美術室の怪 8

「ということで、もう大丈夫ですよ」


 私は荒井先生の前でにっこりと微笑んでみせる。


「ほんとですかっ。助かりました!!!」


 そう言って荒井先生は私の両手を包み込む。

 私の肩には「ぴぃ」とぴーちゃんが止まっている。が、どうも荒井先生や他のクラスメイトには見えていないようである。見えているのは、『そういうモノ』に関連がある私や夜行さん。それに……思い出したくないけれど父さん。




 あれから夜行さんと別れ、ぴーちゃんを肩に乗せたままハラハラしながら静かに家の玄関を開けた。――……はずだったが、父さんが居間からこちらに来た。


「と、父さん」

「……」


 父さんの鋭い視線が右肩に集中する。私はぴーちゃんに大人しくしていて、と目をやってから父さんに「あのね」と声をかける。


「これはぴーちゃんって言って。話すと長くなるんだけど」


 そこまで言うと父さんは大きなため息を吐いた。そのため息にビクリと肩を震わせる。が、父さんは「もう分かったからいい」と居間に戻っていく。


「え……」


 私は急いで靴を脱いで父さんを追いかける。


 父さんのことだから絶対大反対されると思っていたのに。


「父さん!」


 私は父の背中に向かって声をかける。


「どうした」と父さんは何でもなかったかのように振り返る。


「いや。だって」


 私は言葉を詰まらせる。その時「ぴぃ!」と勢いよくぴーちゃんが鳴いて、私を励ました。私はぴーちゃんの鼓舞で意を決する。


「父さん、あんまり妖怪のことをよく思っていないみたいだし」

「当たり前だろ。良くは思っていないが。その雀はどうもお前のことを護る気満々のようだしな」

「!」


 私がぴーちゃんを見つめると、ぴーちゃんは「ぴぃぴぃ」と得意げに鳴く。


「それにこの妖怪の成り立ちからすると俺が口出しすると逆効果だろう」

「っ!」


 父さん。一発でぴーちゃんの特性を見抜いている。さすがというか。最初に想像していた父さんの恐ろしさより、別次元の恐ろしさを目の当たりにしてしまった。




 やっぱり父さんを敵に回したくないなぁ。でもだからこそ。そんな父さんに憧れもするんだけど。


 私が思わず苦笑いをこぼしていると「実は日髙さんにもう一つ頼みたいことがあって」と荒井先生がキラキラした瞳を向けてくる。


「え……」


 なんだか嫌な予感がするんだけど。


 荒井先生は「実は前からおかしな怪談がこの学校にはありまして」と話を続けてくる。


「理科実験室に人体模型があるでしょう。その模型と目が合ったらその瞳に飲みこまれるっていう怪談があるんです。まるで『人喰いの屋敷』のように」

「っ!?」


 『人喰いの屋敷』!? まさかここで名前を聞くとは思わなかった。やっと。やっと。手がかりが!!!


 私は荒井先生の手をグッと握り返す。


「荒井先生はっ! その怪談にあったことは」

「いやぁ。僕は美術の先生ですし。美術部とオカルト部の顧問ですから。理科実験室に入らないですし。っというか。入りたくもないですっ!!!」


 その言葉に私はハッとして握った手を放す。


 そうだった。荒井先生は怖いものが駄目だった。『美術室の怪』が特別なだけであって。普段なら妖怪に絶対に関わらない人だ。


 私は荒井先生に向かって頷く。


「分かりました。とりあえず実験室に行ってみます」


 何にしても『人喰いの屋敷』に近づくチャンスだ。今から行ってみよう。


 私は肩に乗っているぴーちゃんに目を向けた。


「えっと。一緒に来てくれる?」


 そう言うとぴーちゃんは「ぴぃ!!!」と元気よく鳴いた。


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