第十六話『神速の暴風(ラピディティプロケッラ)』
熊の次は馬鹿でかい話す狼が現れて困惑する由紀を他所に、スピードを上げた狼が跳躍しながら鋭い牙で熊の腕に噛み付く。
目の前で繰り広げられる激戦にあんぐりと口を開けて、見入ってしまう。
きっと逃げるべきなのだろう、由紀を背後に庇いながら戦うしなやかな筋肉の躍動も、恐ろしいはずの獰猛なその表情からも目を逸らせない。
「ねぇ、あなた大丈夫!?」
背後から声を掛けられて、肩に乗せられた手に気がつき顔をあげる。
「やっと気がついたわね、何度か呼んだんだけど聞こえてなかったみたいね」
漆黒の長いゆるふわウェーブの髪に褐色の肌、蜂蜜色の瞳が印象的な色っぽい美しい顔、そして人間とは違う長く尖った耳をしたグラマラスな女性が心配そうに由紀を見つめている。
「いやー、ブラッディーベアに襲われて無事とは運が良かったな嬢ちゃん」
「本当ですね、どうやら怪我をしている様です……ヒール」
ダークエルフと思わしき女性の後ろから、ドワーフだろうか、陸斗と同じくらいの身長をしたゴツゴツとした体格の髭のおじさんと、ゲームに出てくる僧侶の様な服装の壮年の男性がやってきた。
ブラッディーベアとはあのツノが生えた熊のことだろうか、逃げる際に草や枝で切った傷が、僧侶っぽい男性が傷口に掌をかざしてヒールと唱えた事で痛みも傷跡も綺麗に消えてしまった。
「治ってる……」
蒼汰が治癒魔法を使っている話は聞いてはいたけれど、実際に治癒魔法を自分で体験するとなかなかに興味深い。
「はっ、あの狼!?」
「あー、ヴォルフ? 彼なら放ってといて大丈夫よ、ブラッディーベアくらいに遅れをとるような男じゃないからね……むしろ……」
ダークエルフの女性が意味深に苦笑いを浮かべている。
「あの、助けていただきありがとうございます、由紀です」
「あら〜ご丁寧に、私はシェリナよ。こっちのごついのがガイズで貴女を治したのがアスタリ、そして今戦ってるのがリーダーのヴォルフ。私たちは神魔(しんま)国を拠点に活動してる『神速の暴風(ラピディティプロケッラ)』と言う名前の冒険者よ」
「冒険者……ですか?」
「あら、冒険者を知らないなんて貴女一体どんな田舎から来たの?」
どうやらこの世界には冒険者が居るらしい。
認識が合っているかはわからないけれど、由紀が知る冒険者は、ファンタジー世界の職業だ。
冒険者ギルドなる組織から依頼を受けて、素材集めや兇暴なモンスターの討伐などを行う。
また旅の護衛や、失せ物探しなんかもする何でも屋さんのイメージだ。
「あっ、倒したみたいね」
シェリナの言葉に視線を向けると、ゆっくりと背中から倒れていくブラッディーベアと、その前に口元が血で汚れた狼がいる。
「ヴォルフ、そのままこちらにくると怖がらせるから! 嫌われたく無かったら綺麗にしてから来なさい!」
ブンブンと音を立てて嬉しげに振られる太い尻尾は気になるけれど、あの巨体でじゃれつかれたら無事には済まなそうな予感しかない。
実際こちらへジャンプしようと姿勢を低くした狼、ヴォルフはシェリナな言葉に慌てて突進をやめると、自分の前足で口元を拭い、べったりと着いた血と由紀を見るなり、しょんぼりとしながら森の奥へと消えていった。
「あっ、行っちゃった」
「あっ、しまった……ブラッディーベアの解体させてから洗いに行かせれば良かった」
失敗したわぁと額に手を当ててわざとらしく残念がるシェリナの様子についつい笑ってしまう。
「ガイズ、アスタリ、ブラッディーベアの解体を頼むわ、私はユキを着替えさせるから」
「おぅ任せとけ!」
「えぇ、その方がいいでしょう」
「さぁ行くわよ!」
「はっ、はい!」
「心配しなくてもアイツらはすぐに帰ってくるから大丈夫よ」
シェリナに手を引かれながら、水の流れる音を頼りにしばらく進むと、沢が流れている場所に出た。
色々な場所を必死に走ったせいか、泥や草の汁なんかで服は汚れているし、木の枝がビリビリにカギ裂けたスカートに引っかかっている。
透明感のある沢に映る由紀の髪はボサボサだし、葉っぱはくっついているしで、寝起きよりも酷い姿を男性陣に見せたのかと愕然としてしまう。
「ほら、手ぬぐいはあるからとりあえず汚れを落としちゃいましょう」
「ありがとうございますシェリナさん」
心からお礼を告げて、無惨に解けて葉っぱや泥がついてしまった髪を洗う。
手や足、顔なども清めて渡された手ぬぐいで水分を拭き取ると、シェリナから差し出されたワンピースに着替える。
携帯用なのか、小さな背負袋を渡されたので、着ていた服を汚れが内側になる様に丸めて仕舞う。
「自分の荷物は自分で管理した方が安心できるでしょ?」
「はい、ありがとうございます」
肝っ玉母ちゃんのクローゼットに入れてしまえば、両手が空くし、わざわざ背負袋に入れて持ち運ぶ必要はない。
けれど、まだ会ったばかりの人に、由紀のジョブスキルを公開する必要はない。
着替えをして、汚れを落とした由紀とシェリナが元の場所に戻ると、どうやらブラッディーベアの解体作業は終わっていた様で、ガイズとアスタリが焚き火を起こして夕食の準備をしている。
「あらいい匂いね」
「ブラッディーベアの肉を串に刺して焼いただけだがな」
ほれっ、と一口では食べられないだろうぶつ切りにした塊肉が刺さった串を渡される。
しっかりと火が通っているようで、食べる直前で軽く岩塩らしき塊を削ってまぶしてくれた。
その美味しそうな匂いと、ジュウジュゥと肉の焼ける音に、身体は素直に反応した。
くぅぅと大きな音を立てた自らのお腹に両手を当てて赤面する。
「すっ、すみません」
「ふっ、謝んなくてわ、あれだけドロドロになるまで必死にブラッディーベアから逃げてきたんだもの、お腹がすくわよねそりゃぁ」
そんな由紀とシェリナの会話を聞いていたのだろうか、ガサリと音を立てて現れたのは、一人の男性だった。
ドワーフのガイズとも、魔族のアスタリとも違う鍛え上げられた肉体は逞しく、そしてしなやかだ。
森の中に差し込む日の光を受けて、キラキラと銀色に輝く長い髪の毛の上には、同色の犬耳が由紀の会話を聞こうとピクピクと小さく動いている。
先ほどブラッディーベアと相対していた時には、服は着ておらず四つ脚で行動していたため、巨大な狼そのものだったが、既に汚れを落として服を着てきたようだ。
二本の足で人と同じ様に歩き、顔は狼、ブンブンと振られるふわふわしてそうな尻尾。
そしてその人の手の形に立派な爪が生えた筋張った両手には、どこからか摘み取ってきたのだろう、見たことがない花が包装される事なく握りしめられている。
「くっ、不覚……俺は、俺は大切な初めての贈り物の選択を間違えてしまったのか……」
瞬く間にしょんぼりと下がったケモ耳と尻尾は叱られる犬のようで、絶望に打ちひしがれるヴォルフの反応に由紀は困惑する。
そんな二人の様子を見ながらとうとう我慢ができなくなったらしいシェリナが盛大に吹き出して笑い出した。
「あーおかしい、ほらヴォルフ、それを早くユキに渡してあげな」
そう言って手招くシェリナに勇気付けられたのか、恐る恐るヴォルフが距離を詰めてくる。
遠くから見た時点で分かっていたが、ヴォルフは二メートル近い身長を持っていて、アスタリよりも更に頭一つ分高い。
あまりの迫力につい一歩下がってしまい、由紀の様子に気がつき、すぐさまその場で立ち止まるとそれ以上距離を詰めずにゆっくりとした動作でその場に片膝を付いて身を屈めた。
最強スキルは勇者でも聖女でも賢者でもなく肝っ玉母ちゃん!? 紅葉ももな @kurehamomona
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