美術室の怪 6
西館の三階――。独特の気配が辺りに充満している。
昼間は美術室に入るまでこの気配はしなかったのに……。夜になるとここまで。
私は美術室のドアまで来ると「ここです」と夜行さんを振り返った。夜行さんは少し顔を背けて「ああ」と答える。
どうも美術室の場所が分からなかったのに先頭を切って歩いたことが恥ずかしいらしい。
私は思わずクスリと笑ってしまう。すると夜行さんに睨まれた。
「……おい。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ」
「いえ、べーつーにー」
私は緩む頬を両手で叩くと深呼吸を繰り返す。
集中、集中――。
美術室の小さなガラスは真っ黒に覆われている。不思議なことに中が見えない。
「じゃあ行きましょうか」
私は息を吐いて一気に美術室のドアを開けた。
外から見ると真っ暗なのに、中はいつも見ている美術室と何も変わらない。木で出来た長椅子の机と、背もたれのない椅子。そして――木彫りの雀も。何一つ変わらないまま棚の一番端に置いてあった。
けれども。私も夜行さんも油断はしていない。
「「……」」
夜行さんは木彫りの雀に対して大刀を向ける。私も刀こそ向けないが真神をいつでも取り出せるようにはしてある。
花子さんにはああ言われたけれど。何かあったその時には……容赦なく……。
私と夜行さんはジッと雀に目をやる。今のところ何も起こらない。
最初に動いたのは夜行さんだ。夜行さんは雀に一歩、一歩近づいていく。雀との距離があと五歩程になったその時――。
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁ」
絶叫が響いた。私と夜行さんは咄嗟に雀に鋭い視線を向けるが変わったところはない。それどころか周囲に人がいる気配はない。
「あああああああ!!! 怖ぃいいいいいい!!!」
「…………?」
あれ? ついさっきこの特徴的な叫びを聞いたような。
私が余程怪訝な顔をしているのか、夜行さんが「どうした」と声をかけてくる。
「この声、聞いた気がするんです」
「どこでだ」
「それは……」
どこで。一体、どこで。
その間にも「うわああああああああ!!!」と叫び声が聞こえ続ける。
どこで、どこでっ。
「日髙さぁぁぁぁぁああああん!!!」
「「!!!」」
――名前を呼ばれた!!!
いや、それよりもこの特徴的な叫び方。そして私の名字を知っている人物をといえば。
「荒井先生!!!!!」
「誰だそれは」
「私の担任の先生で。物凄く怖がりなんです」
でも何で。急に荒井先生の声が?
もう一度周囲の様子を伺うが誰もいない。
「僕は雀に襲われて殺されるんだぁぁぁぁぁ!!!」
荒井先生の声が徐々に大きくなっていく。それと呼応するように雀がガタガタと動き出した。
「!」
ガタガタと雀は動き、棚から落ちた。雀は少しずつ動きながら目線をこちらに向ける。
異様な空気に飲まれてしまいそうになるのをグッと強く財布を握りしめて耐える。
「この雀は大きくなる!!! 人を喰うんだぁぁぁああ!!!」
雀はこちらに目を向けたままボコボコと体を変化させていく。最初は手乗りサイズだった愛らしい雀が私と同じ大きさに。夜行さんと同じ大きさに。そして天井に届く大きさにまでなってしまう。
「人をたくさん喰って大きくなっていくんだぁぁああ!!! 鋭い牙でザクザク人に穴をあけて!!!」
その瞬間、雀は大きく嘴を開けた。嘴には鋭い牙がついていた。
「っ」
花子さん……。こんな凶暴な妖怪をどうやっていい方向に導けと。
雀は鋭い牙をチラつかせながら嘴をこちらに向けた。
「っ!!!」
「おいっ!!!」
夜行さんに強く腕を引っ張られ、間一髪で嘴から避ける。
「しっかりしろ」
私は強く頷く。
とはいえ。一体どうやってこの雀を――。
その答えを出せないまま、雀はもう一度嘴をこちらに向けてきた。
「真神!!!」
私はとっさに財布から真神を取り出す。
真神は素早く雀の嘴に噛みついた。
「ぴいいぃぃぃぃ!!!」
けたたましい鳴き声が響き渡る。
倒すなら今だ――。
「真神っ!!!」
私は鋭く叫ぶ。だが。真神はいっこうに動かない。それどころか私の袴を後ろに優しく引っ張る。
「真神?」
私は真神を振り返るも真神は袴を引っ張るのをやめない。
「どうも『美術室の怪』について思うところがあるみたいだな」と夜行さんは目を細めて言った。
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