第3話

 新会員全員が着席したところで、会場がフッと暗くなり、演説台が黄金色にライトアップされた。


 「では、新会員に『団体』の目指す社会について説明していきたいと思うが、深く理解してもらうためにもまず団体の歴史を歴史的事実と関係づけながら説明しようと思う」


いつの間にか演説台の上にいた垂れ下がった目の恰幅の良い男がマイクの集音権限を自分に設定し話し始めた。撫で付けた総髪は照明で光り、後光のような輝きを放っている。


 「これは『団体』の教育施設で育った皆さんはご存じのことと思うが、『団体』が出来たきっかけは当時の社会情勢にあるのだ。設立の四十年程前から、それまで社会の根幹をなしていた資本主義という考え方が、本格的に停滞し始めた。社会の科学技術的、経済的、道徳的進歩の減速や停止も本格的に始まった。これこそすべての始まりだった。」


男の顔はアルカイックスマイルのような、何を考えているのかよく分からない顔をしている。どこにでもありそうなスーツも相まって、男の個性を全く感じさせない。




 「容姿差別、職業差別、性差別などの選民意識、また、差別の反動によって被差別側の人間に芽生えた反発的選民意識が社会に蔓延り始めた。経済発展によってある程度生活が安定していたため、それまで抑えられてきた捨て身の攻撃や、後先を考えぬ行動などの被差別側の物理的な攻撃が多発し始めた。そしてそれ以上に、誹謗中傷や人間の名誉を損ねるようなデマがこの国を含む全世界のグローバル・コミュニティ上でよく見られるようになったのだ。」


先程までのアルカイックスマイルは消え、カンダタが落ちていった時のブッダめいた悲しげな顔を張り付けた男は、声に悲壮感をだんだんと混ぜ始めた。




 「当時は日に十件は公共交通機関内での放火、無差別な刺殺事件が起こり、昼間から企業や官公庁の建物には銃弾がめり込んだそうだ…。無論、人の身体にもね。この期間は、皆も聞いたことはあるだろうが…悲惨な『世界大暴動』と呼ばれる期間だ。さらには、世界中で対立する思想・民族・宗教…ありとあらゆるグループがグローバル・コミュニティを通じて団結し、今までの個人の暴発とは比にならない暴動を起こしたのだ。そこには確かに万人の万人に対する闘争があった。上は軍の自動小銃から下は石礫まで、それまで世界で使われた殆どの個人用兵器が使われただろう。バラバラに消し飛んで死体が残らず行方不明扱いになっている犠牲者も数多いとされている。」


渋い顔をして見せた福の神のような男は、首を横に振りながら話した。




 「ここまで聞いていると政府は何をしていたのかと疑問を持つ者もいるだろうね。無論当時の各国政府も対策を取ろうとしたのだが、当時は表現の自由なるものが法で保障されていたため、対策は困難を極めた。他人を不快にさせる自由が国に認められていたのだよ!」


歴史について深く説明されてこなかった新会員に動揺が走る。当時の社会の悲惨な部分だけを現代と比べてしまうと、現在が全てにおいて過去の上を行くのだと思い込んでしまう。




 「無論こんな非進歩的な条文は、『団体』が現在の社会的地位に位置付けられた後に「表現新法」の制定を促すデモを起こし、削除させたのは歴史の知識としては知っているだろうが…そんな知識よりも、ここから理解すべきことは当時は社会が他人を不快にさせる人間を取り締まれなかったということだ。取り締まれるのは実際に他者の肉体を傷つけたものだけ。暴徒たちの発生を決定づけた、全人類にあらゆる側面から向けられた悪意ある表現は垂れ流され続けた。そんな時代の流れの中で生まれた、他人を傷つけることなく、不快にさせることなく、常に社会の悪を切り捨てながら生きていくための組織こそ、我らが『国民団体』だ。『団体』は『大暴動』発生後、速やかに国民の交流の場となっていたグローバル・コミュニティ上での非進歩的で暴徒の発生を招く表現の規制を行うよう、コミュニティ運営会社に対して大規模なデモを行った。政府は法を盾に全く動こうとはせず、暴徒を絞首台に送るだけだったがね…。やがて『団体』のデモによる介入は実を結び、運営会社は表現規制を行い『暴動』は実に三年ののちに収束した。そこまで至ってやっと各国政府は『団体』の正しさを理解した。『団体』はデモを起こし、各国に出来た『団体』支部を国民意見を取り入れた大衆政治を行うための特別団体とさせたのだ。」


古参会員は自尊心をくすぐられ、新会員は自分の未来の明るさを確信する。自身の所属している団体の功績が自分の功績のように置き換えられていく。男は話を締めくくり始めた。




 「これが今から十数年前の話だ。全く当時は愚かな政府だった…と思うだろうが、進歩している社会では、歴史というのは振り返ってみると過去の人間が愚かだったと思えて仕方のないものなのだよ。過去が愚かだったと笑えるためにも、『国民団体』は日々進歩し社会を賢明にさせるという存在意義のもとに国民のため国を補佐してきたのだ!」


 「だが政府は未だに非進歩的で国民に迎合しようとしない!首相は辞任しろ!」


少年のやや後ろの席から怒号が飛んだ。見ると大きな黒目を持つ若い女のようだった。それを合図に政府や要人への怒号が飛び始めた。新会員も空気を察してか、多少困惑しながらも腕を突き上げて叫び始めた。オイノモリも周りの熱気の中で腕を突き上げ始めた。そして要人の辞任を求める声に混じってもみあげに腹が立つだとか、要人の服や時計の値段を野次る声がだんだんと大きくなり始めたところで男はマイクに触った。ボツッと大きな音が鳴ると同時に会場には静寂が訪れた。


 「ありがとう、ありがとう。君たちの言う全てが今の社会の非進歩的要素であり、我々『国民団体』の取り除くべき旧社会の価値観だ。その熱意が社会を進歩させるのだ。新会員の諸君も古参の会員との交流で疑問を解消したりやる気を貰ったりしてほしい。」




男はそう言ってマイクの集音権限を司会進行に返した。司会によって、十五分の休憩の後、他の会員たちが設営したホールを会場として、交流の時間を過ごすようアナウンスされた。同時に男性会員にはプロラクチノイドを、女性には生理痛軽減薬を事前に注入するように指示が出た。ブーー…ンという注入音がするとともに会場内のちょうど半分が魚の目になった。

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