第6話 異世界ホテル『ステラ』の面々

『シッ、シハイニーン!!』

「マサムネさん、走ってはいけませんよ」


 ある日の午後1時。

 こちらの世界のお宿は、厳密なチェックインとチェックアウトの時間は決まっていないようです。

 ですが、人の生活というのは似通っていて、お昼の時間帯は皆さま外で活動中。

 やはり、15時以降にチェックインにお見えになることが多い。


 ──しかし、ここ最近。我が『ステラ』には異変が起きていました。


 数日前から、新規のご予約が途切れてしまったのです。

 今いらっしゃるのはステイのフォルさん、ただお一人。


 ちいさな眼鏡が似合っている受付担当のマサムネさん。走るとパタパタと耳が上下して、とても可愛らしいです。


『ハッ! すみませんデス……。でも、大変なのデス!』

「? どうされましたか」

『イヤガラセなのデス!』

「……いやがらせ?」


 はて。心当たりはないのですが。

 それとも、この状況になにか関連性が……?


『鳥のシガイが、ホテルの前に──ッ!』

「鳥の……、死骸?」


 いったい誰がそのようなことを。


「人為的なもの、なのですね?」

『はいデス。クビを切られて、四羽も置いてあったデス』

「そうですか。……お客様がお見えの際、心苦しく思われるでしょう。鳥さんには申し訳ないのですが、火の魔道具で灰に帰してさしあげねばなりませんね」

『はい、デス~……』


 前世ですと事件扱いにしていただけるかもしれませんが……。こちらの世界ですと、なかなか証拠も掴み辛いですね。


「料理長に、相談してきます。心配かとは思いますが、私が必ず原因を探りますのでマサムネさんはお客様をいつものようにお出迎えくださいね」

『はっ、はいデス!』


 元気よく返事をしてくれたマサムネさんは、そのままお仕事に戻りました。


「いやがらせ……」


 身に覚えのない悪意。

 価格帯は周辺の宿の状況に合わせて調整していますし、お客様に他の方を悪く言うようなことは絶対にしていない。


 となると、私。あるいはステラそのものの存在に悪意を持つ者の仕業。

 もしくは、滞在中のお客様へ恨みを持つ者の仕業。……その両方。


 一番可能性の高い線でいくと、新参者である私のホテルが有名冒険者であるフォルさん。彼の贔屓になっていることへの妬み……でしょうか。それだけで、冒険者たちへの宣伝効果としては最上のものでしょうから。


 同業他社。

 前世では嫌がらせ、……そういった類には遭遇しなかったと思います。

 ホテル業界においても新規参入される企業はあとを絶たず、彼らは真新しいホテルと業界の最新の研究という武器を携えています。


 既存のホテルというものは設備の古さ、価格やプランの見直し、従業員のサービス向上やフリードリンクのようなソフト面でのお客様へのアプローチ。課題が山積みながら、どうやって自分たちを高めてお客様に選んでいただくか。それに忙しかったと思います。


 ですが、ここは異世界。


 魔力を【スキル】という力に変換することができる世界。

 実力で他を排除することもあり得る……か。

 私の事はともかく、お客様と従業員。それから、ご友人の方々には被害が及ばないようにしなければ。


「──なんかあったか、支配人?」

「! グラムさん」


 偶然通りかかったらしいグラムさん。ちょうどいいですね、相談してみましょう。


「実は──」


 最近の状況と、先ほどの件を伝えます。


「……そりゃ、この辺の宿の仕業じゃねぇな」

「といいますと?」

「仮に支配人が思うような妬みだとして、だ。常宿を陥れられて、フォルのやつが喜ぶと思うか?」

「! それは……、そうですね。むしろお怒りを買うというか」

「あぁ。それに、あいつにとっちゃこのくらい恐怖でもなんでもねぇ。

 ってことは、フォルに他の宿に移ってもらいたいってワケではない。……ただ、宿が目立つのは気に食わない。そういうヤツか?」

「あくまで、新店が目立っていることに対しての嫌がらせという訳ですか」


 ふむ。ますます、相手の見当がつきませんね。


「──セイヤ!」

「おや、フォルさん。おはようございます」


 今はお昼ですが、今日はじめてお会いしますので、念のためお目覚めの挨拶から。

 どこか慌てた様子で呼び止められます。


「っ、無事か?」

「? はい、このとおり元気にしております」

「……はぁ。良かった」

「なんかあったのか?」

「いや、……カイスが」

「カイさん?」


 この場にいない、不思議な商人カイさん。

 いったいどうされたのでしょうか。


「……この街で有力な商人の男が、近頃カイスに難癖をつけているらしい。『ステラ』が開業早々から、その……俺や冒険者たちがこぞって利用するのは。カイスが裏で手を回したからだろうと」

「……?」


 私とカイさんはご贔屓にさせて頂いているとはいえ、ふつうの取引をしているだけだと思いますが。


「あー、カイス殿ギライのあいつか」

「あぁ。テモネンド伯爵に取り入って、ここの商業ギルドの顔役だと自認している……ハリバートンだ」


 なるほど。領主様の後ろ盾を得ているわけですか。

 しかし領主様のご意志でしたら、こんな回りくどいやり方はしないでしょう。


「その、どうしてカイさんを目の敵に?」

「ハリバートンは、今でこそ定住商人。

 だが、昔は伯爵子飼いの商人として、各地に赴いて……。俺も商人ではないから分からないが、この街に物が集まるよう、交渉の旅をしていたんだ」

「……んだけど、カイス殿の出身国である華龍帝国。そこだけは、ルートがひとつも広げられなかったらしい。まぁ、魔力に優れた龍人族が治める国だからな。

 土地も広いし、豊かな国だ。この街とわざわざ取引する理由がない。門前払いだったんだと」


 そうか。いくら異能の力があるとはいえ、車もない世界では物を輸送するよりも、物を集めた都市部へと人が足を運ぶ方が商売の効率がいいわけですね。

 この街は迷宮のように、人が集まるには立地条件はいい。

 でもはじめから栄えていたわけではなかったのでしょう。


 この街に行商人が立ち寄るよう、……訪問営業というのでしょうか?

 ハリバートンさんにそれをお任せしたのですね。

 テモネンド伯爵は、聡明なお方のようです。


「まぁ、そんなことがあってな。伯は、今やカイス殿にも目を掛けている。カイス殿はハリバートンのことを……まったく相手にしてないんだろうが。ヤツ自身は、勝手に自分の地位を脅かす者だとでも思ってるんじゃないか?」

「なるほど……。カイさんが祖国の商品をこの街に持ち込んで商売すること自体、気に食わない方なのですね」

「そういうこったな」

「困りましたね……」


 ということは、合理的な理由があるわけでもなく。個人の、私怨による嫌がらせですか。

 今のところ、着地点が見えませんね。


「それで? 支配人が無事かってのは、どういうことだ?」

「あぁ。あいつはどうも、ここ最近ならず者を金で雇い入れているらしい」

「それほどまで?」


 出る杭は打たれる……ですか。異世界だと、喧嘩っ早いのでしょうか。

 もしくは、よほど龍人族の国に思い入れがあったのでしょうか?


「い、いや。その……あいつは。カイスは、バカだから……」

「ケンカでも売ったか?」

「もともと、一週間ほど前に商人の定例会で言い掛かりをつけられたらしい。仕返しとばかりに伯爵の前で、昔の話を蒸し返したそうだ。

 ……『我々は種族ではなく、人を見て判断したのだ』と」

「「あぁ……」」


 容易に想像できるのは、気のせいでしょうか。

 しかし、当時のお話をご存知のカイさんは、やはり重要な人物だったのでしょうね。


 ハリバートンという方は、この街を発展させた自負がおありでしょうから……。

 領主様の前で、プライドを傷つけられた。そう思われたのかもしれません。


「ヤツは黒い噂もあるからな。……伯の知らないところで、こういう実力行使もしてきたんだろう」

「カイさんと直接対決する気概はないですが、カイさんと懇意にしている店が失脚すれば……。ご自分の地位を確固たるものにできるとお考えですか」

「だろうな」

「ふん。気の小さい男だ」

「ですが、お話をうかがう限り。この街の発展に尽くしてくださった方なのも事実。

 ……できれば、穏便に事を済ませたいのですが」


 そのならず者とやらが私だけを襲う保証はありませんからね。


「支配人、やさしすぎ」

「そうだぞ。二度と刃向わぬよう、徹底的にやるべきだ」

「ふふ。フォルさんがおっしゃると冗談に聞こえませんね」

「本気だからな」


 今のところ直接的な被害は一度だけ。これは、数日様子を見るべきでしょうか。しかし、長引けば他の方への影響が……。嫌がらせは、今夜も続くでしょうか?

 ならば、


「その、御二方」

「「?」」

「今夜……ご協力、願えませんか?」


 お客様のフォルさんにもお願いするのは気がひけますが……。

 ここはひとつ、証拠を押さえましょうか。



 ◇



 夜。

 ふだんは私も、グラムさんも、ホテル内にある従業員用の個室で寝泊まりしています。グラムさんは気が向けば自宅へ帰るみたいです。


「(今夜はなにすんだろうな)」

「(生物以外でお願いしたいのですが)」

「(そういう問題か……?)」


 夜間私が外に出ることは少ないので、そう襲われる可能性はない。

 であれば、ならず者を雇った理由は嫌がらせの実行犯として。なにかあればすぐ尻尾を切れるように、ということでしょう。

 怖がらせるというよりも、目を付けられていることを認識させるのが目的でしょうか。

 それで自主的に廃業すれば御の字。

 もし、効果がないようであれば……さて。何をしてくださるのでしょう。


 フロント横のロビー。

 カーテンを開け、明かりもつけず。気配をひそめて外をうかがえば、なにやら二人分の人影がうごめく。


「(おい、アレか?)」

「(さぁな。聞けば早い)」

「(あれ、なんでしょう?)」

「(ゲ。……臭いが強烈なヤツ)」

「(おや……)」


 わずかな街の明かりに照らされる様は、泥水を玄関先にまいているように見えますが……。きっと、動物の糞が混じっているのでしょうね。


 異世界の嫌がらせも、やはり命を獲るとまではいかないんでしょうか。

 それともカイさんの報復を恐れて……?


「────おい」

「あ」


 考えていると、フォルさんが先に飛び出してしまいました。

 手伝っていただくとはいえ、お客様ですのに……。


「なにやってんだ、お前ら?」

「ふぉっ、フォルニール!?」

「そっちはグランハルムか!」


 やはりお二方は有名なようです。


「──ってことは、そっちの奴が……セイヤか!」

「!」

「やっぱこいつら、支配人狙いか」


 ……やはり異世界。そう甘くはないようです。


「おい! 仕事だ!」


 なるほど。二人で作業をされていたのは、油断させおびき寄せるためでしたか。気配がまったく感じませんでしたので、どなたかのスキルでしょう。


「そいつら二人はどうでもいい! あの細っこい男をやれッ!」

「オウ!」「まかせろ!」


 いくら異世界とはいえ、魔物以外に敵意を向けられるのは初めてです。命まで狙われているようですから、身体は恐怖からか震えています。

 ……ですが、ここは私のホテル。創造者である私が、お客様や従業員を置いて逃げるわけにはいきません。

 総勢六名。彼らは、お客様に非ず。


「グランハルム、お前はセイヤを」

「おう。……支配人、オレから離れんでください」

「はい」

「──いくぞっ」


 玄関先で大乱闘。前世であれば、大変なことです。

 フォルさんは手近な相手を捉えると、一瞬でスキルを発動して槍を握ります。相手が大きく剣を振り上げれば、待っていましたとばかりに腹部を打つ。

 男が吹っ飛ぶ先は、──『ステラ』。


「【アサイン】」


 男が建物に到達する前に、男専用の小部屋を創造します。見えない壁に打ち付けられた男は、ずるずると地面へ落ち、そのまま気を失いました。


「ナイス、支配人」


 念のため大乱闘の音がプーケ達に聞こえないよう、ステラの外壁に【防音】を施しておきました。固有スキル、便利ですね。あまり調子に乗ると魔力が尽きる恐れがあるため、長時間の多用はできませんが。


「おりゃあああ!」

「【聖剣招来グラム】」


 フォルさんの猛攻を仲間が受ける間、こちらに来ようとした者はもれなくグラムさんによって阻まれます。

 お二人とも私の意図を汲んでか……。なるべく血を流さないよう気を配ってくださっています。お優しい方々です。


 私を傷付けようとした者は、グラムさんによって膝蹴りを受けました。


「……ぐッ、は」

「?」


 フォルさんは三人の方を。グラムさんは一人沈めて、もう一人と。

 あと一人は……どちらへ?


「────、支配人っ! うしろだ!」

「っ!」

「死ねッ!」


 ──闇に紛れるスキル!

 背後から突然現れた刺客に、私はぎゅっと目を瞑るしかありませんでした──




「──っ、…………?」


 ドサリ、と音が聞こえたかと思うと。私はいつかのように、また宙に浮いています。今度は文字通り……宙に。


「……風の魔法?」


 ふわふわと私を宙に浮かべるそれは、風の膜とでもいうのでしょうか。

 目に見えない何かに、どこか守られるように掴まれています。


「……まったく。目が離せんな」

「! カイさん!」


 襲ってきた者との間に立っていたのは、封印を解いた姿のカイさん。長く紅い髪は暗闇でもよく映えて、そのお姿は堂々と感じられます。ふだんより細められ、鋭くも妖しい瞳は思わず恐怖すら抱きます。


「──カイスッ! 遅いぞ!」

「はー、危うく支配人の前で殺すとこだった。助かったぜ」

「そもそも、なぜセイヤが?」

「え?」


 むしろ、なぜカイさんがここに?


「おおかた、自分から証拠を集めようと動いたのだろうが」

「よく分かってんねぇ」

「……止めるのも、おかしい話だろ。仕方ない」

「あの?」

「大人しく、守られていればいいものを」


 もしかして、カイさん。

 フォルさんに私を護らせている間に、ご自分で解決なさろうと……?


「お気持ち、大変うれしいです。……ですが、私に大した力はありませんけれど。それでもあなた方は私の大切なお客様であり、部下であり、友人なのですから。一人だけ安全な場所で待つなんて、できませんよ」

「「「……」」」


 率直な気持ちをお伝えすれば、皆さま何やら黙ってしまいました。

 カイさんに至っては、少年のお姿に戻ってしまいます。どうしたのでしょうか。


「支配人の、そういうトコだよなぁ」

「……」

「お……、おかあさーん!!」

「違いますよ?」

「しかし……その。

 セイヤは、っ……あたたかい」

「わかる~~」

「お、珍しく意見あったな」

「「チッ」」


「で? あとはこいつらに首謀者吐かせて、……乗り込むか?」

「でしたら私も参りますよ」

「「「え!?」」」


 そんなに驚くことでしょうか?


「あ、危ないからボクに任せときなって!」

「経歴をうかがった限り、ハリバートンさんは生粋の商人ですから。私がどのような想いでホテルを経営しているかお話すれば、分かってくださると思うんです」

「でもさー、あいつボクが嫌いなだけかも……」

「そのことについてですが……。憧れというものは、時に思いもよらない感情を招くものです」

「?」

「彼は商人として、よほどカイさんの国に思い入れがあったのではないですか? それこそ、達成したい目標だったとか」

「まぁ、商人なら誰しも憧れる国ではあるだろうな」

「案外、拗ねていらっしゃるだけかもしれませんよ」


 まぁ、あくまで他人から見た限りは……ですからね。

 ご本人に、うかがいましょう。



 ◇



「やぁやぁ、ハリバートン。この度は、よくもやってくれたなぁ~?」


 カイさん、目が笑っていません。

 商業ギルドの商談室。

 襲ってきた男たちも彼の名前を吐き、その旨を手紙で報せ、今日の場を設けていただきました。もちろん、ギルドの方には細かな事情は内密です。彼は、この街の商人たちの礎を築いたお方。今回の所業を報告するのは……、彼の本当の想いを聞いてからでもいいはずです。


 ハリバートンさんは身長が170cmの私より小柄で、旅をする行商人というよりは裕福な商人といった服装。貴族と言われても疑わないでしょう。ご年齢は、50歳ほどでしょうか?

 私とカイさんの向かいに腰掛け、背後にはお付の方が二人いらっしゃいます。


「本来ならテモネンド伯に即言いつけてもいいんだが……、うちの支配人。やさしいからなぁ」

「ふんっ。セイヤに感謝しろ」


 こちらも……なぜか背後にグラムさんとフォルさんが、当たり前のようにいらっしゃいますが、まぁ良いでしょう。


「はじめまして、セイヤ・エイフクと申します。

 宿を意味する『ホテル』の、『ステラ』で店主をしております」

「ふんっ、知っとるわい」

「恐れ入ります」


 にっこりと笑顔で応じます。


「この度は、私共のホテルを……随分と気にかけていただいたようで」


 優位な姿勢を崩さないご様子ですので少しばかり、反論を誘ういじわるな言い方をしてみます。


「若造が……ッ。あまり調子に乗るでないぞ!」

「「「あ゛?」」」

「──ヒィッ!?」

「三人とも、抑えてください」


 私の代わりに感情を表してくださる皆さんは、本当にお優しいかぎり。


「ハリバートンさん。私のジョブとスキルは、宿泊業に関するものでして。一見すると、不思議な経営状況が見られるかもしれません。

 ですが、私は……よりよいものを、お客様の予算内でとは常々思いますけれど。なにも、同業の方からお客様を奪うというやり方はしていません。

 そもそも、なにかを売る際に選ぶのは他ならぬお客様です。……皆様に喜んでいただきたい。  そのための努力は惜しみませんが、部屋数は無限ではない。旅人が多く訪れるこの街の需要を独占することなど、どのみち不可能なのです」

「ぬぅ……」


 彼は貴族の覚えがめでたい商人。……とはいえ、彼自身が貴族ではない。仮に黒い噂があっても、住民が統治者でない彼を非難するには理由が弱い。

 手段はどうあれ、怪しい商人を街から排除するというのは領主様にとってもわるい話ではありません。もしかすれば、領主様はあえて彼の所業を見逃しているのかもしれませんね。


「ですからもし、私がカイさんに対して……賄賂を勘ぐっていらっしゃるのでしょうか? そういったものを提供しているとお思いでしたら、まったくの誤解です。……そもそも、カイさんがあなたに興味を寄せず、私に関心を寄せることに商売は関係ありませんよ」


 これは、言葉の比喩でもなんでもなく、事実。


「てぇと?」

「はい。カイさんは、私の魔力量に興味があるだけですよ」

「な、なんじゃと?」


 思いもよらない理由に、ハリバートンさんも驚いています。


「さっすがセーヤだなぁ! ボクのこと、よぉく観察してるんだね~。……けど、もちろんそれだけじゃぁないよ?」

「恐れ入ります。……この通り、ホテルに対する真剣さも評価していただいておりますので。領主様にご報告できないような、やましいことは何もありません」

「むしろ、あんたの方がやましい事が多いんじゃないか?」


 フォルさん、ここぞとばかりに遠慮がないですね。


「ぐっ……ッ」

「ハリバートンさん、私は……。この街で、皆さんに静かな夜を提供したいんです」


 それは私が前世でも職場に対して抱いていた、信念のようなもの。


「日が沈むころ、思い出すような。……帰るのが待ち遠しいような。安心して、眠りにつけるような。旅人の皆さんにとって……そんな、宿にしたいんです」


 冒険者という、私からすれば『非日常』な職業。

 そんな彼らがいるような世界にとって、心休まるとはどういう状況なのでしょう。

 フォルさんを通じて垣間見たそれは、ほんの一例。

 冒険者以外にも、前世にはない職業の方がいたり、思いもよらない事情を持つ方がいたり。


 『旅人や客を暖かくもてなす』、ホスピターレという言葉が幾度か転じて名付けられた、ホテル。


 私は、さまざまな理由で諦めた支配人という立場を、この異世界のおかげで再び挑むことができる。


 それも──


「ん?」

「……?」

「なーに?」


「いいえ、何も」


 皆さんの顔を見渡せば、未知の世界であってもどこか恐れはありません。『ステラ』には、プーケたちもいます。

 私は、なにも一人で挑まねばならないわけではない。

 前世とはちがう、お客様すらも巻き込んだ安息の追及。


「あなたにとってのこの街が、……私にとってはあのホテルなのです」

「……」


 彼はきっと。自分と領主様と共に造り上げたこの街を、商業の発展を、大切に思っている。だからこそ、卑しく商売する者には一切容赦はしないのでしょう。


「それに、あなたもご存知のように。気高い龍人族の皆さまは、お金で動くことはないでしょう」

「……そう、じゃな」


 彼は若かりし頃。それを見抜くことが出来なかったのではないでしょうか。

 だから、私に嫉妬のような感情を向けている。


「なんだよ、わかってんじゃん」

「儂は……」

「共に、創り上げませんか?」


 私は、私のホテルを。

 あなたは、あなたの大切な街を。


 人には人の思う、大切なものがあって。

 それが同じではなくても、分かり合うことはできると思うんです。


 私にとって、この異世界で偶然出会った素敵な方々と築き上げる【ホテリエ】としての未来。

 それがなによりの夢であり希望なのです。

 まるで……、夜空に輝く星のようではありませんか。

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異世界ホテル『ステラ』の面々 蒼乃ロゼ @Aono-rose

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