第5話 聖騎士の忠誠

「仕入れたいもの、ですかね?」

「はい。ちょうどカイさんがお見えでして。今、フォルさんとお話されている最中なんです」

「話ってか……、ありゃ言い争いだな」

「ふふ。案外、お二人はいい関係性だと勝手に推測いたします」

「支配人、他人事だもんなぁ……」

「え?」

「いや」


 年齢は38歳だというグランハルムさん。元騎士として鍛えられた体格と、頼れる性格から、どこかお兄さんのように思えます。

 私はお仕事中、『料理長』とお呼びしたいのですが……。ご本人の希望もあり、グラムさんとお呼びすることも多いです。


「調味料は……この前カイス殿が持ってきたものを仕入れたし。今週のメニューは決まってる。 支配人と買い出しに行きゃ事足りるな。他……なんか、あったっけか」

「むりにとは言いませんよ。あればで構いません」

「あぁ、プーケたちにも確認してみますわ」


 そう言うと、今日の料理担当のプーケ──女の子のクルミさんと、男の子のモカさんのところへ。クルミさんは茶色の毛が木の実に似て可愛らしい外見。モカさんは、グレーの毛色をしていて、お二人ともコック服を身に纏っていらっしゃいます。


「────もしありゃぁ、魔獣の肉が欲しいそうで」

「魔獣、ですか!」

「見た目に反して、旨いヤツもいますからねぇ」


 食用の動物と同じような姿をしている魔物を、魔獣と呼ぶこともあるそうです。

 魔物にはさまざまな種類がいるそうですから、食べられる魔物。という区別でしょうか。

 たしかに、野営も行う冒険者にとってなじみ深い味なのかもしれません。


「では、カイさんに聞いてみましょうか」

「あー、オレも行きますわ」

「はい」


 お声が他のお客様の部屋に響くといけませんので、二人は応接間にご案内いたしました。

 ……ヒートアップ、していなければいいのですが。



 ◇



「「……」」


「──だから! お前は商人なんだろう!? セイヤの周りをうろつくな!」

「バカだなぁ、フォルニール。知らないのか? 宿の主人ってのは、商人と密な関係を築くものだ。……これだからソロ専は。視野が、せっま~いんだな」

「なん、だとッ……!」

「ふーん。……やる?」


 やはり、お二人の関係性に進展がみられたというのは……気のせいだったのでしょうか。


「あの、お二方……」


「後悔するなよ? 竜騎士のスキルには、お前に特効のスキルがあること……知っているんだろう?」

「ハッ。人間さまのスキルなんて、ボクには効かないねぇ?」

「言ったな?」

「あーぁ、言ったさ!」


「そろそろ、お話を……」


「覚悟しろ」

「のぞむところだ!」


「聞いてください……」


 これはダメそうですね。どうしましょう────


「【聖剣招来グラム】」

「「「!」」」


 グラムさんが何かを唱えた途端、その手には剣が握られていました。私が先日振るった剣より、遥かに長い剣。言い争う二人の間を、まるで審判が止めに入るように剣で遮ります。


「支配人の前だ、やめときな」


 グラムさんがそう言えば、お二人は驚いたようにこちらへ向き直ります。


「せ、セイヤ!?」「セーヤ! いつのまに」

「あの、先ほどからおりました」


 よほど白熱していたのでしょうね。


「す、すまない」

「ごっめーん、セーヤ。でもさ、フォルニールがいけないんだよ?

 ボクに、セーヤから離れろってうるさくってさぁ」

「誇張するな!」


 うーん。こちらの世界での商人の方との距離感は、私もよく分かっていませんから……。もしかしたら、親しくし過ぎているのでしょうか?


「そうでしたか。……ですが、お二人とも私のことを考えてくださったのですよね?」

「「え?」」

「支配人、甘いって」

「未熟な宿の主人ながら、高名な冒険者の方や、実力者の商人の方に気にかけていただいて……。私はほんとうに、幸せ者ですね」


 にっこりと笑顔も添えてみます。

 お二人は、やさしい方々ですから。


「「うっ……」」

「ですから、これからもお二人にはお世話になると思いますが、何卒よろしくお願いいたします」

「「…………、ハイ」」

「なんだかんだ、支配人が一番押し強いんだよな」


 まさかそんな。私はあくまで、お二人に礼を述べたまで。


「それにしても、グラムさんはさすが元騎士さまですね。剣士……のようなジョブでしょうか?」

「ん? オレぁ【聖騎士パラディン】ですよ」

「聖騎士! カッコいいですね、まさに騎士のイメージです」

「んな褒めなくても、ちゃんと支配人のことは守ってさしあげますよ」

「グラムさんは、料理人なのですから。そこまでしなくても──」

「そうだぞ! セーヤにはボクがいるからな!」

「……俺がいるから、お前の出番はないぞ」

「なにー!?」

「しー。お休みになっているお客様もいらっしゃいますから。どうぞ、お静かに」

「す、すまない」「ごめーん」


 いくら応接室とはいえ、お声が漏れないとも限りません。


「……ここ、思い出すなぁ」

「ふふ。そうですね」


 グラムさんと初めてお会いしたのは、ホテルの開業前。

 【ホテル創造】で外観を整え、自分の寝床を確保し、開業準備に取り組んでいた時のこと。【クルー召喚】を覚えたてで料理担当の方をどうしようか悩んでいた頃、偶然出会いました。


 その日。異世界の食事情はどうなのかと、カイさんにお借りした初期投資費用を使って市場で買い物を終えた帰りのことでした。


 『ステラ』をどこか遠い目で眺めて立ち尽くす、グラムさんの姿がそこにありました。

 今では考えられない、どこか生気を感じられない表情。

 なにか思いつめていらっしゃる方だというのは、一目で分かりました。


「開業前、ここに通されて。……支配人が料理、作ってくれたんだよな」

「はい」


 今でも詳しい事情はお伺いしていません。ただ一言、「友を喪った」と。そう、おっしゃいました。それが、彼にとって何よりも大切な者だったのは明白。

 『ステラ』を見上げていたのは、単純に初めて見る店だったから。

 本当に偶然通りかかっただけのようです。


 私はその時自分にできることとして、買ってきた食材でグラムさんに料理を作りました。玉ねぎに似た野菜をお肉と一緒にじっくり煮込んだスープ。店主にこの辺りでよく食べられるレシピを教わっていましたので。


 茫然とした様子で応接室に座るグラムさんは、どこか帰る場所を失った方──そんな気がして。心が落ち着くまでここに居てもらおうと、あえて時間のかかるものを。

 開業前ですので、お客様としてではなく、なにかに悩む方の助けになればと。ただその一心で。


 その料理が実は、遠征の時によく野営で作っていたものだったようです。

 一口食べたグラムさんは……涙を流していました。


「味覚ってのは、不思議なもんだよな。

 食べただけで、当時のことを鮮明に思い出す」

「……そうですね」


 恐らくグラムさんは、同僚の方を喪った。共に遠征に行った時のことを思い出したことでしょう。私は偶然それを作ったわけですが、グラムさんにとっては思い出の味だった。


 その後私も向かいに座ってスープを味わいました。そうして、落ち着いたグラムさんに『ステラ』について尋ねられ……今に至ります。


「俺にとっては、料理だったんだ」

「……はい」

「支配人にとってのそれが、この『ステラ』ってんなら。

 オレは、全力で守らせていただきますよ」


 人との想い出。

 ぬくもりを感じるもの。

 ホーム。


 言葉にし難い、けれど皆が抱くもの。

 グラムさんは友と、料理。

 私にとってのそれは、ホテル。


「それはもちろん、私にも言えることです」


 もしそれを脅かすものがあるとすれば……。

 私も全力でお守りしたい。そう、思うのです。

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