第4話


 懇親会では『団体』の各部門の人間が椅子に座り、その目の前に新会員が座り話を聴く形式になっている。訪れる配属希望の新会員数が部門ごとに偏る不平等を防ぐ目的で、新会員は全部門の人間と話をすることになっている。まだ『団体』の理念の〝研修〟が浅い新会員は意図せず全体の平等よりも自身の希望を優先させてしまう可能性があるが故の措置だ。そのついでに色々な部署について知ってもらえるメリットもある。


 「デモ課の方ですか?」


魚の顔をした耳の大きな男と前髪が短い女がやってきた。


 「はい、デモ課青少年健全育成委員会委員オイノモリと申します。」


早速やってきた新会員との会話だ。全員の名前をソーシャル・ウォッチの通信機能で確認しデモ課の確認印を送る。まずは志望部門を聞いておいた方がいいか?と思ったがその必要はなかった。


 「自分は教育課で彼女は調査課志望なんですが…」と申し訳なさそうに話したからだ。


 「構いませんよ。後で知っている範囲ですが調査課や教育課のお話もしましょう。」


プロラクチノイドの影響もあり、殆ど案内型コミュニケーション・ロボットのような口調と笑顔で淡々とデモ課の活動について説明していった。デモ課はその名の通り政治家や各種官公庁、企業に対するデモを起こすのが目的の部門である。他課にもデモ参加者が存在し、他小部門のデモにも参加するため、ほとんど意味をなしていないが小部門によってそれぞれ担当しているデモの種類が違う。青少年健全育成委員会は子供たちを有害とみなされたコンテンツから守るのが目的だ。他にも国民のためになる学術研究を求める研究管理委員会や、非進歩的な銅像や絵、著作物の発行停止を求める進歩的表現促進委員会など様々な小部門が存在しており、デモ課は最大規模の部門となっている。調査課とはデモ対象を知る観点で縁が深いし、教育課は健全育成委員会と特になじみ深い。


 「あなたの志望先の調査課は主にグローバル・コミュニティ内の非進歩的言動の監視と、委員のソーシャル・ウォッチデータを『見守る』のが仕事ですね。グローバル・コミュニティの監視をやっている人とは関わりがあるけど、聞きますか?」


 「いえ、私の志望はソーシャル・ウォッチデータ管理なので…」結んだ髪を揺らして新会員の女性は答えた。


 「それなら昇華課と良く連携している小部門ですからそちらでも詳しく聞けるかもしれませんね。」


ソーシャル・ウォッチはつけている人の心臓の拍動、発汗、会話内容などをキャッチする機能が搭載されている。無論グローバル・コミュニティ内での発言も確認できる。時たま、『団体』会員の中から非進歩的な人間が出てしまった時には、そのデータを基に『特定』を行うので、データ管理は責任が重い仕事だ。社会の進歩のために『団体』に入っているはずなのに、なぜか非進歩的なことをしている愚かな会員は『特定』の後、昇華課に引き渡され、『昇華』を行うことでより良い人間として生まれ変わると聞いている。元々は調査課の小部門であったという縁で現在も昇華課と調査課は連携が多い。


 「では次ですが、教育課に関しては私が連携している小部門の担当なので詳しく話せますよ。」と耳の大きな新会員の男性に微笑みかけると、まだ緊張した面持ちで何か唸りながらうなずいた。多分「よろしくお願いします」と言ったのだろう。


 「教育課で行われるのは主に将来の会員になる子供たちの教育に関わる業務ですね。実際に『団体』の運営している教育機関で講師として働くこともあるし、会員の出産時に将来の会員をとりあげたり、乳幼児条件付けケースの管理をしたりと、関わる子供たちの年齢層は幅広いけれど、大事なのは有害なコンテンツから子供たちを守ることですね。どうしても僕らくらいの年になるとこの世界に蔓延る非進歩的事柄に触れてしまいますけれど、その影響を絶対に言動に出してはいけませんよ。ああ、それとこれは心配ないと思いますけれど」


万が一にも教育課の人間に聞こえないように声を潜めてオイノモリは言った。


 「…教育課は『団体』内ではウチの進歩的表現促進委員会と並んで歴史の古い課ということもあって厳しい上司が多かったから、最初は少し大変かもしれません。昇華課が独立した時にそういう長老たちはおおよそ昇華されたはずですけど、業務の重要度も相まって新人でも非進歩的な事案には厳しいのは変わらないから、気を遣った言動をすることを心掛けてください」


 いくら健全育成委員会所属とはいえ、正式な教育課の人間でもないのに教育課の業務について話し過ぎてしまった。本来新会員が志望外の課の人間に期待するのは外部特有の裏話だろう。裏話としては教育課の厳しさは会員内ではありきたりの話ではあるが…。二人が他の課の人間と話しているのを見送ってからは、科学管理課の志望会員が立て続けにやってきた。取り扱う内容が膨大で、かつ専門的な活動を行う課であるため殆ど何も話せず、ただデモ課の説明をして送り出すこととなった。他部署との連携が多いために異動も比較的しやすく人気のデモ課であるが、今回の懇親会では殆ど志望者が居なかった。つい数時間前に発表されたばかりのプロラクチノイドの開発が影響したわけでもないだろうが、科学管理課の志望者はかなりの数だった。


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