ニュンペーちゃんの一日

大隅 スミヲ

とある妖精の一日

 目が覚めたのは午前9時のことだった。


 きょうのスタートは10時からなので、まだ時間に余裕はあった。

 SNSをチェックすると昨日の発言に対しての反応が多くあったようで、ランキングで3位に入っていた。

 PCを起動させると、アプリを立ち上げて、音声チェックなどをはじめる。


 10時ジャスト。オープニングの映像を流して、配信スタート。


「おはよー、みんなっ! 妖精界のアイドル、ニュンペーちゃんだよー。みんな、元気ぃ?」

 いつもよりも1オクターブ高い声。自分でも驚くぐらいキュートな声がヘッドホンから聞こえてきた。


 PCの画面内では、妖精を模したアニメ絵キャラクターのニュンペーがとびっきりの笑顔で話をしている。

 このニュンペーはモーションセンサーによって、画面の前にいるわたしの動きを画面内で再現してくれるのだ。

 だから、わたしが笑顔を作ればニュンペーも笑顔となるし、怒った顔をすればニュンペーも怒ることができた。


「きょうはね、ニュンペーはゲーム配信をやっちゃうよ。絶対に見てね。見ないとみんな許さないからね」

 そういって画面の前で投げキッスをすると、画面の中にいるニュンペーも投げキッスをした。


 リスナーと呼ばれる視聴者たちからの発言はすべてチャットで表示される。

 ニュンペーはそのチャットに対して、おしゃべりを返していく。


 時には「おひねり」と呼ばれる電子マネーのついたチャットが飛んでくることもあり、そのおひねりが収益の一部となったりしていた。



 昼の配信を終えたわたしは配信アプリを停止させると、大きく伸びをした。

「うーん、疲れた……」


 ただゲームをやっているだけなのに疲れたとは何ごとだ。

 何もわかっていない人はそんなことをいうかもしれないが、これはエンターテインメントなのだ。

 ただゲームをやるだけなら誰にでも出来る。

 しかし、バーチャルアイドルとして活動しながらのゲーム配信は、いかに視聴している人たちを楽しませるかといったことを心がけながらやらなければならず、それなりに気を使ったりもするので疲れるのだ。


 ニュンペーの中身がこんなアラサーのおばちゃんだって知ったら、みんなどう思うかな。

 そんなことを考えながらスマホを手に取る。

『ランチでもどうよ?』

 一件のメッセージが来ていた。

 送ってきたのは、友人の佐智子だった。彼女とは学生時代から仲良くしており、たまにランチのお誘いなんかがあったりする。


『いいね。おいしいパスタ屋みつけたから、行こうぜ』

 わたしはメッセージを返すと、出掛ける支度をはじめた。



「お待たせ」

 約束した店に行くと、すでに彼女の姿はあった。

 二人はパスタを注文すると、おしゃべりに花を咲かせた。


「最近さ、誹謗中傷の圧が強いんだよね」

「えー、そうなの。なにか変なことが起きる前にきちんと会社に相談した方がいいよ」

「そうだね。その前に佐智子に相談しようかな」

「ダメダメ。私が動くときは、すでに何か事が起きているって時だから」

 佐智子はそういって笑った。佐智子の職業は警察官だった。


「そういえばさ、ニュンペーちゃんをコンビニで見たよ。キーホルダーが欲しかったけど、出なかったよ」

「えっ、買ってくれたの。言ってくれれば、あげたのに」

「ダメダメ。貰っちゃったら、推し活にならないじゃん」

 正直わたしは驚いた。佐智子が「推し活」なんて言葉を知っていたなんて。

「友だち思いなやつよのお」

 わたしはそういって、佐智子の手を握った。


 ランチを終えると、佐智子とは別れて、マンションへと戻った。

 マンションは完全防音設備となっている部屋と契約をしていた。


 夕方からアクションゲームの配信をする。

 ゲーム中に、暴言を吐いてしまい、チャットが荒れた。

 暴言ひとつでチャットは荒れる。配信者も大変なのだ。


 きっと、これは切り抜きで使われるだろうな。

 そんなことを思いながら、夕方の配信を終えた。


 あとは夜の配信をするだけだ。

 夜の配信はフリートークであり、妖精ジュースという名の赤ワインを飲みながら配信するのが恒例となっていた。


「酔っぱらって、失言をしないようにね」

 配信をはじめる時に、マネージャーから口を酸っぱくしていわれたことだった。


 酔っぱらったわたしは、ちょっとだけセクシーなニュンペーを演じたりする。

 それがウケるのだ。その夜もセクシー・ニュンペーの登場により、おひねりチャットが飛び交った。


 夜の配信を終えたわたしは、いつものように大きく伸びをする。


「あー、疲れた。きょうも一日、お疲れさん」

 独り言をつぶやき、パソコンの電源を落とそうと思った時、わたしは気がついた。


 配信を終了したつもりが、まだ配信が終了していなかったのだ。

 やばい、素の声を聞かれてしまった。

 焦りながらチャットを見ると、チャットには『お疲れ様でしたwwww』といった言葉が並んでいた。リスナーはみんな優しい。


 ちょっぴり涙ぐみながら、わたしの妖精としての一日は終わっていくのだった。

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ニュンペーちゃんの一日 大隅 スミヲ @smee

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