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2023年ご挨拶と『竜主』SS


 新年あけまして、おめでとうございます!
 読者の皆さまにおかれましては、拙作を読んでいただきありがとうございます。

 昨年は個人的にも創作活動としても、さまざまなことがありました。
 今年もまた環境の変化が予定されておりますが、体調には気を付けてマイペースに創作活動を続けていこうと思います!

 皆さまも、お体には気を付けてよいお年をお迎えくださいませ。

 少しは更新せねば……ッということで、『竜の主は導かない』よりSSを下の方に載せております。
 本編を読んでいただいてから、ぜひご一読いただけると幸いです。

 よいお年を~!












==========


「────、……またかよ」

 始業の時間。
 主の部屋へと続く扉を、何の遠慮もなく開け放つコール。
 目の前にはいつも通り、華美な装飾のない整った部屋。
 それから朝の支度が早い主の姿と──。

「おはよう、コール」
「遅いぞ」
「遅くはねぇよ」

 いつもの如く、柔らかな笑みを浮かべる雇用主。
 その傍らには主を異様に慕う者。
 青みがかった銀の髪が、初めて会った頃よりも随分と伸びた男。
 整った顔立ちは、コールの姿を捉えるとわずかに歪められる。

 関係性を一言で表すなら、『同僚』。
 男のことを一言で表すなら、『フィンス至上主義者』だ。

 今日は非番だというのに、朝から主の世話をする男は相当な変わり者だろう。
 そもそも護衛として雇われているのに、男──ユハの仕事ぶりはまるで貴族に仕える執事を思わせる。
 曰く、『趣味』だそうだ。

「フィンス様をお待たせするな」
「時間ちょうどだっての」

 コールが護衛としてフィンスと行動を共にするのは朝8時から。
 今は7時58分。
 それまでは屋敷自体の警備に就く者はいるし、使用人もいる。
 フィンスが護衛と称して冒険者を雇っているのは、”基本的”には仕事柄外出が多いからだ。

(遅くはねぇけど……まぁ)

 人によっては、もしかすれば遅いと感じる時間なのかもしれない。
 ヒトの言う『ふつう』とは、これまた人によるから質が悪い。

「ふふ。朝から賑やかだね」

 フィンスは椅子に腰掛け、ユハの淹れた茶を優雅に飲む。
 その光景を見る度に、コールはヒトの関係性というものを不思議に思う。

 仕事において、フィンスはユハの雇用主。上司だ。
 商人であるフィンスが、冒険者であるユハを雇うことに何らおかしな点はない。

 ただ、ウィルブラント王国において。
 ヒトの定めた身分とやらを考えると、侯爵家の者であるユハがいち商人に仕えているというのは……。
 やはり、『ふつう』とは言い難い。

 そもそも彼が冒険者をしているのもおかしな話ではあるのだが。

「今日は出掛けんのか?」

 フィンスの正面に腰掛けようとすると、ユハが睨んで制す。
 仕方なくコールは、ソファへと腰掛けた。

「今日は、ディーゼに付き添う日だよ」
「あぁ? ……そういや、そんなこと言ってたか」
「はぁ。こんな奴にフィンス様を託すなんて……」
「いや、こいつはユハのもんでもねぇだろ」
「フィンス『様』だ、馬鹿者」
「あーハイハイ」

 手厳しい。
 コールとフィンスの本当のところを知らないユハにとって、コールはただの失礼な冒険者。
 そう、映っていることだろう。

(まぁ、間違いじゃねぇわな)

 他の竜がどうかは知らないが、コールはフィンスに対して……敬意。
 それにより力を貸すと決めたわけではない。

 ただ、興味がわいた。それに尽きる。

 ヒトは竜より確実に弱い存在で、何らかの意義があり竜は彼らを守ろうとする。

 そう、思ってきたのだが。
 竜と同等の力があるというのに、それを使うことなく『ふつう』に生きたい。
 そのために、自分を竜に守らせる。

 後にも先にも、こんな変わったヒトは居ないだろう。
 そう思って、コールは今ここに在る。

「ところで、コール。忘れるなよ」
「あ? なにが」
「次の酒代は、お前にツケておくからな」
「……酒だぁ?」
「おや、もう忘れたのかい? この間、勤務を代わったじゃないか」
「? …………あぁ。アレか」

 そう言われると、コールは先日の出来事を思い出した。

「ったく。本来、酒でどうこうできる損失ではないのだがな」
「そんなにこいつと居たいのかよ」
「当たり前のことを聞くな」
「こわ……」

 ユハ=ユールハウゼン・フォン・リグニッツ。
 リグニッツ侯爵家の一員であり、優れた剣と魔法の腕前をもつ元騎士。
 建国当初から王家を支える名門一族の彼は今、一介の商人に絶対の忠誠を誓っている。
 事情を知らない者が見れば、疑問符が並べられることだろう。

「ユハも着いてくりゃいいだろ」
「それが出来ればお前に小言はいわん」
「自覚アリかよ」
「今日は西方から納品があるからね。私が行けないから、ユハに調整係をお願いしているんだ」
「西? ……っつーと、レガードの隊か」

 日に焼けた肌をさらけだす、自分とは対照的な男をコールは思い浮かべた。

「ふん。あいつもお前も、細かい作業が出来んからな。私が行かないと、フィンス様にご迷惑が──」
「いつも助かるよ、ユハ」
「!? も、もったいないお言葉です……!」
「ちょろいな」
「何か言ったか?」
「いいや、ナニモ」

 主以外には決して心開かないと言わんばかりの翠の瞳が突き刺さる。

「それにしても、いい香りだね」

 二人の攻防を知ってか知らずか、のんびりとした様子でフィンスは言う。

「実は、こちらの茶葉はライナ殿からの差し入れだそうですよ」
「姉様の?」
「めずらしいこともあるもんだ」
「一応、私含め数人が飲みましたので……他意はないかと。なんでも、昨日は機嫌が良かったとか」
「ふむ、昨日か……。先日の品が良かったのかな」
「そうかもしれませんね」

 今や大商人と呼ばれるようになったエルランド家。
 長女であるライナは、庶民、貴族向け問わず娯楽や茶、美容といった嗜好品に関する部門の責任者だ。
 先日フィンスは、自分の販路のために仕入れていた美容にいいとされる生薬を、ライナに融通していた。
 それが貴族なり街の娘なりに好評だったのだろう。

「ローウェンのものだそうですよ」
「北のか、なるほど」
「あっちは今、雨季だろ」
「ローウェンの収穫期は雨季を挟んで主に二回。これは前期のものだと思うけれど……にしても品がいいね。花のような深い香り。味も、渋みは少ないが茶の苦味がないわけではない」
「一番イイのは雨季のあとのか?」
「そう。……だけど、私のような庶民には、正直どちらも同じように素晴らしく感じるね」
「よく言う……」
「っフィンス様、そろそろ──」

 言いだした側のユハが、なぜか辛そうな顔をする。

「あぁ、時間か。ユハ、ありがとう。明日は二人で護衛の任だったかな? 今日はあちらをよろしく頼むよ」
「はい、お任せください。……では」

 名残惜しそうにフィンスをじっくりと目に焼き付け、部屋から去っていく。

「……北、ねぇ」
「雨季の雨というのは、あちらでは『竜の泪(なみだ)』とも言われるのだろう?」
「まぁ」

 部屋の付近に人の気配がしないことを確認し、コールは言う。

「アイツが守護することを決めた……祈祷師、だったか。そいつと出逢ったのが五月」
「……死に別れたのが、そのひと月後か」
「以来、あの国で水不足に陥るようなことはない。魔物とかは別だが、天候による水の災害もないな」
「そう」

 北の国に伝わる竜の伝説。
 青竜は、水を司る竜だという。

「いつか……、青竜の逸話を現地で聞いてみたいものだね」
「アイツもアイツで変わった奴だからな、どうだか。……それより、他の竜といやぁ先に挨拶すべきなのがいるだろ」
「ん?」

 ティーカップに口を付けながら、フィンスはきょとんとコールを見る。

「あんたさぁ。一応この国も、竜信仰の大国だろーが」
「……あぁ! それもそうだね。ふつうのヒトとして過ごしていると、やはり竜は伝説というのか。そう思ってしまうものだからね。赤竜は、どんな方なんだい?」

 目の前に、正にその存在がいるのに。
 フィンスはずば抜けて賢いのにどこか抜けている、そう思わせる節があるなとコールは思った。

「つっても俺は他の竜とも交流する方じゃなかったし。
 最後に集まったのは、彩竜が降誕した時だからなぁ。あんま記憶ねぇけど」
「……? 君には、後輩の竜がいるのかい?」
「後輩ってか、なんていうか」

 現在も伝わる竜の伝説。
 その中で最も新しい逸話の持ち主である竜を思い浮かべた。

「へぇ、意外だね」
「どういう意味だよ」
「末っ子気質だったから、てっきり」
「ハァ!? …………いや、意味はわからん。わからん。が、褒められてねぇのは確かだな」
「ふふ。想像に任せるよ」

 未だ穏やかに微笑む主を一通り睨み終えると、コールは息を吐いて足を組んだ。

「……赤竜といやぁ、この国。まだ次代の王族に継承者はいないのか」

 ヒトとも、他の竜とも関わり合いを持たなかったコールにとって、縄張り意識というものは皆無である。
 だが、他の竜がそうであるとは限らなかった。
 一応暮らす国については関心を寄せていた。

「貴族の間でも話題のようだね。昨今は戦がない代わりに、権力争いというものが表面化しているから……。現在の王の御子たちに、赤は受け継がれていない。このまま現れなければ、王家の威光すら──。……赤竜は、どういう基準で王族に魔力を分け与えているのだろうね」
「知らねぇ。俺たちは別に、血縁者も必ず守護しないといけないって決まりはねぇ。
 アイツの基準だと、王族はみんな守護の対象みたいだが……。どうせ今もどっかでこの国を見守ってんだろ」
「そう」
「ユハの家は、大丈夫か?」
「どうだろう。時代の変化に、飲み込まれなければいいけれど」

 リグニッツ侯爵家は、代々優秀な騎士を輩出する一門。
 先祖は建国の折、ウィルフレッド一世の側近として国のために尽力したと聞く。
 要は、真面目な忠臣。国や王に、身を粉にして仕える。
 堅く実直な家柄であった彼らは戦のない平和な時代がくると、不正や怠惰がはびこる貴族社会にはうまく順応できなかった。
 そのため由緒正しい侯爵家でありながら、貴族社会での地位はそう高くないようだ。

「あんた、ユハを──」
「私は別に、彼を救ったとか。そう、大それたことは言わないよ」
「……いや、そうじゃない。ただ、アイツをどうしたいんだって」
「なにも? 彼の望むままに。……国仕えの騎士に戻るのなら、それも良い」
「騎士はそう易々と、主君を変えたりしないだろ」
「コール」
「あ?」
「私は……、きちんとやれているかい?」
「なにを」
「ふつうの、商人を」
「……」

 言ってやるべきだろうか。
 『ふつう』なワケ、ないと。

 だがコールにとって、フィンスが確かめたくなる理由がよく分かる。
 異端であった者からすれば、何をもって『ふつう』と言えるのか。
 それが手探りで見つけ出すものであり、それに近付くことすら難しいことであることはよく分かっていた。

「だいたい、俺に聞くのが間違ってんだろ。ユハにも事情を話してやりゃいい。あいつなら問題ない」

 竜である自分がそう言い切れるのもおかしな話だ、とコールは自嘲する。

「コール。……私はね、100パーセント自分の居場所がここであると。そう言い切れるほど、自分の力を過小評価してはいないよ」
「ふぅん?」
「改めてこちらの世界を俯瞰して見ても……やはり、前世と比べて魔法の習得というのは時間がかかるもののようだ。全属性の魔力から、一つの属性を抽出する……。その工程が、そうさせるのだろうけれど」
「あんたから見ても、自分の力ってやつは異常なワケだ」
「そう。だから、君の力が必要な”ワケ”だけど」
「あー、そうかよ」

 こういうところは誤魔化さずに伝える。
 だからこそ、コールはフィンスの言葉に気恥ずかしさを覚える。

「俺たちには変容を司る……、ヒトっぽく言やぁ、上司? の加護がある。……姿かたちを変えて、全くちがうヒトとして生きることが出来るが、あんたは違う。そうだろ?」
「私は、どうあっても『フィンス』だからね」
「だから、あんたはあんたでなくちゃならない」
「もちろん。私は私であることから、……逃げたりしないさ」
「だったら、なにがそんなに不安なんだ?」
「……ユハも、レガードも。ディーゼも、他の部下たちも。『フィンス』として守ってやりたいと思う者ができていくほどに、私が私であることが……困難だと思うんだ」
「前世の力使っちまえば早いのに、って話か?」
「それもあるね。君も私も、そうだっただろう? 他人との関わりを絶っていれば、自分の力を使うことに、他人は関係ない。その力が恐れられることも、妬まれることも……何もないからね」
「突然性格が変わっただけでも、そうとう驚かれたみてぇだからな」
「うん。やはり、人というのは……変化を恐れる。それでいて、現状に満足できないという性質も併せ持つ。私にはどうも、まだ掴めない感覚でね」
「そりゃー300年も生きてりゃ、いろいろ変化もあっただろうしな」
「だから、例えば……ユハが私の元を離れても。それはそれで、仕方ないというのか。そういうものであると、私は容易に納得できる。……うーん。うまく言えないのだけれど、私はふつうの人より、一つ一つの事柄に心を砕いていないのではないかなと」
「そうか?」
「そうだと思うよ」
「ふーん? でも、アレだろ。どうせ『ふつう』の基準ってのも、人によって変わるんだし。あんたがそう思っていても、他人がそう思うとは限らんだろ」
「まぁ、そうかもしれないが……」
「考え過ぎだろ。あんたがふつうを目指してんのは知ってるが、だからと言って何でもかんでも他人の基準に合わせる必要はねぇよ。そしたら、『あんた』って要素はどこいったって話だ」

 感じたままを伝えたコールであったが、その言葉は想像以上にフィンスの心へと到達した。目を見開き、そして思案する。
 「なるほど」と唸ったかと思うと、今度は笑んだ。

「……ふふ。まさか、竜である君にヒトのなんたるかを説かれるとは」
「いや、あんたがふつうのヒトじゃねぇからだろ……」

 やれやれ、と言った様子でコールは応える。

「──当ててやるよ。あんたが不安なのは、ユハのような純粋に『フィンス』を慕う心の持ち主に、自分が『ふつう』のヒトとしてその想いにうまく応えられるのか。……ふつうを勉強中の、大魔導師さまならではのお悩み……ってか?」
「ふむ。やはり、そうなのだろうね」
「はぁ、贅沢な悩みだな」

 悩むほどのことじゃない、と。
 そう口に出さないのは、その困難さが分かるが故だろう。


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