……
「都合が悪くなればだんまりですの!? なんとか言いなさい魔女め!」
「魔女だの魔族だの下賤だの、言いたいことはそれだけですか?」
由紀の口から発せられたのはいつもより低い声、大きな声で罵声を暴れてせるような怒りの表し方はしないのだが、むしろ怒鳴られる方がまだマシだと弟達に言われる。
表情は笑っているし、いつも以上に敬語になる。
普段お人好しで定評がある由紀の目は笑ってないし、この状態の由紀が出現したと言う事は、由紀の中で相手を切り捨てたも同然なのだと言って、前回ご近所の奥様相手にキレた姿を見た陸斗と遥斗が、抱き合いながら半日泣き続けたっけ。
まるで地獄の底から響いてくる閻魔様の沙汰の声のようだったと。
心の中で『肝っ玉母ちゃん魔法』を呼び起こしていく。
全身に怒りの力がみなぎっていく。
『肝っ玉母ちゃんの家事場の馬鹿力』
切迫した状況に置かれると、普段には想像できないような力を無意識に出すことができるジョブスキルのうちの一つだ。
後ろでに拘束された両手を解放してもらわなくちゃ動けないものね!
ふんっ! と力を込めれば思っていたよりも簡単に両手の拘束が外れた。
「なっ!? 大人しくしろ!」
髪を引き上げられて痛いので、頭皮も頑丈になるようにイメージをしたら痛みがなくなった。
しかも毛根も強化されたのか、髪が抜けるような感覚も消失する。
抵抗する由紀を抑えようと何人もの騎士たちがのしかかってくるけれど、構わずに両手を床につけて身体を起こしていく。
その光景がキャスティ殿下には異常に映ったのだったのだろう、それまで由紀を蔑み嘲笑っていたキャティ殿下は顔面蒼白で金切り声をあげている。
「はやくこの女を抑えなさい! 勇者様方を惑わす魔族を自由にさせてはなりません!」
「さっきから魔族、魔族って!」
おぉうりやぁぁぁあ!
力を込めて拘束を振り払うように立ち上がる。
「ひぃぃい! 早くこの魔族を城から追放するのよ!」
足元に燦々と輝く魔法陣が一際強い光を放つ。
あまりの眩しさに反射的に両目をつぶれば、まるでエレベーターの動き始めのようなぐらつきを感じて……再度目を開ければ、一面にマイナスイオンがたっぷり出ていそうな森林に囲まれていた……
「ここは一体どこなのよ!?」
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