第2話 異世界でのホテル業
『シハイニン、
「本日は、5人パーティーのご一行様でしたか。うーん、そうですねぇ……。
前日の空き部屋を優先して
あとは……、本日はお部屋に余裕がありますから隣同士は避け、しかし遠すぎないようにアサインをお願いします」
『はいデス~!』
ホテルとは、旅先の心やすめる場所。第二の家とも言えます。
冒険者のパーティー。
一日のほとんどをご一緒に行動する方々ですから、家ではプライバシーを重視されたい方もいらっしゃるでしょう。
逆に、今後の旅程を話し合ったりする際には部屋が遠いと不便です。
ですので、お客様の立場になって考える必要があります。
もちろん、ご要望があれば可能な限りはそちらに沿うよう努めますが。
「ふむ……」
ホテルに限らずではありますが。前世でいうところの、『非日常』を演出するサービス業の私たち。日本にも、海外にも、さらには未来には宇宙なんてのも。宿泊を伴う『旅』というものは、まさに前世で生きる者にとって『異世界』だったことでしょう。しかし──
──まさか、ほんとうの異世界に転生するなんて。
幾度と考えたことですが、幸いにして【ホテリエ】というジョブは、私の長年の悩みを解決してくれるものでした。
はじめてこの世界で人と話した時、『イン』『ガストハウス』『ホテル』どの単語も通じず、唯一『宿』が宿泊施設を表すものでした。
……つまり、この世界は元の世界の時を遡っただけではない未知の世界。
絶望する前に、一人。心躍ったのもまた事実。
私は常々、
従業員が働く環境に満足していれば自然と笑顔も協調も向上心も生まれ、それがお客様へのサービス向上につながり。巡り巡って売り上げに繋がって、企業は従業員にもお客様にも設備投資や給与で利益を還元できる。
……そう理想を抱いておりましたので、自然と宿泊支配人、ひいては総支配人を目指すこととなりました。しかし、現実は甘くありません。
企業にもよりますが、全国展開のホテルであれば転勤もありますし、そもそもフロントに出ていた時と違ってお客様との接する機会がほとんどなくなります。
従業員が働きやすいように、ああしたい。お客様のご要望が多いから、こうしたい。
理想のアイデアはたくさん出てきても、商売である以上、前年の売り上げから予算を割出し、その中で計画を立てなくてはなりません。
あらゆる理想と現実のギャップに悩み、私は最終的に契約社員。いわゆるシフトリーダーというポストから上にあがることを拒み続けました。
会社も無理強いすることもなく、やんわりとステップアップの機会を提示してくださるだけで、本当に感謝するばかり。
ですが、──本当にこのままでいいのか。
もし理想を追求するのであれば、規模を小さくした旅館、ゲストハウス。そういった業態を自分で経営するしかないのでは?
そう、悩んでいた矢先の転生でした。
ジョブ【ホテリエ】の固有スキルはいくつかありますが、やはり【ホテル創造】のスキル。これは、大変画期的なものです。
私の魔力を使って、脳内に描いたホテルをそのまま建造してくれるという優れモノ。おまけに修繕、修復のスキルはもちろん、お客様の部屋はそのままに、内装を一部改装……なんてのも魔力さえあれば簡単にできてしまうのです。
清掃も私の理想通りにプーケたちが行ってくれます。
つまり、人件費や諸経費がほとんどかからない。
給料は現状グラムさんと私、プーケたちへのご褒美のみ。あとはお客様用の食材や、細々とした物品、冒険者ギルドへの借地代。売り上げの大部分を、従業員とお客様へ提供するものへと還元できます。
そしてここは異世界。
前世のルールなんて、あってないようなもの。
お客様のことを『さま』付けする宿の方が、こちらでは珍しいことのようですし。
冒険者の方にとっての『日常』は、元の世界においての『非日常』であり。
フォルさんのように、ゆっくりと休める。たったそれだけでも、冒険者の方には『非日常』であると思われることがあるようです。
──面白い。
素直にそう思いました。
はじめてホテル業界に入った時の感覚。
まだ手探りに、お客様がなにを求め、そして自分になにができるのか。
それをまたイチから築き上げる。……自分のスキルを使って。
運が、よかったのでしょうか。
一歩間違えれば、こことは別の世界だったのかもしれない。私はずいぶんと恵まれた環境に転 生したのかもしれない。
そもそも、フォルさんやカイさん、グラムさんに出会わなければ一人でこの世界を彷徨っていたのかもしれない。
偶然に出会った方々に助けていただいて、私は前世の夢の続きを叶えていける。
不安がまったくない、と言えば嘘になりますが。【ホテリエ】というジョブを手に出来たのは、……とても幸せなことですね。
ホテル名は、星を意味する名前にしました。
この世界では宿のグレードを星の数で表すことはありませんが、訪れる方が一日の最後を静かに、安心して眠れるように。もう一つの家に、迷わず辿り着けるように。
そう、願いを込めて。
「おや?」
外からホテルを眺める人影が見える。
こちらの様子をうかがっているだけで、特に動く気配はない。
私のスキルに対して不信感を抱いたのか。はたまた、突然開業した同業他社の偵察なのか。それとも、ただの好奇心?
ここは……、異世界。
お客様に静かな夜をご提供するには、前世とは違った警戒心を持たねばならないのかもしれませんね。
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