美術室の怪 7

「言いたいこと……」


 私はムスッと頬を膨らませる。長く一緒にいる私より夜行さんの方が真神の気持ちを分かっているのがなんだか気に食わなかった。

 夜行さんはそんな私を気にすることなく「どうもあの雀を傷つけたくないようだな」と口を開いた。


 真神の言いたいことも分かる。分かるけれど。


「そりゃ、花子さんの言った通りいい方向に導いてあげたいけれど。こんな調子じゃあ」

「……どうも真神は自分を元に戻してくれた時と同じように、と言っているようだ」


 その言葉に私はハッとして真神を見る。


 ――そうだ。最初に出会った時、真神は悪霊の狼に襲われている狛犬だった。それを幼い私は確か……。必死に語りかけ、正気に戻した。というのも真神の元になった狛犬はとある母子が悪い狼に襲われそうになったところを助けて神になったというのを知っていたから。

 この『美術室の怪』は真神と違って人を助けていないけれど。でもこの先の未来のことは――分からない!!!


 雀は再び大きく嘴を開けた。


「ああああああああ! もう駄目だ!!! 人間なんて太刀打ちができない!!!」


 荒井先生の声が聞こえてくるのと同時に嘴の中にある鋭い牙が再び私を捉える。思わずゴクリ、と唾を飲みこんだ。けれども私はもう「真神!」と強く呼ぶ事は無い。

 雀は一気に嘴で襲い掛かってくる。そこを夜行さんがすぐさま私の前に出て大刀で嘴を受け止めた。嘴の中から牙が出てきて、夜行さんに牙が当たる間一髪のところで止まっている。


「夜行さん、この場は任せます!!!」

「策があるなら早くしろよ」


 私は強く頷いて息を大きく吸った。そして――……。


「あなたは誰かに危害を加えたりしない!!!」


 しっかりと雀に向き合って声を上げた。その瞬間、雀が夜行さんから一歩、二歩と退いていく。嘴が刃から離れたのを見て、夜行さんは雀を警戒しつつ大刀の構えを解いた。

 その様子を見て私は思わずガッツポーズを決める。


 『美術室の怪』に一番有効な対策は言霊だったのか!


 私はさらに言葉を続ける。


「あなたは人を助ける妖怪!!! それにその愛らしい容姿で周りを癒してくれる存在でもある!!!」


 天井まで大きくなった雀の姿がみるみるうちに小さくなっていく。


「人を助け、人を愛して。そして手乗りサイズの可愛い容姿でたくさんの人に愛される――。そんな妖怪になるの」


 雀の姿は元の木彫りサイズに戻っていき、嘴の中にある鋭い牙が消えた。


 やったか……?


 私と夜行さんはガタガタと体を震わせている雀に目をやる。雀は徐々に体の動きを止めていき、遂に完全に止まった。


「……」

「……」

「……」

「……」


 しばらく私と夜行さんは雀を見ていたが、動く気配はない。私はホッと息を吐き出して「夜行さん」と声をかけようとしたその時、雀が急に飛び掛かってきた。


「っ!!!」


 バサバサと羽ばたく音が聞こえ、雀が猛スピードで迫ってくる。それなのにすっかり緊張感のなくなっていた私はただただ飛び掛かってくる雀を呆然と見ていることしか出来ない。


「退治屋!!!」と夜行さんの声が遠くから聞こえてくる。


 雀は眼前まで迫る。思わずギュッと目を閉じた。だがいつまで経っても痛みは来ない。それどころか「ぴぴっ」と鳴き声が耳の近くで聞こえた。


「?」


 私は恐る恐る目を開けて辺りを見回す。と、雀は私の肩に乗り「ぴぴっ」と愛らしく鳴いている。おまけに雀は自身の木彫りの体を私の首元に擦り付けてくる。家猫のように。

 私は戸惑いながら夜行さんに目を向けた。夜行さんは眼鏡を上げ直した後に「上手く行ったんじゃないか」と優しい目線を向けてくる。


「どうも『美術室の怪』じゃなくて退治屋の言う通りいい妖怪になろうとしているみたいだな」


 夜行さんがそう話している間にも雀はすりすりと体を寄せてくる。どうもかなり懐かれてしまっているようだ。


「あの。夜行さん。この雀。どうしましょう」

「どうしましょうって。まさか喫茶店で預かれなんて言うつもりじゃないだろうな」

「そのまさかなんですが……」


 夜行さんはため息を吐いて「嫌だね」と答える。


「どうしても、ですか」

「どうしてもだ。そもそもあの喫茶店は妖怪が生き残るためにつくられたものだからな」

「?」


 私が首を傾げると夜行さんは「とにかく駄目なものは駄目だ」と否定される。私はガックリと肩を落とし雀に目を向けた。


「とりあえず……しばらく私と一緒にいる?」と問いかけると、嬉しそうに「ぴい、ぴい」と鳴く。


 こりゃあ父さんを説得するのに骨が折れるぞ……。


 あの頑固で妖怪嫌いの父さんを説得するのかと思うと無意識に眉をしかめてしまう。

 すると唐突に夜行さんから「名前でもつけてやったらどうだ」と言われた。夜行さんはこの状況が面白いのか顔がにやけてしまっている。

 一瞬ムッとなるものの、言われてみれば確かにそうだよなと私は雀に目を向けた。その間も雀は嬉しそうに「ぴぃ」と鳴いている。


「じゃ、じゃあ。ぴーちゃん?」

「……そのまんますぎないか」

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