第2話

 懇親会の運営関係者用の楽屋で、スーツから作業用の服に着替えた少年は、2時間後の懇親会に向けて新規会員に渡すためのソーシャル・ウォッチの入った箱を会場入り口に運んだ後、会場設営に参加した。互い違いに椅子を並べていると、少年よりも2回りほど大柄な男が1度に4つも椅子を持ってやってきた。見知った顔であるその大男に少年は声をかけた。


 「ナカムラさんじゃないですか?お久しぶりです。」


ナカムラと呼ばれた大男は振り向くと、ぎょろりとした目を細めて白い歯をむき出しにして笑った。


 「久しぶりです。会うのは3か月前の国防軍の女性比率改善デモ以来ではないですか?」


その笑った顔は殆ど猛獣のようだ(無論自認するところであっても容姿を形容した言葉を口に出すことは非進歩的であり忌避される)が、非常に礼儀正しい。『団体』メンバーになる前は進歩的な活動に興味が無かったそうだが、団体に入会してからは非常に進歩的になり、『団体』に対してのテロが予想されるデモにも参加する肉体派だ。


 「まだ国防軍の男女比率は1:1にはなっていないそうです。『団体』メンバーでもしり込みする人が多いとか…。悲しい話ですね。」


ナカムラの猛禽の翼のような眉(口に出せない非進歩的な表現ではあるが)が下がる。


 「私も少しでも男性メンバーを減らして女性の枠を作るために軍を辞職したのですが…」


ナカムラは苦笑した。感情が出やすいナカムラは、笑ってはいるが深く落ち込んでいるようだった。


少年は非常に驚いた。国防軍に勤めていたのは聞いていたが辞めていたとは思わなかった。また、そんな状況にナカムラを追い込んだ社会の非進歩的な態度に腹が立った。


 「誰かがやらなければいけないという意識がメンバー内でも低いんでしょう。実際、保育などでは男性比率が依然低いそうですよ。その点ナカムラさんは進歩的ですね。でも生活の方は大丈夫ですか?」


 「危険なデモには保険がつきますし、私はメンバーに武道コーチもしていますから『団体』内の仕事で生活していけますよ。オイノモリさんも大変でしょうが、一緒に頑張りましょう。」


少し雑談に時間をとりすぎた。そうですね、と相槌を打つと急いで椅子の準備を済ませた。ナカムラはソーシャル・ウォッチに共有する資料準備の仕事に向かったようだ。オイノモリはマイクの調整でもしようと機械室に向かった。




 懇親会には120人以上が集まるようだ。運営側の十数名を除けばすべて新会員であり、年に一度開かれる懇親会としては少なめだが、ここ数年は生まれる会員の数が多くなっているそうだし、参加する男女数の比は1:1にならねばいけない制約があるので、十分な人数だろう。ソーシャル・ウォッチに送られてきたプログラムでは最初に団体設立の歴史と存在意義の確認が行われる。その儀式ををもって新会員は正式に『団体』の人間となり、古参の会員との「自由な」対談をもって自分がどのように『団体』に貢献するのかを最終的に決定する。


 


 オイノモリは再び楽屋でスーツに着替えると、最前列に新会員が座れるよう自分は中ほどの席に座って待機した。それからちょうど5分後にスーツを着た新会員の入場がアナウンスされ、拍手と共にスーツで入場した新会員たちは、腕と足を完全に同期したロボット歩きで最前列から順に座っていった。彼らの腕から銀の反射光がチラチラと光っていた。入場の際に受けとったのであろうソーシャル・ウォッチの数は発注していた分で足りたようで、拍手しながらオイノモリは安堵していた。ソーシャル・ウォッチ無くして自分の「全て」を団体に捧げることは出来ない。ソーシャル・ウォッチこそ進歩的文化人、社会的な正義の象徴だと、オイノモリは信じていた。

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