異世界ホテル『ステラ』の面々
蒼乃ロゼ
第1話 転生しても、ホテリエでした。
私の一日は、お客さまへの挨拶から始まる。
「セイヤ」
「! フォルさん、おはようございます」
「……あぁ。おはよう」
とある二階建てホテルの、廊下。
前世ではそうお目にかかることのなかった、蒼銀のうつくしい髪。それを高い位置で結わえた青年──フォルニールさま。切れ長の眼は冷静な印象を与え、男の私でも見惚れるほど中性的な美貌の持ち主。
この世界で目を覚まして最初に出会った方で、ランクが『ソロA』という……個人では最高位の冒険者の方。
「昨夜はよく眠れましたか?」
「……まぁ」
「それはよかったです」
彼はご自分のことを、無愛想で無表情だから他人が寄りつかない。そう評しているそうですが、私から見ればそうは思いません。
わずかに綻んだ表情を見ると、本当によく眠れたのだと安心できる。
「今日は、その……。なんか、手伝えることはないのか?」
「フォルさん、お気持ちは大変うれしいのですが……あなたはお客様なのですから。どうぞごゆっくり、お過ごしください」
前世。
恐らく、死んでしまったのでしょう。
次に覚醒した時には、この世界にいました。
意外と状況を早くに受け入れたのは、接客業に勤めていたからでしょうか。
思いもよらないことが起こるのは、日常的でしたからね。
あの日。
ホテルの案内や宿泊約款が、紙からテレビ上で閲覧できるオンライン管理になりました。私は全室分の案内用紙を回収しており、両手に荷物を抱えて足を滑らせ……ええ。完全に私の不注意でしたね。階段から真っ逆さまに落ちました。
事件性はまったくございません。
仕事は天職かと思うほど大好きで。
同僚──クルーの皆さんとはシフト勤務で時間が合わないことも多く、プライベートでのお付き合いというのはほとんどありませんでしたが……。仕事中の連携。全員でお客様をお出迎えするぞ、という気持ちが何より心地よかった。
両親も20代の内に他界し、一人っ子。
家族はなく、私にとってホテルでクルーと共に過ごす時間や、お客様との会話が『家族とのひととき』の一端を担っていたのかもしれません。それほど私にとってホテルという場所はある種、お客様と同じく『第二の家』でした。
しかし、サービス業というのは慢性的に人手不足。
ありがたいことに、連日の稼働率は90%を超える盛況ぶりで、最低限の人数でシフトを回しておりました。
きっと、心が嬉しい、楽しいという感覚を享受していると体の悲鳴を捉えることができなかったのでしょう。私は知らないうちに、疲労がたまっていて足を滑らせてしまった。ふだんであれば、両手がふさがっていればよほど注意して階段を降りるでしょうに。
──そんなこんなで、異世界に転生した私は偶然通りかかったフォルさんに拾われ。記憶がないということにして、身分証代わりになるというカードをもらうため冒険者の登録に行きました。
はじめは転移、というのでしょうか。こちらに移動しただけかと思いましたが。
なんでもこの世界では、15歳になると自分の持つ魔力の量や経験、信念といったあらゆるものから影響を受けた『スキル』を神から授かるそうです。
以前の私は魔力なんて持っていませんからね。でも、フォルさん曰くはじめから魔力が溢れていたそうで。やはり、一度命を落としこちらで新たに生を得たのだと思います。
いまだ謎は残りますけれど、ね。
外見はそのままなため、私はこちらでも恐らく32歳。
フォルさんの提案でスキルを知るため、鑑定師という方の元へ向かったのですが……。
私、異世界でもホテリエでした。
「す、すまない。迷惑だったか」
「いいえ。とんでもないことです。……ただ、『Aランクのフォルニールさんが全然依頼受けてくれない~』と、先日も冒険者ギルドの方がお見えになったものですから」
「……チッ。あいつら、余計なことを」
「ふふ」
ふつうは、ひとつ。
例えば戦闘向きの、【風魔法】や【土魔法】。
あるいは日常生活に役立つ【料理】【裁縫】といったスキルだけを。
それが一般的な人だそうですが、稀に『ジョブ持ち』と呼ばれる方々がいらっしゃる。
ジョブ特有のスキル──固有スキルであれば、いくつも持つことができるため、『ジョブ持ち』は魔力の優れた者であるそうです。
つまり、こちらの世界の魔力はそのままだと使えず。スキルを通してはじめて異能の力を発動させるわけですね。
そんな中、私のジョブは【ホテリエ】でした。
当然鑑定士さんや同行してくださったフォルさんは言葉の意味が分かりませんでしたが、私には何のことかよぉく分かります。
ホテルマン、ホテルウーマンとも呼ばれることもありますが、私の勤め先や最近の業界ではホテリエと呼んでおりました。
ホテルに勤める者、ですね。
固有スキルの一つである【ホテル創造】を駆使し、自分を売り込んで冒険者ギルドに土地を借り、ホテル『ステラ』を開業いたしました。このスキル、本当にすごい。私の頭の中にあるホテル像が、そのまま建つんです。
特にこの街、ルーベックでの宿需要は高いようです。
周辺に『迷宮』という、お宝や魔物がいるスポットがいくつもあり、また領主の意向で商業に力を入れているそうです。
商人や冒険者。彼らに限らず栄える街には多くの人が集まりますから、それは宿の需要が高いでしょうね。
ご縁があり『ステラ』を常宿とされたフォルさんですが……。どうやら、はじめてご利用の際。生来の寝つきの悪さが嘘のように、ぐっすり眠れたことに感銘を受けたようでして。それからはこうして、手伝いを申し出ます。
彼はよほど、眠れないことがお悩みだったのでしょう。
「それより、本日はカイさんがお見えになりますよ」
「っ! ……あいつが来るのか。仕方ない、……依頼でも受けるか」
「はい。是非そうなさってください」
私より若い方ながら、見上げるその鍛えられた体はとても頼りになる印象。彼もジョブ持ちだというので、いつかその雄姿を見てみたいものです。
『──シハイニーン!』
「おや、噂をすれば」
声を掛けてきたのは、固有スキル【クルー召喚】で出てきてくれた、垂れ耳の可愛らしいうさぎの姿をした精霊──プーケ。人の手伝いをするのが大好きな精霊だそうです。
この世界では精霊の存在は認識されていて、特に優れた魔力のジョブ持ちに手を貸すことがあるそうです。私のように相性がいい精霊は、スキルを用いて呼び寄せることも可能のようですね。
幼い頃、垂れ耳が特徴のホーランドロップを飼っていて、私自身うさぎが大好き。うさぎが立った姿、“うたっち”の状態で二足歩行をするプーケたち。……完全に私の趣味を引き継いでいるスキルのようです。
私を呼んだのはちいさな眼鏡をかけたフロント担当のプーケ、マサムネさん。真面目で頭の回転が速い方で、白と黒の制服がよくお似合いです。背丈は140cmくらいでしょうか?
「おはようございます、マサムネさん。いかがなさいましたか?」
『アッ。おはようデス、シハイニン! カイスさまがフロントにお見えになりまシタ!』
「はい、ありがとうございます。すぐに参ります」
魔力というのはスキルを発動する際に必要らしく。私の魔力で召喚された彼らは、私の手に触れると心地がいいらしい。お礼に頭を撫でると、満足そうに仕事に戻りました。
……仕事中に、もふもふ。いいですねぇ。
「……」
「? フォルさんも、撫でてほしいですか?」
「っ!? い、いや……。え、遠慮しておく」
「そうですか」
なにやら物欲しそうな目で見ていらした気がしましたが、気のせいでしょうか。
「せっかくですし、一緒にご挨拶に行きましょうか」
「セイヤ、俺はあいつのことは苦手で──」
「まぁまぁ」
元々知り合い同士だったらしいお二人。仲はいいとは言えないようで。
しかし、ステラを常宿にするということは、取引先であるカイさんと顔を合わせる機会が多くあるということ。
無理に仲良くする必要はないと思いますが、顔を合わせることには慣れておいて損はないかとお節介ながら考えております。
「……俺は喋らないからな」
「はい。仕事の話でお見えですよ」
「どうだか」
「ふふ。カイさんのこと、よくご存知なのですね」
「っ、違う!」
うーん。やはり、分かりやすいお方だと思うのですが。
ギルドの方いわく、何を考えているか分からないから、他の冒険者さんからは恐れられているそうです。
「では、フロントへ参りましょう」
「……はぁ」
お客様に無理強いはいけません。
ですが、お二人の関係性はただ単に嫌っている。そうは見えません。
あまり踏み込み過ぎてはいけませんが、私はこの『ステラ』を本当の意味で居心地よく感じていただきたいのです。
◇
「お、セーヤー!」
「カイさん、早くからすみません」
「遠慮すんなって!」
時間の概念は、前世と同じ。今は午前10時前。
言葉も、元の言語が同じなのか。それとも転生した際に最適化されたのか、違和感なく使えています。
手を振って出迎えてくれたカイさん。面白い商品があると、いつもお見えになって紹介してくださる商人。
ホテルを開業するため商業ギルドを訪れた際、偶然居合わせた彼が保証人のような役目を担ってくださいました。なんでも、私のジョブとスキルに大変興味を持ってくださったそうで。ホテルの備品の多くはカイさんに手配していただいています。
紅い髪は一見すると短いように見えますが、後ろで腰をも超える長い三つ編みにされています。左右それぞれ一房のみ金色で、瞳の色と同じ。黒髪黒目な自分と比べると、異世界なのだなぁと実感してしまいます。どこか東洋の雰囲気を感じる、黒を基調として赤を指し色にした服を着ていらっしゃいます。
「ん? なぁんだ、フォルニールもいたのかよ」
「……居ては悪いのか」
「はっ? べつに~」
「……」
け、険悪ですね……。
フォルさんは26歳とおっしゃっていましたが、カイさんは見た目18歳ほど。しかし、耳の先が尖った特徴を持っていて人間とは違う種族の可能性もある。実年齢は思っている以上なのかもしれません。どこか、カイさんに優位性が見て取れます。
「カイさん、本日はどのようなお品物を?」
フロント横にある、テーブルやイスが並べてあるスペース。
チェックインの待ち時間や、外来の方と宿泊者がお話できるように設けたロビー。
そこでいつも簡単にお話をして、実際に取引をするとなると小会議室を兼ねた応接室へご案内します。フォルさんは壁に背を預けて静かに聞く体勢に入る。
「そうそう! 今日はボクおすすめのスパイスを持ってきたぞ!」
「スパイス、ですか」
カイさんは別の国からいらした方で、そこに大きなコネがあるそう。私のいる国──ライメンスとの貿易を行う上で、重要な人物だそうです。
……と、商業ギルドにて開業届を出す際、教えていただいたのですが。それ以上は他人からは教えられないと言われました。
いったい、……何者なのでしょうか?
恩人ですのに、その実態を知らないでいます。身元はしっかりされているのでしょうが。
「でしたら、料理長を呼んできますね」
「あー、あの人ほんとにここで働いてんだ」
「はい。とても頼りになりますよ」
「へー。……だってよ?」
「……俺を見るな」
「?」
なんでしょうか。
「──サクラさん」
『ハァイ』
スキル【クルー召喚】で、プーケの女の子サクラさんを呼ぶ。
メイド服が似合っていて可愛らしい、テキパキと仕事をしてくださる方です。
「料理長を呼んできていただけませんか?」
『まっかせてぇ!』
ばびゅん、と走っていく後ろ姿も可愛らしい。
しかし、うさぎの足裏とは毛がふこふこしてるもの。
靴を履いているとはいえ絶対に、すべる。
「走ってはいけませんよ~」
遠くで『ハーイ』と元気よく返事をしてくれるのは嬉しいのですが、伝わっているかは不明です。
「セーヤ、あいかわらず魔力が無尽蔵だなぁ?」
「そうですか?」
「そーだよ! この建物をずっと維持しながら召喚してんだろ? 規格外だって」
「そういうもの、なんですねぇ」
この世界は西洋の、中世時代の趣もありながらどこか近世の文化も見られる。魔力やスキルという概念が、前世とは違った発展を促しているのでしょう。
例えるならゲームや漫画のような世界。
しかし、体力や魔力を数値化したようなステータス要素はなく。代わりに、自分だけが好きに確認できるスキルツリーのようなスキル一覧が可視化されます。
この世界では、強さの判断は『魔力量』を重きに置くようです。
いかに多くのスキルを持つのか。それを同時に駆使するのか。どれほど継戦できるのか。
ですので、相手の強さというのはそれを認識するスキルで可視化するか。あるいはスキルをどれほど駆使しているか。
生粋の戦闘職であれば、その者と対峙すると感覚的にビリビリと感じるそうですが……。
あいにく、私には自分のことも、他人のこともよく分かりません。
魔力の強さ……質、前世でいうところのレベルでしょうか?
それは恐らく、スキルのレア度やジョブに関わるのではないかと思います。これは未確認なので予想ですが。
「グランハルムは、その……従業員? なのか?」
「え? えぇ、そうですね。給料もお支払しておりますよ」
「へー。妬けるねぇ、フォルニール」
「ッ、お前……っ!」
「フォルさん、落ち着いてください」
いったいどうしたのでしょうか。
「──お待たせしましたよっ、と」
「料理長」
「グラムって呼んでくれよ、支配人」
「では、グラムさん」
私より背の高いフォルさん。
……よりもさらに高いグラムことグランハルムさん。
元国勤めの騎士さまだそうで、がっしりとした筋肉質な体をされています。
とあることがきっかけで、料理がお好きだったこともあり、料理担当のプーケたちを指導する料理長になって頂きました。
彼と一緒に買い物へ出かけると、街の皆さんから声を掛けられたり、オマケを頂いたりするので慕われているのがよく分かります。
騎士のお姿は見たことがないのですが、キッチンに入る時はバンダナを頭に巻いていらっしゃり。金の前髪が目にかかっていて、どこか大人の色気を漂わせています。その奥にある翠の瞳は、本物を手にしたことはありませんけれどエメラルドのようです。
「よっ、おっさん」
「オレはおっさんじゃ……って、カイス殿。商談か?」
「そ。スパイス、持ってきたぞ」
「お! そいつはイイな!」
グラムさんは料理のことになると分かりやすく目を輝かせます。
「ふふ。やはり来ていただいて正解ですね」
「セイヤ、その、俺のことは雇って──」
『シハイニーン! ギルドの人がきましたヨー!』
「!?」
「おや。どうやら痺れを切らしたようですねぇ」
私も身分証として利用するために冒険者の登録をしましたが、一か月依頼を受けないか、ギルドにその理由を申請しないと身分証であるギルドカードが失効してしまうそうです。
ケガ以外で依頼を受けられないことは中々ないでしょうが。
私は一度、素材採集依頼を受けました。
特に高難易度の依頼を受けることができるフォルさんは、まさにギルドのエース。優先度の高い依頼が溜まってしまえば、依頼人からの冒険者ギルドへの信用というのも落ちることでしょう。職員の方が必死になるのも分かる気がします。
ギルド職員の方でしょうか。
若い女性が、必死の形相でこちらに向かってきます。
「────お話中失礼を! フォルニールさん、今日こそ、依頼! 受けてもらいますよ!!」
「……うるさい」
「なーッ!?」
見た目は落ち着いた大人の男性ですのに、物言いはすこし子供っぽさが残ります。どうやら、不機嫌なご様子。
「おや、フォルさん。
お世話になっている方にそのようなことを言ってはいけませんよ」
「っ……、……すまない」
「あのフォルニールさんが、──謝った!?」
「……依頼、受けないぞ」
「ギャー!? すみませんでしたー!?」
「ふふ」
しかし、どこかやり取りに遠慮がないところを見ると、ギルドの職員の方とはコミュニケーションがとれているようですね。少し安心しました。
「なにー? うるさいんだけど~」
「ギルドの嬢ちゃんか」
「な、なにここ。……イイ男しかいない!?」
それは同意ですね。本当に皆さん、前世でいうところの『イケメン』です。むしろ、前世でも見たことがないほどの。
『にぎやかでイイですネェ、シハイニン』
「そうですねぇ、サクラさん」
前世とはずいぶん勝手が違いますが。
しかし、私が『ホテル』に対して抱いていた想い。
それは、どこにいても変わらないのでしょう。
異世界ホテル業。なかなか楽しい毎日を送っております。
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