遺跡内部(一触即発)

 魔王軍の最高権力者はもちろん魔王だが、その次にくるのが四天王である。黒風の先生であった『悲鳴なき死』ヴァルゴールもそのひとりだ。

 それは五〇〇年間変わらない体制なのだが、実は五〇〇年前までは、四天王ではなく五大天王であった。ヴィントロックによって壁が作られたあとで四人に減ったのである。

 だから四天王の正式名称は五大天王のままだ。ただ、そのうちひとつが永久欠番になったため、今では四天王としか呼ばれていない……。


   ・


 横穴から入った遺跡はたしかに、精緻な石組み、柱のかたち、開拓農園のところにあったものと雰囲気が似ていた。

 黒風以外の三人にはわかっていないだろうが、おなじ古アルダ様式の建築だ。

 そしてうっすらと発光しているのも同じであった。


(まさか向こうとつながってるわけでもないだろうけど……)

 黒風は壁をさすりながら考える。開拓農園とはかなり距離がある。そこまで巨大な建築物は今の技術でも無理だろう。

 ただ、同時期に作られたものということは間違いないだろう。


「ゴーレム出ませんよね……?」

 フィミアダが誰にともなく言った。彼女も農園の遺跡を思い起こしているのだろう。

 答えたのは黒風だ。

「ヘビが攻撃されてないから、たぶんいない」


 ジルト・ウォンドが大きな背中越しに女性陣の会話に反応した。

「ゴーレムか。オレたちは見てねえんだよな。おめえらふたりでぶっ壊したってのはすげえ話だが」

「ゴーレムはいなくてもかわりにヘビがいる」

 ティリオはそう言って立ち止まった。黒風の聴覚をもってするまでもない。曲がり角の向こうでヘビの胴体を引きずる音がした。


 巨大ケイブパイソンは通路の先にある部屋で一行を待っていた。もはや逃げる気配はない。

 戦闘だ。

 ティリオはすぐさま『筋力増強』符を前衛のふたりに貼る。ジルトが正面に進み出た。黒風が脇から隙を狙う。

 フィミアダはあとに控える。経験を積んだとはいえ、敵がこの大きさでは彼女の出番はまだないだろう。


 ――戦闘の経過は細かく描写するにおよぶまい。ジルトが敵の攻撃をおさえ、そこを黒風が攻撃する。しょせんは大きな牙も毒ももたないモンスターだ。ほどなくケイブパイソンは倒れた。


 そこで油断したのがよくなかった。最後にのたうったケイブパイソンの尾が黒風にヒットしたのだ。

「ぐっ」

 末期の一撃だ。クリーンヒットは避けたものの黒風は吹っ飛んだ。


「大丈夫ですかっ」

 フィミアダがとんでいく。黒風は顔をしかめながら上体を起こした。立ち上がろうとするが痛みが走って座り込む。

「骨まではいってない。少し休めば……」


 治療はいらないと黒風は言うが、フィミアダは断固として首を振った。

「『傷移し』します」

 フィミアダは黒風の手を取り、彼女のダメージを三人に分散させる。フィミアダ、ティリオ、ジルトの三人に四分の一ずつダメージがいく。


 黒風は立ち上がった。

 全員にダメージはあるが、だれも動けなくなるほどではない。

 意外にもパーティー内でこの呪術を使ったのははじめてのことだった。


「じゃあ、いったん戻るか?」

 ティリオが帰還を提案したのはヘビ討伐の申告を早めにしたほうがいいのではないかという考慮のうえだった。『筋力増強』符も使ってしまったし。


 ジルトが肩を回す。

「どっちにしろヘビ倒した証拠を持ち帰らねえとな」

「証拠ってなんですか?」

 フィミアダが聞く。

「体の一部を持ち帰る。こいつはまあ……ウロコの二、三枚も剥いでいきゃいいだろう」


「よし、じゃあ……」

 言いかけたティリオは口をつぐんだ。

 気配がする。


 複数の気配だ。がしゃりがしゃりと音が聞こえる。ティリオたちが来たほうから近づいてきていた。

 ティリオらは目で合図してこっそり壁にはりつき、部屋の入り口を見張る。

 音が近づく。

 一体何者なのか、緊迫感が高まる。


 だが、

「なんじゃ、ヘビが死んどる」

「あいつらやりやがったな」

 聞き覚えのある声だ。洞窟探索しているパーティーのひとつだろう。

 ティリオは静かに声をかけた。

「いるぞ」


「やはりおぬしらか」

 姿をあらわしたのは案の定、見知った冒険者パーティーだった。前衛がドワーフ戦士ふたりという特徴的な五人組だ。集まった四つのパーティーのなかでいちばん洞窟に慣れていそうだった。


 先頭のドワーフが油断ならない目つきでティリオらとケイブパイソンの骸を見比べた。

(こいつがリーダーかな)

 ティリオも相手方を観察する。

 ドワーフはヒゲのなかからにやりと笑った。

「ヘビ退治の先を越されたのう」

 だが目は笑っていない。


「おぬしらは戻るのか?」

「少し休憩してから考えるよ。運よくリソースにはまだ余裕があるしな」

「ほう」

「まだこの遺跡はほとんどマッピングしてないから、行ってみちゃどうだ」


 一瞬の間があって、

「……譲ってくれると言うのか」

「どうだ?」

「よかろう。おぬしら、ゆくぞ」

 ドワーフたちはきびすを返して去っていった。


 ティリオは詰めていた息を大きく吐き出した。

 普通の会話のように見えたのに、彼が妙に緊張していたようだったことにフィミアダは首をかしげる。

「なにか、あぶないことでもあったんですか?」


「きみが『傷移し』を使ってくれてよかった」

「……?」

「黒風が動けないままだったらたぶん、あいつら襲ってきてたぞ」

 ドワーフの視線はこちらのコンディションを推しはかるものだった。

 フィミアダのみならず黒風もぎょっとした顔をした。

「え? ど、どうしてですか……?」


「ヘビ討伐の金が手に入るし遺跡の探索もひとりじめできる」

「そんなことで……?」

「この遺跡の発見ってだけでかなりの功績になるからなぁ。いっぱつお宝でも出ようもんなら、C級パーティーがすぐさまBになれる。目もくらむってもんよ」

 ジルトがティリオの見解に賛成する。


「まあ、おれたちがケイブパイソンをほぼ無傷で倒せる実力者に見えただろうから、矛を収めたようだがな」

 フィミアダは冒険者間の醜い争いに押し黙った。

 キマイラ討伐のときのドルッセンたちも態度は悪かったが、さすがにティリオたちを殺して手柄を奪おうとまでは考えもしなかったはずだ。


「まあいいさ。この遺跡をゆずればたいしたことはしてこないはずだ。戻ろう」

 ティリオたちは遺跡の崩れたところから洞窟の横穴に戻った。

 そしてロープを伝って上へ……行くはずだった。

 だが、


「ロープが……ない」

 降りてきたときに使ったロープの姿がどこにもない。

 ティリオたちは断崖に空しく立ちつくすしかなかった。

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