五星五芒星

「黒風」

 ティリオは彼女を呼んだ。

「遺跡の先は出口に続いてると思うか」

「空気の流れはあった。でも通れるほどかどうかは……」


「ど、どうしてロープが……?」

 フィミアダが上をうかがうが、暗闇しか見えない。

「誰かいるか!?」

 ティリオが上に向かって声を張りあげた。が、返答も、ちらというたいまつの光もなかった。


「登るのは無理か?」

 ジルトが黒風に聞く。黒風は黙って崖の壁面に手を伸ばした。掴んだところがぼろりと崩れ、深淵に落ちていく。

「……無理そうだな」


「遺跡に戻ろう」

 ティリオはそう決断した。そちらのほうから出口をさがすべきだろう。

 遺跡に再び入ると、ティリオはドワーフらのパーティーをさがした。


 こちらの姿を見て、リーダーのドワーフは警戒する目つきになっている。

「戻るのではなかったのか?」

 さりげなく斧を握りかえる。ティリオはそれに気づかないふりをしながら、断崖の状況を伝えた。


「……なんと!?」

 さすがにショックを受けたようすだった。

(どうやらこいつらも知らなかったようだな)

 このパーティーがロープを落としたという可能性もちょっとは考えていたが、そうではなかったらしい。


「わしらを閉じ込めたというわけか。そこまでやるとはな」

 ドワーフは歯噛みしている。

「誰が?」

「決まっておろう、のこり二つのどちらかよ」


「ヴィダじゃねえと思いてえがな。そこまで落ちちゃいねえはずだ」

 ジルトがかつてのパーティーメンバーを擁護する。だがドワーフは容疑者から外す気はなさそうだった。

「知れたことか」


 ティリオとしては、ドワーフが言うほどほかの冒険者のしわざだとは決まっていないと考えていた。ドワーフはみずからのパーティー……隙あらばほかのパーティーを襲ってでも出し抜こうという……と同じ基準でほかのパーティーを推しはかっているようだが、そうとは限るまい。

 いずれにせよこの場で答えが出るような問題ではない。


 問題はここからどうやって帰るかだ。探索が必要になるだろう。

 遺跡の規模もわかっていない。ひょっとしたら長丁場になるかもしれなかった。

 となると食料が心細い。

 ティリオはドワーフらと、自分たちのパーティーにも向けて口を開いた。

「提案があるんだが……」


 一同はケイブパイソンの骸のところに戻った。

 解体して肉にするのだ。これだけの大きさだ、九人で消費しても十日やそこらはもつだろう。

 もちろん、これを食うはめになる前に脱出できればそれにこしたことはないが。


 九人での探索がはじまった。双方気の抜けない緊張感のなか共同で遺跡を見て回る。

「そっちは行き止まりだ」

「くまなく調べるのも重要であろうが」

 ティリオたちは出口を見つけるのが最優先だが、ドワーフのパーティーはお宝をさがそうとしているようだ。

 少なくともヘビ退治と同等以上の功績をほしがっているのはたしからしかった。


 いまいち足並みが揃わないなか、一行は大きな扉を発見した。

 装飾が彫り込まれた重厚な扉だ。見ただけでこの部屋が重要な場所だったことがわかる。

「こいつはぜひとも入って調べねばならんな」

 すぐにでも斧で壊しはじめそうなドワーフのようすだ。


「黒風、空気の流れはどうだ? ……黒風?」

 ティリオが彼女のほうを見ると、血の気の引いた顔で扉に視線を向けていた。

 黒風が見ているのは扉に刻まれた紋様だ。

 大きい五芒星の角それぞれが小さい五芒星になっている。


 五星五芒星は魔王軍における四天王……もとは五大天王のシンボルだ。

 建築様式をもとにした黒風の推測によれば、ここや開拓農園の遺跡は五〇〇年前の魔王軍が作ったものだから、シンボルがあること自体はおかしくない。

 扉はまるで新品のようにきれいだった。


 完全に埋まっていた開拓農園の遺跡と違い、洞窟につながる穴が空いているここの遺跡は、床に土やほこりがうっすらと積もり、苔や草の姿もある。壁も完全にきれいではない。

 扉は木製である。完全に朽ち果てていて当然だった。だが今据えつけたかのように光沢を放っている。

(まさか……)

 黒風は心中に湧いた疑念を振り払おうとするが、完全には不可能だった。


「黒風」

 再度の呼びかけに我に返った。

「ああ、その先は行き止まりだろう。他をさがしたほうがいい」

 黒風はドワーフのパーティーにも聞こえるように忠告した。


「それはけっこう。扉に守られた奥の部屋だ。宝があるかもしれん」

 ドワーフたちは扉の前から離れる気配がない。

 魔法使いが扉を調べて、

「マジックロックがかかっているようです」

「解除できるか」


「おい、やめろ、開けるな」

 黒風はいやな予感がしてドワーフたちを止めようとした。

 だがそれを聞くはずもなく、魔法使いの口誦魔法により扉はアンロックされ、自然に内側へと開いていった。

 固定されていた空気が解凍されたかのように、部屋の中の空気が通路のものと混ざり合いはじめる。


「単純な構造でしたね」

 魔法使いが得意げに言う。

(自慢になるか)

 黒風の予感通りだとすると、このロックは部屋を封印するためというより、魔法が使える者が開けるのを待つためにかけられていたものだ。


 部屋の中は広かった。ケイブパイソンと戦った場所くらいの空間がある。

 中央に腰くらいの高さがある石の台があった。側面に五星五芒星が刻まれている。

 その台の上に、扉と同じ木でできた箱が置いてある。ちょうどなかに一人の人間が横たわれそうな大きさだ。

 その箱を見たものは誰でも、ある物を連想せざるをえないだろう。


「棺桶か?」

 この場の静寂を無遠慮に破壊しながらドワーフたちが箱に近づく。彼らは色めきたっている。

 冒険者としては当然かもしれなかった。遺跡の中のひつぎだ。しかも安置状態からして明らかに特別な存在を葬ったひつぎとなれば、副葬品がつきものである。


「おっとおぬしらはさがっとれ」

 追いつこうとしたティリオらをドワーフが牽制する。

「発見者はわしらだ。ちょろまかされてはたまらんからな」

 斧を突きつけ、警告を無視するなら武力に訴えてでも、という語気だ。


 ここでもめごとを起こしてもしょうがない、という判断でティリオはメンバーを下がらせる。

 だが黒風は逆にドワーフにつめよろうとした。

「ダメだ」

「おい、黒風」

「それを開けるな!」


   ・


 五〇〇年前、五大天王がひとり欠けて四天王になったのは、五大天王のひとりが『ヴィントロックの檻』の外に取り残されてしまったからだ。

 だがなぜ、ほかの四天王は代替わりするのに、その取り残された五人目だけは欠番になったのか?

 その答えは、黒風の先生……現四天王のヴァルゴールが教えてくれた。


「それはな……五大天王が代替わりするのは死亡したときにかぎるからじゃ」

「死亡を確認するすべがないから、ということですか? それにしても五〇〇年もたっている。確認せずとも亡くなっているのでは?」

 ヴァルゴールは、黒風が珍しく丁寧語で話す相手の一人であった。


 たとえば一〇〇年後くらいに死亡と認定して新たに五人目を立ててもよかったはずだ。いったん欠番にしたのをそのまま慣例で引き継いだだけということだろうか?

「違うぞ」

 ヴァルゴールは弟子のにぶさに失望したように首を振った。

「失われた五大天王、『気まぐれ』ラーヴォイズは――」


「――まだ生きている、と考えられておる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追放されし者たち ~最強なんかじゃないけれど、辺境で冒険者ライフを満喫します~ @jikkinrou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ