第3話 孤高の竜騎士
「
「……あぁ」
本日は月に一度の、異世界生活二か月目の私にとっては、二度目の冒険者稼業。ホテルはプーケの皆さんにお任せしています。
こちらにパソコンはありませんが、ホテルシステムはこの頭とスキルが担っておりますので、情報共有も問題なしです。
ホテルを創造した際に備えてある宿帳や帳簿。
それに記入されたお客様情報も、売上管理も、……理屈は分かりませんが【ホテルシステム】のスキルで共有しています。
売り上げと過不足がないか確認する締め処理も、いとも簡単にできてしまうわけですね。
すごいスキルです。
今回の冒険者稼業はフォルさんがついて来てくださったので、討伐系の依頼を受けてみます。……もちろん、初心者用ですが。
「それはすごいですね! まさに、戦うジョブという感じがします!」
「い、いや……それほどのものでは」
「ご謙遜なさらないでください。現にソロでAランクだなんて、素晴らしいですよ」
「……どうも」
ふむ。冒険者の皆さんには、怖い印象を持たれているとのことですが……。褒められることに慣れていないのか、フォルさんは照れていますね。いつか、本当は怖い方ではないと認識されるといいのですが。
「今日はFランクの依頼ですのに、よかったのですか?」
「……構わない」
「では、もし危なくなったらよろしくお願いいたします」
「あぁ」
本日の相手はワイルドラット。
野ネズミが巨大化したような魔物の駆除だそうです。近くの畑を荒らすことが多いので、個体数を減らすことが目的でしょうか。街を出てしばらく進んだ平原に、彼らはいます。
「セイヤは、攻撃系のスキルはあるのか?」
「それがですねぇ……」
ジョブ【ホテリエ】、その固有スキルのほとんどは【ホテル創造】で建築したホテルに対して有効なもの。まぁ、戦闘職ではないでしょう。
その中でも戦闘向きというと、これでしょうか。
「【
「ほう……」
スキルツリーを見たところ、俊敏性や力がアップと書かれていましたね。
そして、私はひとつ思いついたことがあります。
「【ホテル創造】……、魔力が続けば、なにもひとつに限らないのではないでしょうか?」
「というと?」
「はい。……あ、ちょうどいましたね。見ていてください」
「?」
草を踏みしめて歩いていると、目の前にワイルドラットが出てきました。
おお、本当に大きいネズミですね。中型犬くらいはありそうです。
赤い目がこちらを捉えると、想像よりかなり低い鳴き声で威嚇されます。
……かと思えば、なにやらフォルさんを見てガクガクと震えだしました。
「Fランクには、フォルさんの魔力は刺激が強いのでしょうか?」
「さぁな」
「しかし、チャンスです」
私はもうひとつ。この場所に、『ステラ』とまではいかないものの。
ホテルを建てるイメージで、ホテルそのものではなく、部屋。この場所──ワイルドラットと自分がいる空間が、まるで客室の一室であるかのように自分の領域を広げる。
「【アサイン】!」
『ヂュッ!?』
そしてその部屋は彼、ワイルドラットの部屋。
なかば強制的に部屋割りしてあげれば、私より強い魔力の持ち主でない限りこの領域から逃げられない。なにせ、お客様ではないですからね。
そしてそれを徐々に、徐々に狭めていって、ほとんど動けないほどの小部屋にしていく。
「あとは……」
【ホテルの守衛】、自身の身体能力を大幅に向上させるスキルだそうで。
要は、自分の手でワイルドラットに止めをさす。
……少し、気は引けますが。ここは、異世界。元の世界の常識は通用しない。
魔物がいて、もう少し郊外に出れば盗賊もいて、迷宮のような危険な場所もある世界。
人はともかく、魔物を倒すという行為は私にとっては『非日常』でも、この世界の人にとっては『日常』なのです。
──覚悟を、決めましょう。
今回のために、刃が30センチほどの小型の剣をカイさんから購入しました。
腰に携えたそれを抜き、いまだ戸惑うワイルドラット目掛け──
「ッ!」
振りかざす。
思っていた以上に体が軽く、その太刀筋も別人かのように迷いのないもの。これが、身体能力の向上ですか。
ワイルドラットはあっという間に倒れてしまいました。
「! ……やるな」
「はい。……まだ、慣れない……ですけれど」
覚悟は決めたとはいえ、手はカタカタと震えています。
フォルさんは、ふだん以上に柔らかい表情で言ってくれます。
「例えジョブ持ちでも、戦闘向きでなければ討伐系の依頼は難しい。……機転を利かせたな」
「恐れ入ります」
ふむ。やはり、前世にも通じることですが……。
思うことと、実際に実行することでは違いがありますね。常々、それは理解しておきませんと。
「──!」
「……? どうされました」
私を褒めてくださったフォルさんは、すばやく後ろを振り返る。
「血の臭いを辿ってきたか」
「……まさか、別の魔物が?」
「あぁ」
フォルさんにならって同じ方向を見ると、確かに砂埃と共に黒い物体が接近しています。
「死肉を漁る、デスハウンドだな」
「それはそれは……鼻が利きそうですね」
狼、もしくは犬の一種でしょうか。
黒い魔物たちは一気に近づいてきて、その姿を露わにします。黒と灰色の毛は逆立ち、口をひらいて涎を垂らす。六体が徒党を組んで迫ってきました。
「セイヤ、下がっていろ。一体一体は強くないが、群がる性質からあれはランクCだ」
「はい」
なるほど。必ず起こることではないでしょうが……。こういうことを想定して、皆さんはパーティーというものを組むのですね。討伐系は、なるべく誰かと依頼を受けるようにと言われた気がします。
フォルさんはランクAとはいえ、相手は六体。どのように対処されるのでしょうか。不謹慎ながら、どこか楽しみな自分もいます。
考えていると、フォルさんの周囲から何かが溢れるような。威圧的なものを感じて、思わず吸いこむ息が重くなりました。
「……?」
「【
恐らくそれは魔力だったのでしょう。
私の【ホテル創造】と同じく、魔力が形を成すスキルであろうそれは、フォルさんの身をしっかりと包みました。
「わ……!」
黒く足元から構築されるそれは、爪先がまるでドラゴンの爪のようなブーツ……グリーヴというのでしょうか? それが鱗のように層を重ね、脚全体を覆っていきます。
胴体までくると、今度は腕も黒い層を重ねていき、肩には角のようなトゲが。
腹部はフォルさんの筋肉が見えるくらいピッタリとした薄めの生地で覆われ、顔以外すべてを鎧で覆い尽くします。ところどころに見える銀と蒼の装飾がフォルさんらしい。
まさにゲームの世界。
カッコいいですね!
「【
今度は武器を創造するスキルでしょうか。
喚び出されたそれは、鎧とお揃いのデザインで黒を基調としています。
「か、カッコいいです!」
「っ!? そ、そうか」
思わず感想を伝えると、どこか照れてしまいました。
やはり、言われ慣れていない様子。
そうこうしていると、デスハウンドは目前に迫ります。
フォルさんは待っていられないとばかりに駆けだしました。
「──っ」
風のように迷いなく向かうと、軽々と槍を操り、すれ違いざま一薙ぎで二匹を倒します。
「おおっ」
その勢いのまますぐに身を翻し。
今度は逆方向に薙ぎ払い、さらに二匹。
『キャゥ!?』『ギャッ』
最後には、縦にならんだ二匹をそのまま突き刺して全滅させます。
「す、……すごい!」
まさに早業。
ソロでAランクというのは分かっていましたが、実際にその姿を拝見すると本当に強い方なのだと実感します。
「……ふぅ」
スキルを解いたらしいフォルさんは一息つくと、元の白いシャツとスラッとした黒のズボン姿に戻ります。
「さすがはフォルさんですね! 動きが早く、目で追うのもやっとでした」
「た、ただ慣れてるだけだ」
「それでもですよ!」
その実力は一朝一夕のものではないと、素人の私でも分かります。
「……俺は、その。一人に、……慣れている」
「え?」
戦闘に、ではなく。ソロに慣れている。
だから、自然と実力がつくということでしょうか。
「家族も、もういない。冒険者としても、……知り合い以外寄ってこない。
だから、野営でも、宿でも……。とにかく、深く眠れたことが、ないんだ」
「──!」
……そうか。
こちらの世界で一人旅をするというのは、魔物への警戒も、貴重品の管理も。どこにいても、落ち着かないということなのか。
常に気を張りつめ、……家族もいないということは、帰る家もないのでしょうか?
きっとフォルさんには、心休まる場所が──
「だから、感謝している。
あんたの宿は、不思議とよく眠れるんだ」
こちらには前世のような……、ハイテクなルームキーはありません。
ですが、【ホテル創造】で出来た私のホテルは、宿泊者の魔力とルームキー、部屋の鍵とを結び付けることができます。これにより、前世とほとんど変わらないオートロックのようなシステムが動作して、フォルさんは初めて宿泊した際に大変驚いていらっしゃいました。
もちろん、私より強い方が無理やり部屋をこじ開けようとするとどうなるか分かりません。ですが、こちらの世界での防犯というのは『自己責任』で背負う部分がおおきい。
行商人は自分で護衛を手配し盗賊から身を守り、ジョブ持ち同士でいさかいがあればその者から身の安全を保障できるのは、自分だけ。
街の治安を守る騎士さまや兵の方もいらっしゃいますが、フォルさんはその方々よりお強い。つまり、守られるということに不慣れでいらっしゃいます。
今回のように、ホテルの外で魔物からフォルさんのことをお守りするのは私では不可能です。
けど、せめて。
「せめて、私共の。……『ステラ』の中では。どうぞ気を緩め、安心してお寛ぎくださいませ」
「…………そう、させてもらう」
私のスキルは、戦闘特化ではないようですが。
お客様の旅の安全と、おだやかな心をお守りするには一役買ってくれそうです。
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