第4話 高貴なる商人


「──セーヤー!」

「はい、カイさん。いらっしゃいませ」


 本日も、プーケとグラムさんと共にホテル『ステラ』は営業中。

 マサムネさんに呼ばれフロント横に来れば、東洋の雰囲気を漂わせるカイさんこと、カイスさまのお姿。

 紅い色の髪は見ているこちらまで元気が出てきます。

 先日と違うのは、差色が緑のお召し物になったことでしょうか。


「本日は、どういったご用向きでいらっしゃいますか?」

「ん? あ……いや、えっと~。しょっ、商業ギルドに用があったから寄っただけ!

 ……ダメだったか?」

「いいえ、嬉しいですよ」


 見た目は年下の、少年のようなカイさん。

 ですが、商業ギルドにおいては絶大な信用があるとのこと。

 人を見た目だけで判断するのはいけませんからね。きっと、私には見せていない商人としてのお姿があるのでしょう。


「そういえば。フォルニールに自慢されたけど、討伐依頼……一緒に行ったんだって?」

「え? えぇ、はい」

「いいなー! ボクも、今度連れてってよ!」

「それは構いませんが……。私、Fランクでして。派手なことはなにも」


 フォルさんはカイさんが苦手のご様子でしたが……。二人でお話されたのでしょうか? もしや、顔合わせが功を奏して?

 ふむ。よい兆しなのかもしれませんね。


「だいじょーぶだって! ボク、つよいから!」

「! さようでございますか」


 カイさんが冒険者、というお話は聞いていませんが……。異世界の商人たるもの、自分で荷を守る。そういった方々も多いのでしょうか?

 たしかに、ここにお見えの際もお一人のことが多いですね。


「ま、なんかあったらボクが守ってやるよ」

「それは、頼もしいですね」

「だろー?」


 歯を見せ笑う姿は、どこかフォルさんと対照的。

 感情がそのまま表情に表れるカイさんは、一見すると秘密のなさそうなお方ですが。

 ……人は誰しも、ひとつやふたつ。他人には見えない部分というものがありますからね。


「なんか、手配するようなもんはないのか?」

「ホテルの備品ですか? ……そうですねぇ」


 固有スキル【ホテル創造】で創造されるのは、ホテルのハード面。

 建物、ベッドのような備え付けの家具。

 この世界で一般的な水回りの、魔道具を用いた設備。


 前世でいう、例えば歯ブラシやタオルといった備品は自分で用意する必要があるみたいです。 当たり前ですけれど。

 その代わり、元々創造された物体は【修繕リペア】という固有スキルで修理することができます。とても便利ですね。


「うーん。棚卸表を見る限り、特に必要なものはないようですが……。念のため、倉庫を見てきましょうか」


 【ホテルシステム】を通じて、プーケたちが記帳した棚卸表を確認。特に不足はないようです。しかし、月末より二週間経過していますから、念のため直接確認した方がいいかもしれません。あとで、料理長にも聞いてみましょう。


「お、ボクも行っていいか?」

「……そう、ですね。

 特にお客様のものはございませんので、構いませんよ」


 これもまた、異世界でのお付き合いというものでしょう。

 前世では事情もなく、お客様をバックヤードにはお通しできませんでしたから。


「やりぃ」

「どうぞ、こちらへ」


 従業員用の扉を開けると、まずは書類を整理するデスクが向い合せで四つ。そこには向かい合わせで、二人のプーケが座っていらっしゃいます。


『──あ、カイサマ。こんにちはデス』

『こんにちワー!』

「よっ。おじゃまするぜ~」


 少し幼い顔立ちをされたシラタマさんと、サクラさん。

 サクラさんはうっすらとオレンジ色の入った、オレンジブロークンという柄をされています。  シラタマさんは、真っ白なうさぎさんの姿です。

 こちらに気付くと、短めの垂れ耳がピクッと動いて、真横に伸びてしまいます。

 ……可愛らしい。


「カイさんと倉庫を見てきますね」

『はいデス~』

『いってらっしゃーイ!』


 奥の扉を開けると、目の前には休憩スペース。さらに奥に行くと、備品が置いてある倉庫があります。

 前世のような10階ほどもあるホテルですと、フロアごとに倉庫はあると思いますが。初めて『ステラ』を建てる際に参考にしたのは、この街の宿。二階建てで、一階は受付と食堂を兼ねる酒場。客室は酒場と反対に少し。二階がメインの客室で、全十室ほどでしょうか。


 もちろん、街にはさまざまな宿があります。


 あくまで、魔力量がよく分かっていなかった私は参考にさせて頂いた宿の造りに寄せて『ステラ』を創造しました。

 今後は、自分の力を確かめながら改築していくのもいいでしょうね。


「なんか、秘密の場所って感じするな~」

「ふふ。こちらにお客様がお見えになることは、まぁないでしょうね」

「ふーん? フォルニールも?」

「? そう、ですね。フォルさんも、お客様ですので」

「やりぃ」


 お二人は知り合い同士……、というよりはライバルのような雰囲気でしょうか。互いの実力は認め合っているものの、相手に屈しない。そんな印象を受けます。


「もし差支えなければで構いませんが……。フォルさんとは、どういったご関係か教えていただけませんか?」

「ん? あいつ? あー、あれだよ。スカウトしたんだけど、断られた」

「スカウト、でございますか?」


 商隊の護衛、でしょうか。


「そー。あいつの実力なら申し分ないんだけどなぁ。イヤだっつって、断られた」

「さようでございますか……」


 きっと、強者つわもの同士のお二人にしか分からない関係性なのでしょうね。


「……っと、備品。確認いたしましょうか」

「おう」


 木の棚には、こちらの世界での歯ブラシ──木の棒に、魔物の……かは分かりませんが、こちらで使われている高品質の動物の毛で出来た歯ブラシ。ホテリエとしては何の素材か把握しておくべきなのですが、何分こちらのことはお取引先の方やお客様の方がよくご存知。喜ばれているのであれば、問題ありません。


 それからティッシュ代わりに客室に備える、汚れを拭くための布きれ。消臭剤の代わりになる香木。いろいろと、前世の知識を生かして、代替できる物があればどんどん試してみています。そうしてお客様の反応をうかがって、また試す。

 このサイクルが気楽に行えるのも、異世界のよい点かもしれません。


「香木を部屋に、……ねぇ。考えたな」

「はい。専用の陶器を設置することで、見栄えも良くなりますから。

 香り高い、乾燥させたハーブも取り入れることができないか、検討中です」

「へぇ~。やるねぇ」

「恐れ入ります」


 香木はカイさんに手配して頂いたもので、肌感覚ではありますが、かなりお安く提供して頂いていると思います。

 薬師の方に重宝されるもののようで、こちらの世界では貴重な物です。

 定期的なお取引……、前世でいうとロットで頼む代わりに単価が安くなる、といったところでしょう。


「そういえば、……」

「ん?」


 棚の一番上にある、コップ類。

 元はお客様用に揃えた物が、今ではプーケたちが休憩する際に飲み物を注ぐコップと化しています。前世ではお客様用の物を使うことはありませんでしたが、これもご愛嬌というものでしょう。

 私が【クルー召喚】でどんどん喚びだすもので、数が減ってきていた気がします。


「よいしょっ」

「気を付けろよ」


 近くにあった木の台を使って、一番上を至近距離で確認してみると。


「あ、やはり少ないようです」

「おっ、おい! わかったから、よそ見すんなっ」


 ふむ。どのくらい手配して頂ければいいのでしょう。


「では、……そうです、ねっ──!?」

「ばッ!」


 考え事をしながら台を降りようとすると、体勢を崩し、そのまま──




「──っ、…………?」


 真後ろに倒れたはずの私は、なぜか宙に浮いています。


「……はぁ。肝が冷える」

「カイさ──!?」


 横抱きにされたのでしょうか。

 しかしそう思うには、彼はやけに軽々しく抱え、声はいつもよりどこか威厳がある気がします。目の前にある胸板も、どこか厚く感じられます。


「え、っと」

「うん?」

「カイさん……、です?」

「我でなくては、なんだというのだ」


 ご、ご自身の呼び方も変わっていらっしゃいます!


 恐る恐る、視線を胸元から瞳へと向ければ、いつも通り綺麗な金色。しかし、それだけではありませんでした。


「! ……龍の、ひとみ?」

「ほう。勘のよい」


 いつもは見られない、金色を縦に割る黒い瞳孔。猫とも、他の獣ともちがう、気高い瞳をされていました。目線をさらに上げれば、頭には金の角が生え。額には、赤い紋様が浮かんでいます。

 体格もずいぶん変わり、少年のようだったカイさんは、グラムさんと変わらない体付きになっています。


 おまけに三つ編みの解かれた長い髪はクセが残り、ふわふわと私を取り囲んで、どこか不思議な色香が漂っていらっしゃいます。横抱きにされていることが、なぜだか全ての女性に謝らないといけない。そんな気分です。


「感謝するがよい。力を抑えた体では、そなたを無傷で抱えることが不可能と判断したのだ」

「力を?」

「さよう。我は、人より遥かに多くの魔力を秘める種族──龍人族。その中で、さらに優れた魔力を持つ者。人の街に出るにあたり、己に封印を施しているのだよ」

「ご自分で……!」


 封印のセルフサービス。

 そんなことが可能だなんて、いったいどんなジョブなのでしょう!


「ふっ。本来であれば、万が一力が暴走した時に備え。……我が血筋では、側近に【竜騎士】を選ぶのが慣わしなのだがな」

「! それで、フォルさんと……?」

「あぁ。あやつめ、話も聞かず断りよったわ。誰にも仕えたくないのだと。

 ……まぁ、我は己で律することが出来るゆえ、構わんがな」

「スカウトとは、そういうことでしたか」

「……しかし、あやつ。セイヤには自ら仕えたい様子。まったく、人の子はよう分からんな」

「えぇ!?」


 フォルさんが、私に仕えたい!?

 フォルさんはお客様ですから……。なにか、誤解されているような。


「ジョ、ジョブは……魔法系でしょうか?」


 さきほどから恥ずかしさのあまり。降ろしていただきたく身を動かそうと試みるのですが……。圧倒的な存在感からか、それともこれが魔力のビリビリなのでしょうか。なぜか体がマヒしたように動きません。


「さすがはセイヤ。その通りだ」

「な、なるほど。きっと偉大な魔導師さまなのでしょうね」

「! 参ったな、まさか……言い当てられるとは」

「えっ?」


 すごい魔法使い、というと『魔導師』なイメージでしたが……合っていましたか。


「ジョブは【龍魔導師ドラグナー】、覚えておくがよい」

「なんだか、すごそうですね……!」


 あらゆる魔法が使えそうです!

 そしてカイさんは、やはり人間とは違う種族の方でしたね。


『──シハイニーン!』

「「ん?」」


 未だ降ろしていただけない私は、取引先の方に横抱きにされています。

 これは、前世でなくても異常な状況でしょう。

 シラタマさんが、不思議な状況に身を震わせて休憩室から顔をのぞかせます。


「どっ、どうしましたか?」

『ワッ、なんかビリビリするデス~。……ソウそう、フォルニールサマが、カイサマをダせーっておっしゃってますデスー! コワーいのデス!』

「フォルさんが?」


 珍しいこともあるものです。ふだんはなるべく会わないよう避けていますが。

 やはり、二人は打ち解けたのでしょうか。


「くっ。あやつ、我がここで封印を解いたのが、セイヤのためだと気付いておるな」

「?」

「我は封印を解かずとも、人に対処するだけの魔力は備える。……それに、ここは危険とは無縁の場所。あやつはそう思っているだろう?

 なれば、我が封印を解くのはただひとつ。セイヤに見せたいがため。そう、思ったのではないか?」

「な、なるほどっ」


 やはり、お二人は思考が似ているといいますか。互いのことを良くご存知のようです。戦闘職であるフォルさんは、離れていてもビリビリを感じ取ったのでしょう。


「あやつの怒りが頂点に達する様も、見てみたいものだな」

「おや」


 カイさん、封印を解くとドS属性……なのでしょうか?

 それとも、実はフォルさんに断られたことを気にされている……とか?


「あの、そろそろ……」

「ん? あぁ、つい」


 やっとのことで降ろして頂けました。


「わざわざ、ありがとうございます。助かりました」

「なに、構わん」


 それにしても。カイさんほどのお力があれば、冒険者稼業でも上手くいきそうですが……。商人となられたのには、理由があるのでしょうか。


「……なんだ?」


 そう考えながら、どうやらお顔を凝視してしまったようです。


「これは失礼いたしました。その、カイさんは、どうして冒険者ではなく……商人になられたのかと思いまして」

「そのことか。まぁ、何でもよかったのだ」

「なんでも……?」

「我には八人の兄弟がいるのだが……まぁ、なんだ。我の魔力量のせいか、ジョブが特殊でな。【龍魔導師ドラグナー】とは、龍すらも従える魔導師の意」

「龍すらも、従える」


 それはつまり、なにを意味するのでしょうか?


「龍とはすなわち、王。

 我は帝位を争う血筋にあって、皇帝すらも操るほどの魔力なわけだ」

「!? お、皇子さま……でしたか」


 それはそれは……。どうりで、高貴な方だと思いました。


「我が種族は、人より遥かに魔力を重要視する。ゆえに、我は後継争いから退いた。いらぬ混乱は招きたくなどないし、我とて外に興味があった。……端的に言えば、廃嫡したのだな」

「そう、でしたか……」


 商業ギルドの方がカイさんの正体を言えないのも納得です。

 いくら継承権を失くされたからといって、龍人族にとっては重要な御方。お強いとはいえ、そう容易く他人が明かしていいものではないでしょう。


「……幼き頃は、この魔力のせいで要らぬものを見たものだが」

「カイさん」


 それは、つまり。類い稀なる魔力によって帝位が確定的だった、カイさんに対する悪意……でしょうか。


「──しかし人の世とは面白い。なにせ、我より魔力量の多い者がおるとはな」

「え?」

「いずれきちんと修行してやらねば」

「……?」


 そう言うと、カイさんは何やら楽しそうに背を向けられました。

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