真神

――『美術室の怪』解決後 陽の自室――




 私は父さんを説得した後、自室に戻ってすぐにバックを布団の上に放り投げた。ぴーちゃんがそれに反応して布団の上をくるくると旋回している。


 父さんの反応になんだか拍子抜けだ……。


 私は大きなため息を吐きながら布団の上にダイブする。一気に緊張が抜けたからか布団から起き上がる力が出ない。


 着替えなきゃ……。お風呂にも入らなきゃだし。でも、このまま寝ていたい。


 私がうとうととしている中、ぴーちゃんは私の背中に乗ってトコトコと歩いている。


 ぴーちゃん、どうしようか。でもそれはしばらく目を閉じてから考えても……。と、うとうととしていると何やら制服のポケットがモゾモゾと動いている。いや、ポケットの中にある財布がわずかに動いていた。


 これは……。


「真神?」


 眠気を堪えながら瞼をこすって、赤い花柄の財布を取り出して真神を呼び出す。


「どうしたの?」と呼びかけると真神はスリスリと体をすり寄せてきた。


「?」


 私は布団に寝っ転がりながら真神をジッと見つめる。


 夜行さんには真神の言っていることが分かっていたみたいだけれど。私には分からない。悔しいことに。


 真神は珍しく私の顔をぺろぺろと眺めてくる。それに対抗するかのようにぴーちゃんが私と真神に割って入ってくる。


 もしかして。


 私は真神とぴーちゃんを交互に撫でる。


 真神、ちょっとぴーちゃんに嫉妬してるんじゃ。


 私はフフッと思わず笑みをこぼす。


 最初の頃は真神。警戒しっぱなしだったもんなぁ。


 私は目を閉じながら真神に出会った頃のことを思い出していた。




――陽 八歳――


「ここかぁ」


 私は暗闇の中、階段の先にある鳥居と本殿を見つめる。特に変なところはない。


 私の家の神社と同様に。澄んだ空気がするけどなぁ。


 父さんから話を聞いたのはつい昨日のことだ。どうもこの大滝山西照神社に狼の悪霊が住み着いていて人を襲っている、らしい。

 私は大きな刀を背中に背負って階段を上っていく。


 こんな夜に。しかも一人で出歩くなんて。父さんが知ったら怒るだろうな。なんせ一人で妖怪に立ち向かうのは始めてだ。

 今までは父さんに着いていっていたけれど。そろそろひとり立ちしないと。父さんにちゃんと退治屋として認められたい――。


 私は階段を上がりきると警戒しながら鳥居をくぐる。今のところ変わったところはないけれど――。ほんの少し違和感があって私は左の狛犬に目を向ける。


 この狛犬……。なんか。変。でも……。


 そう思っていると、狛犬の目がギョロリと動いた。


「!?」


 咄嗟に距離をとる。私はジッと狛犬を見る。狛犬はやはりこちらを見ていた。特に何もしてこない。


「?」


 私はゆっくりと狛犬に近づく。狛犬にギロリと睨まれるがやはり何も起こらない。


 もしかしてこの狛犬……。


 そう考えている途中でゴゴゴゴゴゴと神社が揺れ始める。


「!!!」


 私は素早く背中の刀を下ろして鞘から刀身を抜く。気合で重い刀を構えて神社に切っ先を向けた。

 次の瞬間、神社から狼が透けて出てきた。


 これが父さんの言っていた噂の!?


 狼はギロリとこちらを見たかと思うと一気に襲い掛かってくる。が、私は刀が重く上手く振れない。


「っ!」


 狼が迫りくる中、ここでやっと狛犬が動いた。狛犬も何故か私に向かってくる。


「ええっ!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げると、狛犬はグイッと強い力で私の巫女服を力強く引っ張る。おかげで狼から距離をとることが出来た。が、狛犬から厳しい目つきでこちらを見られる。まるで余計なことをするな、と言いたげである。

 狛犬はそのまま狼に突っ込んでいく。


 やっぱり。この狛犬。この神社の守り神だ――。


 狛犬はそのまま狼にタックルをかます。狼は少しよろめくも、狛犬の体に噛みついた。狼に噛みつかれ、噛みつかれた傷は黒く淀んでいく。

 一方の私はその様子を見てただただポカンといていることしか出来ない。

 狛犬も狼に噛みつこうとするも狼の方が体が大きく、体格差から上手く反撃することが出来ない。そうこうしているうちに狛犬の傷はどんどんと黒く淀んでいき広がっていく。


「!」


 どうしよう……。このままじゃ。


 私はなんとか刀を持ち上げるもフラフラとしてしまって、この二匹の間に割って入れない。


 私じゃ駄目だ。父さんでなきゃ……。


 自分の無力さが辛くて涙が出そうになる。


 今の私に出来るのは……。


「が、がんばって」


 小声でそう伝える。と狛犬が目線をこちらに向けた。そこから狛犬は身をよじりながら狼の足元に噛みつく。狼は狛犬の牙から逃れようとするも、狛犬がグッと強く噛んでいるせいで離れられない。


 私は「その調子っ!」と思わず声を張り上げてしまう。狛犬は不思議なことに私の声援を受けてさらに強く狼を噛んだ。狼は必死に抗うものの、徐々に弱弱しくなっていく。


「!」


 そして遂に狼は動かなくなり空へ消えていった。


「やった!!!」


 私は思わず目をキラキラとさせて狛犬を見てしまう。狛犬は私のことをチラリと見て、プイッと目線を逸らされてしまう。


 そりゃ。私は退治屋なのになんの活躍も出来なかったし。応援しかしてないし。

父さんに退治屋として認められるはずだったのに……。


 ガックリと肩を落としたその時だった――。狛犬の体が急にブルブルと震え始めた。


「! ちょっと!」


 私は狛犬に駆け寄る。狛犬はさらに細かく体を震わせると何故か体が黒い靄に覆われ始めた。徐々に狛犬の体が変形していく。


「っ!」


 ――現れたのは先程狛犬が喰らったはずの黒い狼だ。


「どうしてっ!?」


 狛犬、いや、今は黒い狼となってしまったものは歯を剥き出しにしてグルルルルと低く唸る。だが襲ってはこない。というよりも、襲わないように自制しているのが伝わってくる。


 どうしてこんなことに? そんなの考えても分からない。


 私は再び力を入れようと刀を構えようとするも、やはりふらついてしまう。その間にも狼は牙を剥き出しにしてくる。


 倒さなきゃ。倒さなきゃ。でも……。


 私は狼に目を向ける。歯を剥き出しにしていてもこちらに向かってこないあたり、やはり私を襲わないよう自分自身と戦っているようだ。


 でも。私は倒すより助けたい!!!

 それなのに……。何も出来ないなんて!


 グッと袴を強く握った。その時くしゃっと何かが音を立てた。


「?」


 私は袴に縫い付けてあるポケットに手を入れる。と、何やら紙が入っている。私は丸まった紙を取りだして広げる。紙には見覚えのある印が描かれていた。


 これは。


 父さんが狐の式神を呼び出すときの紙、に凄く似ている。うちの神社は狼を祀ってるから狐と本来相性は悪いはずなんだけど。

 私は紙をジッと見つめる。二重の円陣の中に文字が書いてある。父さんの式神は中央に狐が描いてあるが、この紙にはそれらしいものが書かれていない。

 それに私はこんな紙をポケットに入れた覚えがない。


 ……ということは。これは父さんが???

 父さんがこれを入れたってことは。何か打開策が……。


 私はハッとして紙を黒い狼に向ける。


 ――正直、出来るか自信はないけれど。でも詠唱は覚えている。

 やってみるしかないっ。


 私はスッと息を吸った。


「鈴の音響きたてまつりしくぬち)に」


 狼から目を逸らさずひたすら唱える。と、狼の姿が空中で崩れ始める。崩れた体は薄っぺらい紙に吸い込まれていく。


「荒ぶる神の祓い浄めたまう」


 詠唱を唱え終わるとふっと息を吐いた。


 狼の姿は完全に目の前から姿を消し、紙の中央に狼が描かれた。


 上手くいった!!!


 私はキラキラと紙に描かれた狼を見つめる。


 私の。はじめての。式神。


「うふふふふ。うふふふふふふ」


 私は変な笑いを浮かべながら、一番近いバス停までるんるんで歩くのだった。その後、父さんにこってり怒られることなど露知らず――。




 こうして元々狛犬であった黒い狼は、式神の真神へと変わったのだった。

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次の更新予定

2024年7月13日 18:00
2024年7月20日 18:00

夜行さん 原月 藍奈 @haratuki

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