月光に揺れる幻想の花が誘う、美しき謎の物語 - 月のライン

 観光客で賑わう石畳の街に、満ち潮が押し寄せる。この不思議な光景から物語は始まる。主人公のメルは、紺色の制服姿で手紙を届ける若き郵便配達人。彼を通して見える世界は、どこか懐かしい童話のような温かさを湛えている。

 だが、その水面下では、月明かりに浮かぶ謎めいた花の影が揺れている。作者は巧みに、観光地という「表」の世界と、そこに潜む「闇」の物語を編み上げる。その手つきは優雅で、決して読者を突き放すことがない。

 印象的なのは、登場人物たちの繊細な描写だ。メルの真摯な仕事ぶり、ホテルの少年キトの純真さ、謎めいた警備員ラジの二面性。彼らは皆、この島という小さな宇宙の中で、それぞれの真実を求めて動き続ける。

 水に浸かっては現れる街並みのように、この物語も読み進めるほどに新しい層を見せてくれる。観光客の喧騒と、古い街並みの静けさ。手紙が繋ぐ心と、秘密が生む溝。そんな対比が織りなす世界に、きっと読者は心を奪われることだろう。

 手に取るなら、夕暮れ時がいい。

 街灯が灯り始める頃、物語は最も美しい表情を見せてくれる。

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