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邑楽 じゅん

あるフリマサイトから始まる

 あたしは最近、断捨離というものに興味を持った。

 よくあるミニマリストとか『モノを持たない生活』に憧れている訳ではない。


 出産を機に仕事を退職してからというものの、子育てと家事に追われて、家庭の中を省みる時間なんて無かった。

 下の子供がようやく小学校に通ったのを契機に我が家を見ると何ということか。


 子供達のおもちゃ、主人の趣味のもの、ほかにも使わなくなった家具や着なくなった衣服で家じゅうが溢れかえり、それらを仕舞うために購入した収納グッズや百均の便利アイテムが大して活用もされず、あちこちに散乱している。


 このままじゃいけない。

 少しは片づけないと。

 子供達と主人を見送った後はリビングを見回すも、何処から手を付けて良いのかもわからずに、せっかく広げた大きなゴミ袋の中身もパンパンにできないまま、ため息をついてはソファに座り、けっきょくテレビのワイドショーを観て午前が終わるという感じだった。


 ママ友に相談すると「フリマサイトで売れば?」と言われた。

 どうもあたし、ああいうのって買うのも売るのも面倒。

 相手がどんな人かもわからないのに、連絡をやり取りするのって平気なのかな?


 でもママ友いわく、お小遣いや家計の足しにもなるし、ただ単に捨てるよりはよっぽど良いって。

 場合によっては粗大ごみとかの処理費用も掛かるから、むしろ売れればプラスしかないと熱心に説得されたので、さすがに面倒くさがりなあたしもフリマサイトの利用を前向きに捉えだした。



 翌朝、主人が会社に行き、子供達も学校へ。

 あたしはリビングのテーブルにノートパソコンを広げた。


 とりあえずまずは、フリマサイトを覗いてみる。

 アカウントを作ったら商品を撮影して登録するだけ。割と簡単そう。

 でもFacebookやLINEから身バレするのも恥ずかしいから、捨てアカになってるアカウント経由で登録する。名前も変えて『はなちゃん903』にしとこう。

 あたしの名前は、はなでもないし、パッと目についたのがテレビで流れていたCMに映っていた花。そして今現在が午前九時三分。

 それだけの理由だ。

 

 子供服やおもちゃの中で、比較的保存状態の良いものを選んで撮影。

 値段設定も欲張らずに投げ売りみたいな価格にしちゃおう。

 だって元は断捨離の一環で、ゴミとして捨てるつもりだったものなんだから。


 そしたらけっこう早めに購入希望者が出てきてビックリ。

 丁寧に梱包してすぐにコンビニに行って発送。

 振込手数料よりも売り上げが大きくなったら、まとめて振込依頼。

 こんな簡単に断捨離とお小遣い稼ぎが両方できるなら、もっと早くしておけば良かったって後悔。でもこれで掃除がはかどる。もっと売れる物は売ろう。



 それからもあたしは不要品を少しずつフリマサイトに掲出した。

 するとすぐに買い手がつく。

 オマケに過去に購入してくれた人が星を付けてくれる。優良出品者としてあたしのアカウント『はなちゃん903』の評価も上々。家の中も徐々にスッキリしてきたし良い事ばかりじゃないの。



 そんなある日ふとスマホのニュース記事を見ていたら、断捨離の話があった。

 家の空いたスペースには良い運気が入るし、余計なモノと一緒に気が停滞するから片付けは風水的にも良いらしい。

 さらに無駄なストックを無くして必要なものを必要な時にだけ買うから、家計の見直しにもなる――とか。

 これをまさに今これで良い事ばかりと実感したあたしは、無性にコメントしたくなったので、捨てアカとは異なるアドレスでコメントを書いた。

 するとしばらくしてそこに返信が書かれる。


『わかります! フリマサイトとか利用されていると尚更実感しますよね?』


 あれ? やだ、このレス主はなんでフリマサイトのこと知ってるの?

 あたし間違えて『はなちゃん903』と同じメアドのアカウントで返信しちゃったのかな?

 確認してみたけど、そんなことはない。

 だとしたらこの人、なんでフリマサイトのことを書いたんだろ?

 まぁきっと偶然なんだろうな。

 あまり意識し過ぎないようにしたし、そんな事はすぐに忘れていった。



 それにしてもニュースを読んでて思ったけど、スマホに入る挿し込み広告がフリマサイトとか怪しい占いスピリチュアル系みたいなものばかりになっちゃった。

 そう言えばまだ片づけを始める前、荷物のせいでマンションが手狭に感じたから、主人と引っ越しの相談しながら不動産賃貸・売買サイトを見てたら、挿し込まれる広告もそればっかり……『〇〇市で家を売るなら!』って、あたしはそこに住んでないのに友達とランチをしに行った場所でスマホの位置情報を拾われたのか、それがしばらく入ってきてとても不快だった。


 あたしがフリマサイトを利用する時は必ずノートパソコンだけ。

捨てアカで『はなちゃん903』として使い終えたらすぐサインアウトしてるのに、なんでスマホの広告にまで挿し込まれるんだろう?

 Twitterもなんかそういう記事ばっかりになってきた。

 ウェブサイトやSNSサービスのプロバイダーって横で繋がってるのかな?

 こういう回線契約者の情報を勝手に利用して、それらしい広告ばっかり挟んでくるのって、まるで個人情報が盗まれてるみたいじゃないの。

 好き勝手されてるみたいでそこだけはホントにイヤだけど、利用者なんてワガママ言えないんだろうなぁ、きっと。




 それから数週間。

 あたしはフリマサイトの利用を控えていた。

 徐々に家の中が片付いてきたおかげでもあるけど、だんだん気味悪くなっていったから。

 画像投稿サイトにコメントしても、返信コメにイイネを押しても、必ずと言っていいほど、的を得たあたしの私生活の話が書かれるから。

 小学校の娘がテストで悪い点を取ったら『我が家も同じく子供に勉強させるの大変です』。

 主人とささいな家事の考えの違いでモメたら『ウチの亭主もそんなもんですよ』。



 あたしもちょっとノイローゼ気味になったのか、実家の親に相談したけど笑われる始末。探偵さんに頼んで盗聴器のたぐいを調べて貰ったけど、家の中には無かった。

 今度はそんなあたしを見て、主人が訝しがる。

 早々にこのマンションを引き払って、無理にでも会社に頼んで転勤をして、と頼んだらその晩、主人と大ゲンカになってしまった。

 もちろんそうなるとスマホに挿し込まれる広告は、離婚調停を受け付ける弁護士事務所ばっかりだし、ニュース一覧に表示される記事も夫婦や家庭のあるあるを詰め込んだコラムばっかり。

 あたしは次第に外出するのも怖くなり、スマホもパソコンも繋がなくなっていく。


 あれ以来、主人とはぎすぎすして次第に口論することも多くなった。

 そんなあたし達を見て、子供達も居心地悪そうにしているのが気の毒だけど、どうにも気持ちが抑えられなかった。



 やがて事件が起きる。

 ほんのささいな興味本位か家庭でのストレス解消なのか、中学の息子が万引きで補導されたと聞く。

 お店に向かうと、店長らしき人とお巡りさんに囲まれてうなだれている息子。

 あたしはとにかく平謝りした。

 やがて主人も店に駆けこんできた。


 初犯であること、本人が反省をしていることを踏まえ、今回は指導で済んだものの学校にも連絡が行ってるという。

 そのうち、担任の先生もお店にいらした。

 事が大きくならないよう、あたし達は学校にもお願いをする。

 それから数日はご近所やクラスのママ友の反応を気にして、あたしは食事も喉を通らない日々だった。

 



 ある日の午後。

 どんよりとした空模様のせいか薄暗いリビングで、あたしはテーブルの椅子に力が抜けたように座っていた。

 せっかく家の中が片付いたのに、これってどういうことなのよ?

 断捨離って風水やスピリチュアル的に、良い事が起きるんじゃないの?

 もう家の中が滅茶苦茶じゃない。

 主人も子供達も、あたしの考えは単なる偶然で考え過ぎだって言ってきかない。

 オススメやリコメンドに勝手に変な広告が挿し込まれたり、我が家の情報が盗まれているとしか思えないのに。


 ここ最近はずっとスタンバイ状態になってるスマホの画面は、薄手のカーテン越しに見える重苦しい空の雲ばっかり反射させている。

 まるで今のあたしの気持ちみたい。


 ふと、あのフリマサイトはどうなったか、突然に気になった。

 そもそもあのサイトから情報が盗まれたとしか思えないんだけど?

 いずれにしても出品する予定も無いならアカウントの『はなちゃん903』も消しておいた方がいいよね。

 そう思ってスマホを立ち上げた。



 久しぶりにフリマサイトにログインすると、優良出品者であったあたしの星は急に減ってゼロになっていた。

 それにあたし宛てのメッセージがいくつか届いてる。

 怖くて見る気にもならないけど、親指は知らないうちに画面をタッチしてた。


『お子さんが窃盗をする人ですよね。もしかしたらこれらの出品も万引きで得たものじゃないんですか?』

『いったいどういう教育をしてきたんだか、まったく聞いて呆れる』

『ガキもガキだが、こいつも大概だね。親失格だよ』


 さらに以前コメントした動画投稿サイトやニュースサイトでは、あたしのアカウントに対して辛辣な返信が書かれている。

 どれもこれも、あたし達のことを覗き見てるかのように。


 あたしはスマホを放り投げた。

 どこか隠れる場所を探さなきゃ。

 あたしが周りに殺される。

 このままだと社会的に抹殺される。


 あたしは窓ガラスのサッシを開けてベランダに飛び出した。

 手すり越しに大きく身を乗り出すと、そのままバランスを崩してしまった。

 全身が一気に軽くなる。

 そして、みるみるうちに眼前にアスファルトが――。





「きゃあぁっっ!」

 あたしは自分の声でびっくりして飛び起きた。

 ソファに横になっているうちに眠ってしまったようだ。


 食事をするダイニングテーブルではなく、ソファ前に置かれた低いテーブルの上にはあたしのスマホがぽつんと置かれている。

 そうか。これって結局夢だったのよね。

 そう思い、先程のフリマサイトにログインしてみた。




 夜も遅くなって、玄関のドアが開く。主人が会社から帰ってきたようだ。

 あたしはキッチンに立ってる。

 主人は玄関からリビングルームまでやってきた。

 テレビも点けてない。室内の電気は消えてる。

 今はあたしが居るキッチンのシンクの上のライトだけだ。

「なんだ、ずいぶん静かだな。子供達は今日は塾だったか? 部屋でゲームでもしてるのか?」

 それでも何も答えないあたし。

 するとまた主人の呆れたような声がした。

「どうしたんだ。テーブルの上に何も出てないじゃないか。腹が減ってるから夕飯の準備を早くしてくれよ」

「うん……でもちょっと待ってて。包丁が良く切れなくて、今研いでるから」

「買い替えたのも最近だろう。そんな急にダメになるものか?」

「さぁ? ちょっと堅い物を切ったせいかしら?」


 あたしは研ぎ石から包丁の刃を離した。

 シンクの昼白色のライトを反射させて、その刃は白く輝いている。

 さっき使ったばかりとは思えないぐらい。


 あたしは包丁を持ってゆっくりと主人のもとへと向かった。

「ねぇ、あなた。ちょっと大事な話があるんだけど……」

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